White Song









朝の白靄の中を刺し抜く光。
それが窓から差し込んで、二人の身体に注いでいる。
まだ目を開けるのが勿体無いほど、
温もりを溜め込んだ日曜日の朝。
こんな日はいつまでもこうしていたかった。
クスクスと忍ぶ笑い声。
それが可笑しくて新一はもっとその手で弄った。
長い髪。
柔らかな触り心地が指に心地よく。
知らず笑みが零れていた。
シーツに包まる二つの身体。
それがお互いを追いかけては逃げてベッドの上で転がりまわる。
蘭はとうとう起き上がってしまった。
「もう!あんまり悪戯しないで。」
シーツがその白い肌を隠してしまう。
けれどそのラインは隠し切れなくて。
新一は白い光の中で映えて眩しい姿に目を細めた。
そうしてためらいながらも腕を伸ばす。
「もう、やんねぇよ。」
もう一度自分の腕の中に蘭を引き寄せて抱き締めた。
そのまま横になって、二人顔を見合わせて微笑む。
「もう起きないの?」
「まだだ。」
「・・・もうこんな時間・・。」
「まだこんな時間だ。」
キスされて蘭は言葉を飲み込んだ。
どういっても上手く新一に丸め込まれてしまう。
しょうがないか・・・それに。
蘭は顔を新一の胸に押し当てて瞳を閉じた。
本当はまだこうしていたい・・。
二人の温もりに身を預ける。
気持ちよくて、安心できて。
このまま眠ってしまいたくなる。
それでもこんな気持ちが勿体無くて、眠りたくないとも思う。
その腕に抱き締められると、気持ちよくて幸せで。
何もかも曝け出してしまいたくなる。
だけど。
少し怖くて、泣きたいくらいに幸せで。
それが不安になる。
それでもこの温もりがないともうダメだった。
思わずギュッと新一のシーツを掴んでしまう。
新一は少し不思議そうに顔を覗き込んできた。
見られたくなくて更に深く押し付ける。
嫌々と首を振って、隠れてしまう。
酷く子供じみたこの感情を、新一には知られたくなかった。
「・・・気持ち良いな。」
「そうでしょう?やっぱり大きくして良かったでしょう?」
「そうじゃない。」
「?」
顔を上げて新一を伺うと、待ってましたとばかりに口付けられる。
それが少し悔しくて、軽く睨みつけて寝返りを打った。
こうしていれば顔を見られなくて済む。
それでも後ろからしっかりと抱き締められて。
気恥ずかしくてしょうがなかった。
それでも嬉しくて。
この間、蘭の誕生日に新一はこの新しいベッドを買って貰った。
それまでは新一のシングルのベッドだったのだが、新一に誕生日プレゼント何が欲しい?
と聞かれた蘭は少し迷ってから、「セミダブルのベッドを買って欲しい」と返事をしたのだ。
もちろん置く場所は新一の寝室。
ここに泊まっていくことが少なくない蘭にとって、ベッドは大切な問題だった。
まず窮屈なのだ。
シングルはもちろん一人用だし、そうじゃなくてもいつも寝るときは新一の腕の中に
収まってしまう。なんだか息苦しくて、まともに寝返りも打てなかった。
こうしてダブルベッドになってから、蘭はご機嫌なのだ。
まずシーツや毛布を別々に使うようになる。
枕も二つ。
寝返りもゴロゴロといくらでも打てる。
それに真新しいベッドはとてもふかふかで、それに合わせて買ってくれた羽毛布団も
気持ち良かった。
「蘭の髪だよ。触ってると、気持ちいい。」
「・・・そう?」
「指にスッと感触を残すんだよ。
こうして触って、手を離してもまだ指にその感触が残るんだぜ・・。」
新一は耳元に囁いて、ずっと髪の毛を撫でていてくれた。
「・・・・・」
言えないけど。
私だって気持ち良いんだよ。
髪に触られるの、すごく好き。
気持ちよくて、いつも眠くなっちゃうんだから。
恥ずかしくて言えないけど。
瞳を閉じて、その感触に身を委ねる。
そうして白い光を感じる。
新一の細長い指を感じる。
眠くなっちゃう。
なんだか雲の上で横になっているような浮かされた感じ。
遠くで小さなメロディを聞いた。
「・・・」
「どうした?」
うっとりと目を閉じていた蘭が急に目を開いて、俺を見上げる。
なんだか夢から醒めたような顔をして。
「・・オルゴール。」
「へっ?」
「私・・・どこにやっちゃったっけ??」
「????」
唐突な蘭の言葉に、俺は理解できずにいた。

