君がいるだけで









今日は十二月二十三日。
明日はとうとうクリスマス・イブである。
だけど、蘭は昨夜から落ち着かなくて胸がドキドキで、どうしようもなかった。
今日の午後五時に米花プリンセスホテルのロビーで新一と待ち合わせをしている。
今時計は午後三時を指していた。うちからホテルまで歩いて四十分くらいで着いてしまう。
蘭は再び念入りに髪を乾かした。
こんな時間からシャワーを浴びてるなんてお父さんがいたら、何を言われてたか分からなかったな。
笑みが零れる。良かった・・・今日お父さんは仕事で千葉まで出かけていて。
浮気調査の依頼が来ていたのだ。
このシーズンそんな依頼が多くて、お父さんはほとんど家にいないのだ。
クリスマスを一人で過ごすんじゃないかと心配してくれてたけど、園子とクラスの友達と
クリスマスパーティーがあるといってたら、ほっとしたような顔をしたっけ・・・。
新一がいたら許さねぇと言ってたけど・・・
今日、園子も他の友達も同じような言い訳をしている状態なのだ。
お父さんには申し訳ないけど、今夜は特別な夜だから。
・・・ごめんね、お父さん。
鏡の前で大きく息を吐いた。
なんでこんなに緊張しているのだろう?
今日新一と米花プリンセルホテルで泊まる事はずいぶんまえから聞かされていたのに。
私はホテルなんて行かなくても・・・新一の家で二人で過ごせたら、それでいいと思っていたのにな。
それなのに、突然昨日終業式の帰り道、突然言われたのだ。
『明日は一緒に過ごそう。米花プリンセスホテルに部屋取ってあるんだ。』
クリスマスはきっと二人きりで過ごそうって前から約束していた。
だから嬉しかったけど、驚いちゃった。
だって、米花プリンセスホテルなんて中のレストランに食事くらいには行ったことあったけど、
それだって園子がお父さんから貰った優待券のおかげだもんなぁ。
・・・新一のヤツ、まさかおじ様のカードとか使ってるんじゃないでしょうねぇ?
少し不安になる。あの道楽息子さんの金銭感覚は時々私の予想を超すことが多いのだ。
そんなことを考えながら荷物をまとめていると、時間があっという間に十分以上も過ぎてしまっていることに気が付いた
まだ着替えも終わってない。
一晩泊まるだけだけど、それでもいろいろ持っていく物の確認もしなくちゃいけないのに!
慌ててクローゼットの中から昨日丁寧に閉まったこの間買ったばかりのワンピースを出す。園子と二人で選んだワンピース。・・・新一は気に入ってくれるかしら?
園子と二人、店を何件も何件も探して回ってやっとお互い納得するものを探し出した。
園子は派手なモノではなく、ローズピンクのシンプルなワンピースとそれに合わせたオフホワイトのコート。
そして私は一目で気に入ってしまったチェリーレッドのワンピース。
身体にぴったりフィットするデザイン、シンプルだけど少し大人っぽい それは一目で気に入ったけど、
なかなか買う決心が出来なかったモノ。
何度も何度も身体にあててみて、園子に似合うからと押し切られてとうとう買う決心をして買ってしまったのだけれど、
あの試着以来着てはいない。
やっぱりなんだか・・・少し、背伸びをしてしまったようで。
鏡の前でもう一度深呼吸した。
早く着替えないと、遅くなっちゃう。
シャツを脱いでベッドに放る。ワンピースをかぶってスルッと整える。
なんだか・・・そう、悪くないかな?なんて好い気になっちゃう。
うん。悪くない。生地のスルスルとした肌触りが気持ち良い。
ツルッとした生地のわりにシワにもなりにくいし。でも、思ってた以上に背中が開いてるのね。
去年のクリスマスにお母さんにプレゼントしてもらった薔薇のアクセントがついたチョーカーとイヤリングを取り出した。
なかなか機会がなくてつけてなかったんだけど、あのワンピースを見た時にすぐにこのアクセサリーが頭に浮かんだ。
その両方をしっかりと留める。
これで良い。ピンクのルージュを薄く引き、にっこりと笑ってみせる。
今日だけは、綺麗でいたかった。
新一に綺麗な自分を見てもらいたかった。
元は今更どうにも出来ないけれど、着飾るくらいは許してね?
そうして荷物をまとめる。
小さなハンドバックに下着の替えや小物を入れた大きな袋。
その中に、半年以上も悩みつづけたクリスマスプレゼントをそうっとしまった。
綺麗にラッピングされたのが崩れないように慎重に扱う。
ものすごく悩んだ。
毎年のようにセーターやマフラーももちろん編んであるんだけど、今年は二人きりで過ごす初めてのクリスマスだから…
特別な想いを込めて…いつも込めてるけど。
ずっと記念になるようなものをあげたかった。
それでいて、いつでも身につけていてもらえるような・・・。
そういうモノがなかなか思いつかなくて、蘭はこの数ヶ月、悩みに悩みまくっていたのだ。
笑みを浮かべてそれを外から見えないように袋をとじた。
 










