tears angel










目の前にいるお前と

俺の中のお前の距離が

だんだん遠のいてるのは何故?



思い出すのは

笑った顔より泣き顔

心配そうに俯く顔ばかり



今目の前にいるお前は

強く優しい笑顔で

僕の前にいるのに




触れてる距離が 現実を帯びなくて

僕が触れるお前は

俺からとても遠い場所にいる



ずれ始めた時間が

だんだん取り返しのつかない現実になって

それすらも思い出にカタチを変えてゆく

過去にいるのは俺じゃない

奪われてるのは自由だけじゃない

お前との現実も今も全て

思い出すら此処じゃない何処かへ

奪い流されている



泣かない君

泣いてる君


現実にいるのは どちらの方?


俺が愛してるのは

(僕が守りたいのは)

僕が愛してるのは

(俺が守ろうとしたのは)


どちらも同じ 

この世で唯一人の女







ずれた時間が

いつか元に戻ったその時

僕は何処に行く?

過去は思い出になって

俺は何処にいる?

お前の中で

俺は何処にいる?

僕は何処へ行く?







今、俺は


お前の何処に 存在できているのだろう・・・・








『tears angel』





夕方4時から6時に届けるよう注文した花は、5時頃に届いた。
まさか自分でそれを受け取ることになるとは思わず、俺は少し気が抜けていた。
サインをして受け取ったそれを眺める。
こんなふうにアレンジされるんだ・・・

「なんだそりゃ?」

小五郎が後ろから覗き込んでくる。
やっぱ事務所に送るようにして貰ったのは不味かったな。

「ん?蘭姉ちゃんにだよ・・新一兄ちゃんからみたい。」

「・・・・ケッ、あの野郎・・」

持っていた新聞を乱暴に捲るとその顔を隠して、記事に熱中する振りをした。
明らかに不機嫌な顔をしている。
俺はそれを見やりながら、蘭の部屋に行こうと考えていた。

「んなモン贈りつけてくるよりよ、一目逢ってやりゃ良いんだ。
あの馬鹿男が・・・」

「・・・・本当だね。」

苛立ってなかなか煙草に火がつかないらしい。
ライターを苛立たしく机に投げつける音が背中に響いた。
事務所を出て、階段を上がる。
三階の自宅の方の扉の鍵を開けて、靴を脱ぎ揃える。


『あの馬鹿男が・・・』

『一目逢ってやりゃ良いんだ。』

『んなモン贈りつけてくるより・・』


頭の中で繰り返される小五郎の声。
こんな時だけ痛いトコをストレートについてくる。
手の中のその色をじっと見詰めて、俺は溜息を洩らした。

「蘭姉ちゃん、入るね?」

ノックをして蘭の部屋の扉を開ける。
蘭は・・・ベッドで横になったままだった。
静かな部屋。
微かな寝息。
まだ熱さを持ったその頬にそおっと触れる。
まだ熱が高い・・・

珍しく昨夜不調を訴え早く寝た蘭は朝起きて来なかった。
心配になって様子を見にいくと真っ赤な顔をして、ベッドに寄りかかるように
座り込んでしまっていたのだ。
それを見つけた時の気持ち。
まるで力が抜けた蘭の姿に一瞬、その色が見えて目を疑った。
駆け寄って触れた腕のその熱さ。
蘭は心配しないで、と笑ったが冗談じゃない。
どんなに力を入れても蘭を立たせることさえ出来なかった。
あの、絶望なまでの無力感。
何度あんな思いを味わえばいいのだろう・・
熱のせいで意識の朦朧としている蘭を起こすことは困難で、俺はおっちゃんを呼びに行った。


どうやら風邪らしい。
そんな症状見せてなかったからインフルエンザじゃないかと疑ったが、
そうじゃないらしい。蘭は・・云わねぇからな。
風邪っぽくても無理して治そうとしていたのだろう。
机の上に咽喉飴が幾つか減って置いてあることに今さっき始めて気付いたのだ。

「・・・蘭・・」

「・・・・」

熱い吐息が吐かれるばかり。
額に貼ってある熱冷ましのシートもだいぶぬるくなってしまっていた。

手にした花をじっと見詰める。
蘭が好きな明るいその色。
酷く嬉しそうに笑ったあの時のことを覚えている。
今度は・・今年は俺の手で、渡したかったのにな。

「・・ん?・・・」

「えっ?」

蘭が何か云ったので思わず聞き返してしまった。
うっすらと蘭の瞳が開く。
熱の為浮かされたようなその瞳は天井を見つめ、そして俺を見つけた。

「・・コナン君・・?」

「うん、そうだよ。蘭姉ちゃん・・辛い?」

「・・大丈夫・・ケホッ・・なぁに、そのお花?」

「・・・さっき届いたんだよ。蘭姉ちゃんに。」

「新一・・から?」

「うん。」

布団の中から蘭の手がだるそうに上がって、俺の方へ伸びる。
そうして指先でその桃色の花に優しく触れた。

「可愛い・・良い匂いね・・」

「僕、花瓶に生けてくるね。蘭姉ちゃんの机の上に置いておくよ。」

「ありがとう。」

まだしんどいのだろうが、うっすらと嬉しそうな笑みを浮かべた蘭が嬉しくて俺は笑った。
部屋を出て行こうと思って、立ち止まる。

「蘭姉ちゃん食欲ある?昨日の夜から何も食べてないんでしょ?」

「うん・・・ごめんね、咽喉が痛くて・・」

「・・そっか・・あっ!桃缶あるんだよ!
食べる?僕持ってくるよ!」

「・・・桃缶か〜。うん、少し食べたい。」

「分かった、すぐ持ってくるから待ってて!」

俺は急いで蘭の部屋を出てキッチンへ向かう。
確か空いてる花瓶も棚の下の方にしまってあった筈だ。
思った通りそこにあった。
薄いエメラルドの色をした花瓶に水を入れて、花の包みを解く。
意外と頑丈に包まれてるんだな・・赤いリボンをそこに放って。
俺は数本の桃の枝を生けた。

こんなもんでいいよな?