その日。
それから蘭はすぐに起き出してしまって、ずっと俺の部屋の物入れや箪笥の中。
クローゼットの中と、ありとあらゆる場所を捜索し始めた。
「一体、何探してるんだよ?」
半分呆れながらも俺はコーヒー片手に蘭に問う。
俺の入れたコーヒーに手も付けずに蘭は没頭していた。
「オルゴールよ!あの白い箱のヤツ!」
「・・・・」
オルゴール??
俺は懸命に古い記憶を辿る。
白い、オルゴール。
蘭にやったのか?
やった・・・ような・・・そうだ。
あれは俺が生まれて初めて蘭の誕生日にプレゼントしたものだ。
確かに白い木製のオルゴールを蘭にプレゼントした。
だけど今更・・どうして?
「・・あれ、新一に預けたままだったじゃない!確か・・大事なものを入れて、
宝探しごっこした時・・・どこかに隠したままだったのよ!」
「・・・・」
そうだった。
あれは蘭の誕生日の次の日。
それを持って遊びに来ていた蘭と、宝物探しごっこをしている最中。
急におふくろ達が俺たちをどこかに連れてって、まだ探してる途中でそのままに
なっちまったんだ。
俺が見つけ出したら、蘭に渡すからって。
そうして・・・もう10年以上経っちまった。
それにしてもいきなり、どうして思い出したんだ?
俺でさえ、とっくに忘れてしまっていたのに。
それでもあの当時、俺は自分でも必死になって探したんだ。
だけど出てこなくて。
俺はてっきり蘭がこっそり持って帰った気になってしまっていた。
「で、どこに隠してたんだ?俺全然わかんなかったぞ。」
「・・・だから、探してるんじゃない。」
「へっ?」
「私も忘れちゃったの!」
「・・・・」
その日一日。
俺たちは部屋のありとあらゆる所を探した。
それなのに結局見つからず。
それから俺は一人でこの家の中を捜すことになった。
月曜日。
とりあえず自分の部屋は探し尽くしたので、次は隣りの親父の書斎に取り掛かった。
ここはありとあらゆる本と資料で埋め尽くされているから、探すのも困難だ。
当時でもこの部屋ではあまり遊ばなかった気がするのだが、念のために探し回った。
火曜日。
次は屋根裏の倉庫。
ここも書物と古いアルバムなど、それとなにやらガラクタで埋め尽くされている。
埃だらけで薄暗く、照明を取り替えてから作業に取り掛かった。
結局発見できず。
良く考えれば蘭はあの当時から怖がりで、この屋根裏や地下室は一人で行くのは
嫌がってたな。
俺が一緒でもいつもべそかいてたっけ。
アイツがこんなとこに隠すわけないんだ。
水曜日。
今度は視点を変えて、一階のリビングと台所にした。
おふくろとつるんでこういうとこに隠した可能性も低くない。
おふくろはいつも蘭に悪知恵を入れて、俺のことをからかってたからなぁ。
ここもダメだ。
木曜日。
廊下にある物置小屋。
そして風呂場。
トイレ。
階段の下の収納庫。
金曜日。
さすがに蘭に頼んで泊まりこんでもらった。
明日は創立記念日で休みだし。
もともと一緒に映画でも観ようって話になっていたのだ。
その前にもう一度協力してもらおう。
「どこもかしこも探したんだぜ?」
「・・・・」
「・・・蘭、何も思い出さねぇか??」
頼むよう。俺は蘭を見つめた。
蘭は少し考え込んで、書斎の本棚の裏。
廊下の物置の部屋。靴箱の中など思い当たる場所を全部言ってくれたが、
そこはすでに俺も探し回った場所だった。
「見つからないね。」
「ああ・・・」
二人とも疲れ果てていた。
気分を変えて、夕食にすることにして一緒にレンタルしてきた映画を見ていた。
リビングのソファに凭れ掛かり、俺は相も変わらずに蘭の髪を弄んでいた。
その感触を楽しみながら、目と耳は画面に集中している。
蘭は俺の肩に頭を預け、真剣に映画を見ていた。
欠伸が出る。
ここのところ学校から帰ればあらゆる部屋を捜索していたし、寝不足なのは本当だ。
だけど、この恋愛映画は想像以上に・・・眠気を増してくれるもので。
「・・・・ねぇ、新一・・」
「ああ?」
蘭が画面から目も離さずに、問いてくる。
なんだかぼんやりしているようで、映画に集中しているというより・・・。
「あの中に、何が入ってたっけ?」
「?」
「オルゴールの中。」
「なにってお前が入れたんだろう?」
蘭は首を横に振る。
そうして俺を見上げてきた。
「思い出した。あの時、私が探す方だったのよ。
新一があのオルゴールの中に何か宝物を隠して、地図をくれたでしょう?
なんだか変な暗号みたいのが書いてたやつ。
それで、私探してる途中でおばさまにデパートに連れて行かれたのよ。」
「・・・・・」
そうだったっけ??
俺はもう一度記憶を探る。
そういえば、そうだったような・・・ダメだ。
珍しく思い出せねぇ。
本当に昔のこと過ぎるし・・・ん?
暗号・・・。
俺の頭の中で何かが弾かれた。
そうだ、暗号だ。
俺は当時絵本のホームズに夢中で、その中の暗号文を真似たモノを良く作って
親父に見せてたっけ。
あの宝探しのときも、俺は・・・。
だとしたら。
「蘭、俺の部屋だ。」
「えっ?」
ビデオのリモコンで停止させ、俺は蘭の手を引っ張って自分の部屋に向かった。
なんで忘れてたんだろう?
あんなトコに隠したのに。
そうだ。
恥ずかしくて・・・。
「最初に、探したじゃない。新一の部屋・・」
「ああ、そうだな。」
俺は本棚に向かう。
一番上の棚。
そこは昔読んでいた小説や絵本、図鑑などがしまわれてる場所だった。
その中から一冊の絵本を取り出す。
「新一・・・そんなの読んでたの?」
手に持ったのは古い絵本。
『シンデレラ』
「ばーろぅ・・蘭がおふくろに買って貰ったんじゃねぇか。いつも俺んとこ来て、読んでただろう?」
「そういえば・・」
思い出して笑う。
俺が本気でこんなの読んでたと思ってたのかよ。
「ったく・・・ほら、このページ。読んでみろよ。」
「?」
新一はぶっきらぼうにそれを差し出した。
そのページはシンデレラが魔法使いのおばあさんに魔法をかけてもらうシーンだ。