時間がねえっ!!
俺は青ざめて着替えにかかる。
此処は米花プリンセスホテル、一応スィートだ。
全く良かったぜ、去年から予約しておいてよー・・・じゃなくて!!
これから下のレストランに行って、注文しておいたクリスマスケーキを取ってこなくちゃいけない。
それにさっき花屋に頼んでおいたツリーも取ってこなくては。
俺がコナンからやっと戻れて過ごす、二人きりのクリスマス。
蘭につまらない思いをして欲しくなかった。
なにもかも、蘭が喜んでくれるような気障ったらしいことも全部やってやりたい。
今までは、アイツの望むこと何一つしてやれなかったから。
時間は午後三時過ぎ。
待ち合わせはロビーに五時だが、蘭のことだ。
十五分以上前には来ているだろう。
その時に運んでる姿を見られたら元もこうもない。
蘭がこのホテルに到着するまでにすべての用意を済ませておかなくては。
まずは着替えを済ませておこう。
ダークグレイのジャケットに黒のカラーシャツ。 ネクタイはライトグレイをキュッと絞める。 さっきクリーニングから取ってきたばかりだ。
それにしても・・・このスーツかしこまりすぎたか?
でも。
今日は俺にとってものすごく大事な夜だ。 
クリスマスだからそれもあるけど、それ以上に大切で、特別な夜。
何もかも完璧にしておきたい。
一番大事なことをとちってしまいそうだからな。
鏡の前でもう一度おかしいことはないかと確認する。大丈夫だ。
大きく息を吐いた。
結局言葉は何も浮かばなかった。
蘭に伝えたかったこと。
一緒に過ごしたい。
それだけじゃなくて。もっとそれ以上のこと。
コナンだった時に伝えたくても伝えられなかった思い、全部。全部だ。
・・・どんな言葉を選んだらそれが伝わる?
蘭にそれが伝わる?
俺のこの何年ものの想いをどう言えばお前に分かってもらえるんだろう?
・・・ずっと悩んでた。
新一の本当の姿に戻れた時から。
ずっと俺を信じて待っていてくれた蘭。
涙を隠してずっと泣いていたお前にどんな言葉をやれるのだろう?
なにをいえばお前は許してくれる?
バカだった、この俺を。すべてを知ったつもりで、何も分かってなかったバカな俺を。
笑ってすべてを許そうとするお前を俺はどんなふうに愛せばいい?
瞳を閉じると何も見えない闇の中に唯一人の光。
そんなお前を俺は愛してても許されるのだろうか?
目を開いた。
自嘲して俺はクローゼットの扉を閉める。
何を考えてる?誰に許されると思う?誰が許すという?このバカな男を。
許されることなんか望んじゃいないんだ。
誰が許してくれなくても、俺は蘭しかいらねぇんだ。あいつを愛することしか出来ない。
お前を苦しめる。そんなふうにしか愛せないとしても。俺はお前しか愛せないから・・・。
今日は何を伝えるとしても、お前が笑ってくれることしか望まない。
お前が笑う。俺だけに。
それがどんなものより、俺の心を悦ばせる。
ジャケットのポケットの中を探った。確かな感触。
部屋を出る。閉まった扉は自動にオートロックされた。誰もいない廊下。
絨毯に冷たい足音が染み込んでいく。
  