手を洗って、冷蔵庫の中に冷やされた桃缶を取り出す。
缶切りで開けて、食べやすい大きさに包丁で切り分けるとそれを皿に持って、
フォークを添えた。
咽喉も渇いてるだろうからな・・・小さなペットボトルのスポーツドリンクを一緒に
トレイにのせる。

再び蘭の部屋をノックして、俺は慎重に運びながら入った。
まず机の上に一度置いてから扉を閉めに戻る。
花瓶を机の上に置いて、蘭の方に花を向けた。

「蘭姉ちゃん・・起きれる?」

「うん、だいぶ楽なんだよ。ごめんね?心配かけちゃって・・・
ご飯もちゃんと食べた?」

「大丈夫だよ!目玉焼きくらい僕も作れるし!
おっちゃんのお味噌汁には驚いたけどね。」

「ふふ・・」

ダルそうに身体を起こす。
俺はトレイを置いて、皿とフォークを蘭に手渡した。

「ありがと。」

「ううん、なんかしてほしいことある?
なんでも云ってね?」

「優しいね、コナン君は・・ありがとう。」

蘭は嬉しそうに俺を見下ろして、そうしてフォークで白桃を小さく切り分ける。
一口運んで、蘭は噛み締めて飲み込んだ。

「・・美味しい。ふふ、懐かしいなぁ〜。
風邪引くとね、お母さんが必ず桃缶買ってきてくれてたんだ。」

「・・へぇ〜・・・」

「お父さん、覚えててくれたのかなぁ?」

「・・・きっと、そうだよ。」

俺はベッドの傍に座って、蘭の声を聞いていた。
そういや俺も記憶にあるな・・・
幼稚園の蘭が風邪引いて、見舞いに行った時おばさんに桃缶出して貰ったっけ。
蘭と一緒に食べて・・蘭は美味しそうに食べててさ。
その顔見たら、もう大丈夫だって思えたんだ。
次の日は一緒に幼稚園に行けてさ・・・

「コナン君・・」

「なあに?」

ベッドに寄り掛かっていた為、蘭の声が後ろの少し高いところからする。
振り返ろうと思って身体を捩ろうとしたら、そのままで良いよって云われた。
そう云われたら、無理に身体を向ける必要もなくて。
俺はそのまま座って聞いていた。

「知ってる?桃の花の花言葉・・・」

「・・・・知らないなぁ。なんてゆーの?」

本当は知ってる。
けど明るい声で俺は返事をした。
どこかがズレている。
そんなの今更で俺は可笑しかった。
笑えている自分が愚かしくて・・・・

「うん・・・あなたに夢中とか、虜っていうの。
でもね、本当はもう一つあるんだよ。」

「えっ?そ、そうなの?花言葉って一つじゃないの?」

「うん、色々あるのよ。その国や伝説から一つ一つ違うみたい。
私も・・詳しくは知らないんだけど、新一がくれた花だから・・前に図書室で調べてみたんだ。」

「ふーん・・それで?もう一個は?・・なんてゆーの?」

ほんの数秒の沈黙がやたら長く感じる。
俺は・・その一つしか知らなかった。
大体花言葉なんか、蘭にやるの以外は興味ねぇんだ。

「あなたの虜とかは中国の方の言い伝えなんですって。
向こうではね、男の人から女の人に桃の実を贈ることは・・求愛を意味するらしいわ。
ロマンチックだね?」

「そうだね・・」

もう一つの花言葉は?

聞きたくて仕方ないが、話してくれるまで待つ。
振り返って蘭の顔が見たかった。
見下ろされている視線が痛い程感じる。
なにかを見透かされているような気分になって、俺は知らず拳を握ってしまっていた。

「“懐かしい日々”」

「・・・・・」

「“懐かしい日々”って花言葉もあるんだよ?」

「・・・・」

振り返って、蘭を見上げる。
蘭は熱っぽい瞳で俺を見下ろしていた。
その唇には微笑を称えて。
まるで・・どこかで見たマリアみたいに。
蘭は慈愛に満ちた目で俺を見下ろしていた。

「蘭、姉ちゃん・・?」

「コナン君は、どっちだと思う?」

「・・・ぼ、くは・・」

声が掠れた。
緊張と焦燥。
この二つが何に対するものなのかも分からずに。
俺は蘭の声に焦がれていた。
何か、云って欲しかった。
何か・・・




「美味しかった。ご馳走様。」

「あっ・・うん・・ジュース飲む?」

「ううん、ありがとう。でもいいわ・・・なんか眠い・・
もう少しだけ寝てもいーい?」

「うん、寝てなよ。まだ熱下がらないしね。
そうだ・・その額のヤツ変えた方がいいよ、待っててね?」

空っぽの皿とフォークを受け取って、俺は机の上のトレイに乗せる。
そうして部屋を出て行く時、微かな蘭の声が聞こえた。

「うん、待ってる・・」








何を。

何処までを。

蘭に。

知らされているのだろう。

何時まで。

我慢させれば気が済むんだろう。



そして


俺は


どっちなんだろう










★★★★★★★★★★★★★★★
2002/03/14


『愛しい嘘』の続き。

桃の花言葉は本当の話ですにょ。
“あなたの虜”の方が有名ですが、
“懐かしい日々”という言葉も持ってます。

Written by きらり

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