『かぼちゃは馬車に
 ネズミは白馬に
 そうしてこの薄汚れた服は眩いドレスに。
 仕上げはこの硝子の靴。
 
 だけど忘れちゃいけないよ。
 魔法は午前零時まで
 それをさす鐘が鳴ったとき
 魔法は夢のように溶けてしまう

 決して忘れずに
 お前の朝を告げるのは
 午前零時の鐘の音 』

そこには大きく。
赤のクレヨンで書かれていた。

『まほうがとけるかねのおと 2かいまわして
 まほうがとけても だいじょうぶ』

「新一・・字汚かったのね・・」
「あのなぁ!!」
新一は赤くなって睨みつけてくる。
私は笑ってそれを宥めた。
「で、何処に隠したのよ?」
「だから、書いてあるだろう?」
「うん。」
「時計だよ。」
全ての謎が解けて、新一は呆れてるようだった。
「なんでそんなこと思い出せなかったんだろう?単純な暗号だったのに、ってーか、
暗号になってねぇじゃねぇか、俺のヤツ」
「・・・・」
もしかして。
子供の時の自分に呆れてるの?
思わず笑みが溢れる。
だって、新一ってば。
子供みたいよ?
「なにがおかしいんだよ!?」
「ううん、なんでもない。よかったなぁって思って。こうして見つかったじゃない?
それじゃ、時計に探しに行きましょう。」
「・・・・」
まだ腑に落ちない顔をしている新一の腕に、その腕を絡ませて私たちは二階の廊下の
柱時計の前に行った。