大きなクリスマスツリーがピンクと白のリボンをメインに綺麗に飾り付けされていた。
本物のもみの木に、木の根元にはいくつもの大きなプレゼントがディスプレイされていた。
その目の前で蘭は新一を待っていた。
時間は四時三十九分。・・・案の定早すぎたみたいだ。
ロビーにはたくさんの人たちで溢れ返っていた。
幸せそうな恋人達、温かい笑顔を振り撒いてる無邪気な子供達、
そしてそれを優しい眼差しで見守る両親。
クリスマスってやっぱりいいなぁ。
日本にはキリスト教の習慣なんてほとんどないけれど、クリスマスって大好きなんだよね。でも、その気持ちもよく分かるのだ。
誕生日とは別の特別な夜。
大切な人に大切な想いを込めて、何かを贈るって素晴らしいことだと思う。
ヴァレンタインやホワイトデーもそんなつながりで日本の根強い習慣に化しているわけじゃないかしら。
照れくさい気持ちを誤魔化せるイベントがあって想いを伝えることが出来る。
みんな、素直になんて簡単になれないから・・・・


「蘭?」
「・・・えっ?そ、園子!?」

突然声をかけられて心臓が跳ねる。
目の前にはオフホワイトのコートを脱いで持った園子の姿。

「な、なんでぇ??」

二人同時の声だった。

「なぁ〜〜だ。蘭たちも此処で待ち合わせだったのねぇ?
新一くんったら気合入ってるじゃないのぉ〜〜〜。」

ニヤニヤと笑みを浮かべた園子に肘でつつかれる。
そうして腕時計を見ると、園子は大きく溜め息をついた。

「やっぱ早すぎたか〜。本当はね、五時半に待ち合わせなの。」

秘密を囁くように園子は声を潜めた。
まだ時間は四時四十分。いつも時間ギリギリの園子にしては本当に珍しい。
園子は頬を赤く染め、恥ずかしそうに言った。園子ってば、可愛いんだから・・・

「・・・いつもさ、真さん、待たせてばかりでしょ?・・今日は早く来たかったんだ。
驚かせてやろうと思って・・・」
「充分、驚きましたよ?」

一瞬の沈黙。私は園子と顔を見合わせた。
そうして声の方を振り向く。

「・・・・・・・真さん・・??」
「早かったんですね。丁度良かった、今来たんですよ。」

呆気に取られた園子の顔が真っ赤になった。
私は笑みを浮かべてソウッとその場を離れる。もみの木から離れてフロントの方へ歩いていく。
・・・良かったね、園子。遠くに見える親友の幸せそうな笑顔。
京極さんの照れくさそうな顔。あの人でも園子の前じゃあんな顔するのね・・・。
なんだか胸の奥の方が熱くなった。
新一を思う。
会いたいな・・・もうすぐ会えるけど、今すぐ会いたいと思う。
なんて我が侭な想いなんだろう?

「・・・・・??」

それは私の我が侭のはずなのに、よく知った腕に抱かれてる。
背中に温かい確かな温もり。涙が零れそうになった。

「わりぃ。待ったか?」
「・・・・」

言葉がすぐに出てこなくて。私は必死に言葉を探した。
待つもなにもまだ約束の時間より時間はもっとある。
それなのに、私を抱き締めてくれるこの腕に、私は泣きたくなる。
こんなふうに容易く私の我が侭を許す彼。勿体無いな・・・
こんなふうに容易く叶う願いもあるのに、ずっとずっと願っても望んでも叶わない想いはもっともっとあるのに・・・

「新一・・・」

ようやくその名前だけを呼べる。その腕から逃れて私は振り返った。

「・・・・」

また言葉を失う。だって、胸がドキドキして・・・。
ど、どうしてぇ〜?新一の姿なんて毎日見てる。
もうずっと十年以上もも毎日のように・・・それなのに。どうしてこんなに格好良いんだろう?
私は本当にバカだ。恥ずかしくて頬が熱くなる。
新一はそんな私を不思議そうに見て、そうして当たり前のように持っていたバックを二つとも持ってくれた。

「腹減ったか?レストランいつでも行けるけど、もう行くか?」
「あっ・・・うん。でも、そうだ。園子たちが・・・」
「ああっ?!」

新一の顔が強張った。
そうして広いロビーの中に園子たちの姿を見つけると、納得したようにう頷き、
もう片方の手で私の腕を引っ張った。

「ちっ、アイツ等も来てたのか。
考えてみりゃ此処のレストランは鈴木財閥で経営してるレストランが入ってたんだよなぁ〜。」

そうだったのか。それは知らなかった。
新一は本当によくいろんなことを知ってるなぁなんて、今更ながら感心する。

「いいや。メシはしょうがねぇからルームサービスにしてもらおう。
部屋の中からの夜景もなかなか良かったぞ?」
「新一、もう来てたの?」
「・・・まあな。」

エレベータのホールでボウイさんが上でのエレベーターを止めといてくれた。
そこに乗り込んで、新一は四十一階のボタンを押す。
エレベーターの中は二人きりだった。
ものすごいスピードで回数のボタンの明かりが上がっていく。
新一が止まったのは一番奥の部屋だった。それにしても広くて長い廊下だったな。
全然人にも会わないしさ。
胸のポケットの中からカードキーを取り出しスッとノブの上の差込に差し入れる。
ピーという機械音が鳴ってライトの色が赤から緑に変わった。

「どうぞ。お嬢さん」
「ありがとう。」

扉を開いて笑いながら丁寧にお辞儀してみせる新一に、私は微笑んで会釈を返す。
そうして部屋に入る。

「わあぁ・・・・・すっごい・・」

それしか言えなかった。後ろで扉が閉まり、自動的にロックされる音が響く。
途端に後ろからしっかりと抱き締められる。
さっきの比じゃないその強さに私は身を竦ませた。

「新一・・・・」
「やっと抱き締められた。ずっとずっとこうしたかったんだ。」

甘えるように新一が私のうなじに顔を埋める。
髪を掻き分けてたどり着いた肌に口付けた。
その感覚に私は何も考えられなくなる。

「好きだ。蘭・・・」
「・・・い。」
「?」
「ずるいよっ!そんなふうに言われたら、何も言えなくなっちゃう!」
「・・・・そうか?」

きょとんして緩んだ腕の中から私は逃れた。
そうしてからかうように軽くキスしてやる。
新一はきょとんとして笑った。

「今日もおっちゃんは仕事か?」
「うん。例の浮気調査よ。こういうイベントシーズンは多いんだって。」

コートを脱ぐかどうか迷った。このコートの下はもうワンピースだけだ。
私は誤魔化すように部屋を見回した。落ち着いた雰囲気の広い部屋。
二部屋に分かれた感じになっている。
奥は壁が一面の硝子窓になっていて夜景を一望できた。
そして大きなダブルベッド。
一緒に寝るなんて当たり前のことなのに、今更心臓がうるさく鼓動する。
こんなふうに緊張してたら新一におかしいと思われちゃう・・・。

「・・・・もしもし・・室の工藤ですが・・・」

振り返ると新一はサイドボードの上の電話でフロントに連絡しているようだった。
そうか、食事を部屋に運んでもらうって言ってたっけ。
その間に私は窓の方へ向かった。
・・・この部屋。本当に何でもある。大きなテーブルに二人楽に座れてしまうソファ。
ワイドテレビにレコードプレイヤーまである。
聴く人いるのかしら?並んでるレコードを見るとクラシックとクリスマスソングばかりだった。そうしてベッドの傍のサイドボードの上には可愛らしいクリスマスカード。
開くとメロディが流れた。

「なんだ?」

後ろから新一が覗き込んでくる。聞きなれたクリスマスメロディ。

『いらっしゃいませ。ステキなクリスマスナイトをお過ごしください』

カードの傍にはクリスタルグラスに水がはってあってその中に星の形のキャンドルが浮かんでいる。

「可愛い!」

蘭は嬉しそうにそれを見つめている。
こんな可愛らしい部屋も蘭が喜ぶと思って予約した。正解だったな。
俺は一人笑みを浮かべた。まだ腹減ってねぇのかな?俺は・・・正直空いていた。
朝から用意やら、なんやらでろくにモノ食ってねぇもんな・・・。
ふいに、蘭がコートを着たままなのに気が付く。
部屋の中はそれなりに暖房が効いてるんだが、暑くねぇのかな?

「蘭、コート脱げよ。ハンガーにかけといてやるよ。」
「えっ?」

そんな驚くことねぇじゃねえか!俺だって蘭にぐらいは気ぃ利かせてぇんだよ。
ったく・・・・。俺はハンガーを片手に蘭がコートを脱ぐのを待った。

「・・・・・?どうしたんだよ?脱がねぇのかよ?」
「・・・」

蘭はなんだか恥ずかしそうだ。・・・俺は溜め息を漏らして、蘭のコートに手をかけた。
蘭の体が強張る。
俺はハンガーをベッドに放り投げて、両手で優しく抱き締めた。
そうしてその耳に囁く。