今はもう動いていない。
螺子で回す仕掛けなので、新一が面倒臭がって動かしていないのだ。
小さい頃はよくこの中に隠れて、すぐに見つかっちゃったっけ。
あの頃は二人一緒でも潜り込めたけれど、今はもう無理ね。
私一人でも窮屈そうだもの。
「さてと、確かこの中に・・・」
硝子の扉を開けて、中を見回す。
「・・・・」
「・・・新一?」
「ないぞ。」
「ない?」
頭に蜘蛛の巣をつけて新一が顔を出してきた。
そうして私の持っていた絵本を覗き込む。
私はそっと頭の蜘蛛の巣を取り払った。
明日にでもこの時計の中も掃除しなきゃダメね。
「確かにこの時計なのに・・おふくろたちが片付けたのか?そんなわけないし・・」
「なにを2かい回すの?」
「・・・」
「・・・」
急に新一は時計の振り子を探り出した。
「どうしたの?」
「確か、此処に・・・あった!」
何かを握り締めた手の平を開くと、小さな鍵のようなモノがある。
「これって・・・」
「螺子だ。これを回すんだよ!」
時計盤の穴にそれを差し込んで、丁度2回だけ回す。
「・・・・壊れちまってるかな?全く動かしてなかったからな・・」
螺子を回して、その奥からジーっと何かが回る音がする。
そうしてゆっくりと振り子が動き出した。
「よしっ!」
新一と二人、それを見守る。
針は丁度零時を差していた。
ボーン、ボーン・・・
古いでも大きな音が廊下に響き渡る。
酷く懐かしい音。
それがすぐに止まってしまう。
「こっちを見ろよ、動いてる。」
「あ・・・」
柱時計の下には引き出しがついていて、そこが自動的にゆっくり開いている。
中には仕掛け人形がつまっていて、何体もの動物が動いていた。その端に。
「あったぁ!!」
私は嬉しくて、それに手を伸ばしてしまう。
小さな木製の感触。
まだ数回しか開けなかったそれ。
生まれて初めて、新一がプレゼントしてくれたモノ。
それがとても嬉しかったのに。
どうして今まで、忘れてしまってたんだろう?
「ようやく、気が済んだな。やれやれ、風呂でも入るか。」
伸びをして、新一は螺子を時計の中に戻して扉を閉めた。
「明日、これ少し掃除するか?」
同じことを考えている。
それが嬉しくて。
私は頷いた。
「うんっ。」


しまいこまれていたそれは、思ってたよりもずっと綺麗なままで。
少し拭いてあげたら、すぐに元通りになった。
新一はよほど気が済んだのか、鼻歌を歌いながらシャワーを浴びに行ってしまった。
私は。
こうして新一の部屋で、ベッドに横になり。
ずっとこれを眺めていた。
懐かしい思い出。
その品物が今、目の前にある不思議さ。
なんだかずっと逢っていなかったみたいに、懐かしい。
今まで忘れていたのに、もうずっと前から私のものだったように思えてしまう。
蓋を開けると、中は鏡貼りになっていて。
あの頃私は本当に喜んだっけ。
まるで宝石箱を貰ったみたいに。
それ以上に。
新一がくれたことが嬉しくて。
あの頃から。
私は新一に恋してたのかな?
なんだか不思議。
あの頃はこんなふうに一緒にいるなんて、すごく当然のように思ってた。
私はずっと、新一のお嫁さんになるんだと思い込んでいた。
こうしてたった10年が経つだけで。
それは当たり前じゃなくなるなんて。
あの頃の私は知らなかった。
こうして今一緒にいれることが、とても難しくて、遠かったなんて。
私は知らなかった。
流れてくる曲はスローテンポなエリーゼ。
エリーゼのために。
「まだ眺めてんのかよ、蘭?」
濡れた髪を乱暴に拭きながら、新一が入ってくる。
ベッドの端に座って、おもしろそうにこっちを眺めていた。
「ちゃんと拭きなさいよ、風邪引いちゃうから・・」
私は立ち上がって、タオルを取ると新一の髪を拭き始めた。
その手首を掴まえられる。
まずい、と思ったときはもう遅かった。
「・・・離して。」
「ダメ。」
「・・・少しだけ。ねっ?」
「ダーメ。」
「・・・新一ぃ・・」
「んな顔してもダメだ。おまえはすぐ逃げるからな。」
そうして抱き抑えられる。
その重みに目を閉じる。
何を言っても。
繰り返しても。
結局この腕から逃れるのは無理なんだろうなぁ。
そうしてまた目が覚めると、そこは白い光の世界なのだ。



「・・・・・」
眩しくて、目が明けられない。
少しずつ、開いてその重みに思い出す。
「・・・・」
またあのまま、眠っちゃったんだ。
恥ずかしくて、シーツで身体を巻いて起き上がった。
時計は朝の7時を過ぎていて。
新一はまだ目を閉じていた。
子供みたいな寝顔。
思わず笑みが零れるけど、そうじゃない。
本当にどうしようもなく、我が侭なのだ。
「・・ん・・」
新一が動いて、こちらに寝返りを打つ。
そうして太腿に顔が当たると、もぞもぞと抱きついてきた。
しっかりと腰に手を回して、しがみついてくる。
「・・・・・」
恥ずかしいのと擽ったいので、私は笑いが堪えきれなかった。
せっかくこんな広いベッドを買ってもらっても。
結局こうして二人くっ付いてしまうのだ。
あんまり意味がなかったかもしれない。
だけどそんな贅沢も、酷く嬉しくて。
つい触れてしまった。
「・・・らん?」
「起こしちゃった?」
「・・・ああ・・」
目を開けて、でもすぐに目を閉じてしまう。
私はもう一度その髪を撫でた。
何度も何度も。
その柔らかな髪に指を差し入れる。
そうして指で梳くと、もう一度繰り返す。
手触りが良くて、新一の顔が可愛くて。
私は胸がいっぱいになる。
なんだか夢みたいに幸せな気持ちになって。
「・・・気持ちいいな・・撫でられるの。」
「ね?そうでしょう・・」
「・・・ああ・・・ああっ!!」
がばっと起き出して、新一は辺りを見回した。
「あのオルゴールは?」
「ここよ?」
昨夜壊したらやだなぁと思って、ベッドの下に隠しておいたのだ。
それを探り出して、新一に手渡してあげた。
「思い出したんだよ、昨日眠る時にさ・・」
蓋を開けて、反対にひっくり返す。
すると鏡が一枚落っこちてきた。
そうして小さな・・・。
「・・・・これ・・??」
「蘭にあげようと思って、こん中入れといたんだ。」
新一はそれを拾って、懐かしそうに笑っている。
「この箱、底が二重になっててさ。この中に隠して入れておいたんだよ。
いつか、蘭が気付くんじゃないかと思って・・。」
「・・・・・」
新一の指の中で、小さなそれは白い光を反射させていた。
「もう、ちっちぇえけどな・・ほら。」
私の手の平の中にそれをのせる。
指でそれをつまんで見つめる。
金色の輪。
付いているそれは小さな硝子だった。
だけど。
「夏祭りかなんかに買ったんだよ。蘭にあげたくてさ。
確か100円くらいだったような気がするんだけど・・」
「・・・嬉しい、新一。」
もう小指に位しか嵌められないけど、それでも。
私は嬉しかった。
すごく。
「・・・おもちゃなんだぜ?」
「うん。」
「100円だし・・」
「うん。」
「でもな・・・」
新一は横になって、向こうを向いてしまう。
私はそれを覗き込んだ。
「・・・結婚するんだと思ってたんだ。」
「・・・・???」
唐突な言葉に一瞬思考が止まる。
怒ってるみたいに早口になって新一は言う。
だけど。
照れていることがバレバレだった。
「あの頃さ、蘭が俺と結婚してくれるんだって思ってて、それで・・・
婚約指輪渡しておこうと思って、これプレゼントしたんだよ。」
「・・・・・・」
「ガキだったよなぁ・・・もしかしたら、他の男と結婚するかもなんて、
思いもつかなかったんだ。」
頬が赤い。
新一の乱暴な語尾が、恥ずかしい思いを表している。
私は笑みが浮かんだ。
酷く酷く幸せで。
夢みたいに嬉しくて。
でも、これが本当だって私はもう知っていた。
「私も・・・」
「?」
「私も、そう思ってたよ。」



忘れてたのは平気だったから。

指輪がなくても大丈夫。

私は確かに新一が好きで。

新一はきっと私を守ってくれる。

魔法が解けても大丈夫。

私は新一が好きで。

新一はきっと私を見つけてくれる。

ずっと昔からそれを知ってた。
それなのにそれを忘れてしまってた。

だから。

思い出したんでしょう。

大事な思い出の欠片たちをーーーーーーー










2001年2月20日














Written by きらり

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