「俺だって・・・飯食う前に、おめぇのこと食おうなんて思っちゃねぇよ。」
「!バッ・・バ、バカっ!」

蘭が真っ赤になってるのが見なくても分かる。
俺の背中はポカポカと叩かれた。

「なんだよ?」
「そんなんじゃ・・・バカ・・」

呆れたというより、諦めた感じで蘭は溜め息を漏らした。
そうして俺の腕の中から出て、ためらいがちにコートのボタンに指をかける。 
一つ一つゆっくりとボタンを外す。
なんでコート脱ぐぐらいで、こんなに緊張していたのか・・・・・・・・やっと理解出来た。

「・・・・・」
「ら、ん・・・」

声が掠れたのが、自分でも分かったほどだ。
蘭は気恥ずかしそうにあちこちに視線を逃している。
あまりの衝撃に何も言えないでいる自分が情けなかった。
だって。その、蘭の綺麗な・・・なにもかも。
光沢のあるダークレッドのワンピース。
それは蘭の白い肌に良く映えている色だ。
なにより蘭を綺麗に見せる赤。
そしてそれは蘭の体のラインに忠実にフィットしている。
曝け出された肩と細い腕。
そうして長い足がすらりと腿から伸びている。
首には薔薇のチョーカー。・・・初めて見るアクセサリーだな。

「・・・・な、んか言ってよ・・新一・・・」

不安そうに俺を上目で見上げる蘭。
俺はその目を見るとたまらなくなって抱き締めてしまった。強く。強く。

「・・ん、いち・・・」

少し息苦しそうに蘭が俺を呼んだ。
我に返りその力を少しだけ緩めた。

「・・・・・良かった・・・・」
「え?」

本当に良かった。俺は心から安堵の息を漏らす。

「食事、ルームサービスに変更してよ〜。
お前のそんな姿、他の誰にも見せたくねぇ。」

可笑しそうに蘭は笑うが俺としては本気だった。
こんな、こんなに綺麗な蘭。
いくら周りがカップルだらけだって、他の男になんか見せてなんかやらねぇ・・・
それに相反して、そんなお前を世界中に見せびらかしたい気持ちもある。
俺の恋人であるお前がどんなに美しい女なのか。・・・だけど。
やっぱりそれは俺だけが知ってればいいことなんだ。

「新一・・・」

ホッとする。何も言ってくれないけど、それだけで充分だった。
他の誰にも見せたくないって・・・新一のためだけにこの格好してきたのにな?
他の誰が、綺麗って言ってくれても、新一がそう思ってくれなきゃ、意味がないのよ?
嬉しくて嬉しくて、新一の頬にそうっとキスした。

「蘭・・」

新一の唇が優しく、そして激しく私を攫う。
何度もキスされて頭の中が何も考えられなくなる。抱き上げられて、ベッドに横たえられた。
新一の重みと温もりを受け止めて、うっとりと瞳を閉じた。
ベルと共に静かなノックの音。

「・・・・・」
「・・・・・新一?」
「・・・・・」
「ねぇ・・・」

 
ルームサービスの方だと思うんだけど・・・。
新一は無言で私の首筋に顔を埋めていた。
一瞬きつくキスされる。
そうして新一はベッドから立ち上がり、扉へ向かって行った。
私も慌ててベッドから立ち上がって、床に落ちたままだったコートを拾ってハンガーにかけた。

「こちらのテーブルに用意させていただきます。」

入ってきたのは、ルームサ―ビスのワゴンを運んできた、男女の係員。
女性の方はテーブルにクロスをかけて料理をテーブルにきちんと並べ始めた。
男性はシャンパンとグラスを置いて、ナフキンを並べている。
それをじっと見つめてしまっていた私はふいに彼と目が合った。
彼は笑顔で会釈をし、ふと何かに気付いたように笑みが消える。

「?」

慌てて男性は笑顔を取り繕った。
そうして二人の係の人たちは出て行った。
「ステキなクリスマスをお過ごしください。」
そう言い残して。
私・・・なんか変だったのかな?
もしかしてワンピース、無理しすぎたのかな?
思わず嫌な考えに思考が走ってしまい、なんだか悲しくなる。
俯いた私を新一が抱き締めた。

「・・・誰にも見せねぇつもりだったのに・・・ちくしょう。」

髪に顔を埋める。優しい新一。
きっとこのワンピースが似合っていなくても、そんなこと関係ないように笑ってくれるのね?

「あの野郎、蘭に見惚れやがって・・・」
「?」

言われてる意味がよく分からなかった。

「隠しておきゃ良かった。」
「新一・・・」

嬉しくて、嬉しくてギュウッと抱きついてしまう。
私を簡単に不安から救ってくれる。
嘘でもなんでも良かった。
新一がそう言ってくれるのなら。

「・・・・新一?」
「・・・・」

空耳かな?でも、もう一度。
ぐぅぅぅ〜〜〜。
私は我慢できないで、笑ってしまう。
腕を離すと新一が決まり悪そうにそっぽを向いていた。

「ごめんね?お腹空いてたんだね。・・・あったかいうちに食べようか?」

すっかり拗ねてしまっている新一の手を引っ張って私は席に着いた。
それにしてもすごいふかふかのソファ・・沈んじゃいそうだ。
ポンッっと軽い音が響く。シャンパンの開いた音。
新一の手・・・大きくて指長い・・・大好きな手の平。
すごく器用に動いている。その慣れた手つきに今更感心してしまう。
・・・本当に今更だ。

「蘭?グラス。」
「あ、うん・・・」

新一に促されて空のグラスを傾けた
ピンク色に色づいたシャンパンだ。
綺麗・・・何気なくラベルに目をやる。・・・「ROSY PRINCESS」

「・・・・・」
「・・・・・」

お互い無言でそのグラスを見つめている。新一が何か言いたそうに、私を見た。
・・・どうしよう・・・。私も新一に任せようと、促すように笑った。

「・・・乾杯。」
「乾杯」

小さく音を立ててグラスを合わせた。

「・・・・甘くて美味しい・・・」
「良かった。蘭に合うと思って選んだんだ。」

新一が笑った。あんまり嬉しそうに笑ってくれて、何も言えなくなる。
私の為に選んでくれたんだ。それがすごく嬉しくて、私は胸がいっぱいになってしまう。
それでも。
目の前の美味しそうな誘惑には勝てずに、二人でのんびりと、それをたいらげてしまった。
食べ終わると食器は全部ワゴンに乗せてしまい、廊下に出しておく。
なんだか今日の新一はせわしく動いてくれるなぁ・・・。

「・・・蘭、ケーキ食うか?」
「いくらなんでも、今すぐは無理かも・・・でも、どんなの?」

その返事に俺は苦笑した。食べられないのに、それでも中身は気になるのかな?
部屋の暖房でクリームが溶けないように、隅に置いておいたケーキの箱を慎重に運んだ。
テーブルの前で、楽しそうに待っている蘭の顔。
まるで子供みたいだな。・・・・可愛い。きっとにやけてしまってるに違いない。

「開けていいよ?」
「うん。」

子供みたいに顔を輝かせている。
昔と変わらないな、こんな無邪気なとこは・・・。
慎重にリボンをほどく細い指先。うすくマニキュアが塗られている。
珍しいな・・・蘭がマニキュアを塗るなんて。
そうして、箱の蓋をゆっくりと持ち上げた。

「美味しそう!」
「俺もいろいろ悩んだんだ。」

 それは本当だった。今の時期は本当にいろんなデコレーションケーキが並んでいる。
まさかこんなにケーキで悩むことになろうとは、俺は思わなかったぞ?
結局買ったのはこれ。
このホテルの中のレストランでクリスマス限定で発売されたチョコレートケーキ「Christmas kiss」 。
しっとりとしたスポンジは柔らかな生チョコのクリームでコーティングされていて、その上には薔薇のチョコと白いパールに似せた砂糖菓子が散りばめられている。

「・・・・ねぇ?」
「ん?」

恥ずかしそうに蘭が俺を見上げる。
俺はピンッと来て、蘭に軽く口付けた。

「フォーク持ってきてやる。食いてぇんだろ?」
「うん・・・」

驚いたように蘭の瞳が見開かれる。
なんで分かったのか、分からないようだ。・・・ったく、分かるに決まってんだろ?
お前のことなら、なんでも見てるんだからよ。
俺はサイドボードの上に、揃えられた食器の中から、一本だけフォークを持っていった。
そうして、待っていた蘭に渡してやる。

「新一は?」
「俺も食うよ?」

きょとんとしてる蘭の横に腰を下ろし、俺はガキみてぇに大きく口を開いた。 
何でも出来ると思えば、子供みたいな新一に私は呆れながらも、嬉しくて笑ってしまう。
そうやって私に甘えてくれること、いとおしく思う。

「しょうがないなぁ〜、新一は。」

そう言いながらも、嬉しくて。そうしてケーキにフォークを差し入れ、
一口分を新一の口に運んだ。

「はい、あーんして。」
「あーん。」

その口に入れようとした瞬間、私はそれを自分の口に運んでやった。
呆気に取られて新一は私を睨みつける。子供みたいに拗ねた瞳。

「・・・美味しい!」

私は一人で味わってしまった。本当に美味しいこれ…

「俺にも、よこせよ」
「?」

そうしてキスされてる。・・・なんで?
首を傾げた私に新一はニヤッと笑った。

「甘い。美味いな」
「・・・・もう。」

悔しい。いつも勝てないんだもんなぁ。
私はもう一度、今度はちゃんと新一の口の中に運んでやる。
美味しそうに新一が笑う。昔と変わらない、こういうとこは。
私たちはなんだかんだいって、半分ほどケーキをたいらげてしまった。

「残りは明日の朝、食おう?」
「うん。」

新一はそれをまた片付けに行ってくれる。
私はお腹がいっぱいになって、ソファに沈み込んだ。お行儀悪いかな?
でも、お腹苦しくて動けない…

「蘭?大丈夫か?」

すぐに私の横に座り込んだ新一が、心配そうに私を覗き込んできた。

「うん。」

本当にお腹いっぱいなだけ。
私が微笑むと新一は安心したように、私の髪を撫で始めた。
・・・気持ちいいな。ずっとこうしていたい・・・私は気持ち良くて瞳を閉じた。
温かくて大きな手の平。
私のことを愛しそうに撫でてくれている、それは誰よりも大好きな人の手で・・・。
幸せで、暖かくて、涙が出そうになる。
去年までずっとずっと待ち続けていた日々が遠い昔のように思えてしまう。
去年の私を思うと涙が出そうになった。
あの時の自分に伝えてあげたい。
新一は傍にいるよって。
あなたはきっと幸せになれるよ?って。
もう、きっと離れない。傍に置いてね?
置いていかないで。
絶対に無理な願いを想う。
新一は行ってしまう。私を置いて、どこまでも。
そして私はそんなあなたを許してしまうんだ。
だって、私はそんなあなただからこそ、こんなに好きなんだもの。
傍にいて欲しいと想う。
何処までも行って、輝いて欲しいと思う。
そんなあなたを誇りに、誰よりも愛しく想う。
なのに、私は・・・・。
それでも、待ってるよ?
あなたの帰ってくる場所でいたいの。
ずっとずっと、いつまでも。
本当は一緒に行きたいけど、あなたは私を守ろうと、自分をかえりみてくれないから。
あなた一人で、私が待っていれば、あなたは私を待たせている罪悪感から、
自分を守ろうとしてくれるでしょう?
だから、私は待っていたい。
信じてる。想ってる。私はそんな方法でしか、あなたを守れない・・・・・・・・




・・・・あったかい・・・・。意識がぼぅっとしていた。
そうか、寝ちゃったんだ、あのまま・・・・・

「ええっ!?」

私は飛び起きる。ベッドの中で服のまま寝てしまっていた。

「新一?」
「いるよ。」

私はぼうっとして新一を見つめた。
新一は窓の近くに椅子を運んできて外を見ていたようだ。
その手にはグラスがある。残ってたシャンパン飲んでたのか・・・・・

「・・・・私、ものすごく寝ちゃった?」

恐る恐る聞いてみる。新一は笑いながらベッドのすぐ傍のデジタル時計を指差した。

「もう、こんな時間!」

時計は零時を過ぎていた。
私、私・・・いくらお腹いっぱいで、暖かくて、気持ちよかったからって・・・・最低だわ・・・・。
涙が溢れてくる。
新一、呆れちゃったかな?・・・私・・・・。

「泣くなよ?・・・俺、お前が泣くの・・困る。」
「・・・だって・・・・」

新一は私に駆け寄って、すぐに抱き締めてくれた。
でも。でも!いくらなんでも寝ちゃうなんて・・・・・。
恥ずかしくて私は新一の胸に顔を押し付けた。

「・・・めん、なさい・・・・」
「謝るなよ。俺だって、起こさなかったんだからさ。」

だって、だって・・・・。
声にならない。私・・なんてことしちゃったんだろう。
せっかくの・・・。

震える肩がいとおしい。
なんで、泣くんだよ?
お前は何してたって、寝てたって、傍にいてくれるだけでそれだけでいいのに。

「泣くなよ、蘭・・・俺、お前の寝顔ずっと見てたんだよ?
だから、起こさなかったんだ。
その・・」

 
ああ、うまく言えねぇ!情けなくて、どうにかなりそうだ。泣かせちまってるし・・・。

「・・ごめん・・なさい・・・・」
「泣くなよ、愛してるから!」
「・・・・・?」

自分でも呆れてしまう。やっと言えたかと思えば、どうしようもないことを口走ってるし。
蘭が涙を溜めた瞳で、俺をまっすぐに見上げていた。
だが、ものはついでだ。

「愛してるよ・・だから、泣かないでくれよ・・」

なにがだからなのか、自分で言っててもよく分からねぇ。
でも、本当のことだから・・・。

「お前に泣かれると俺・・・なにも考えられなくなるんだ・・
お前だけで頭がいっぱいになっちまって・・・だから・・」
「・・ん、いちぃ〜・・・」

ますます瞳に涙が溢れている。逆効果じゃねぇか!俺のバカ!

「新一!」

強い力で抱きついてくる。あったかけ〜。今更だが、そう思う。
なんでこいつはこんなにあったかいんだろう?
そして、いい匂いがする。コロン?シャンプー?どれでもなく、昔からする蘭の匂い。
日向の中にいるみたいな、そんなあたたかな匂いだ。
それを俺は一人味わっていた。・・・そして、思い出す。
そんなことより、大事なことがあったんだ!

新一の言葉に嬉しくて、抱きついちゃったけど、それよりも大切なこと忘れてた!!
クリスマスプレゼント渡さないと!

「新一!」
「蘭ッ!」

同時に私たちは顔を合わせる。
な、なに?新一のすごく真剣な顔に私はびっくりした。
そして、同時に新一を呼んだ私に、新一もびっくりしている。

「な、なに?」
「なんだよ?」

またもや同時だ。わたし達は思わず顔を見合わせて笑ってしまう。

「・・・クリスマスプレゼント、渡したかったの。」
「・・・俺もだよ・・・」

私は新一が置いてくれた袋を探しに行く。
確か、クローゼットの中に閉まっておいてくれたんだ。
開くと、隅に私のバッグと袋が置いてあった。
袋の中から丁寧にプレゼントを取り出す。良かった。包装もリボンも崩れてない。
新一が気に入ってくれると良いんだけどな。
そうして、私はベッドに座っている新一の元へ戻った。
隣りに座って、新一の顔を見上げる。

「メリークリスマス、新一。受け取ってね?」
「サンキュ、蘭。」

新一はそれを受け取ってくれた。そして・・・言いにくそうに私を見つめる。

「?」
「あ、あのさ。俺も蘭に渡してぇもんがあるんだよ・・・」

どうしたんだろう?なんだか、すごく緊張しているのが分かる。
思いつめたような瞳に胸が嫌でもドキドキしてくる。

「受け取ってくれ。頼むから!」

いきなり頭を下げられて、私は驚いてしまった。

「ちょ、ちょっと新一〜〜。どうしちゃったの?
私・・・新一がくれるならなんでも嬉しいに決まってるじゃない。」
「・・・らん・・」

私は新一の頭を優しく両手で挟み込んで、顔を上げさせた。
顔、隠したりしないで?
全部見つめていたいの。いつも、どんな時も。

「これ・・クリスマスプレゼントなんだ・・」

そういって新一はポケットの中から可愛いくラッピングされたプレゼントを出し、それを私の手の中に収めた。
・・・嬉しい。嬉しい。嬉しい。

「ありがとう、新一。・・すごく、嬉しいよ・・」
「・・・気に入るかどうか・・分からねぇけどな・・」

自信なさそうな新一。私はそれを大切に胸に抱き締めた。
そうして、気付く。

「ね、新一。プレゼント開けてみて?気に入ってくれるかどうか、私も不安だから!」
「あ、ああ・・・」

そうして、新一は青いリボンを丁寧に解いてくれた。
ぴしっと包装されたそれを、きちんと外していく。
そうして出てきた箱を手に取り、ゆっくりと蓋を開けた。

「・・・・・・」
「・・・あ、あのね!それ・・その・・一年中身に付けられるものをと、思って・・・。
セーターも編んだんだけど、冬しか着れないでしょう?
だから、季節に関係ないモノをって、考えたの・・・・」

語尾が小さくなってしまう。思わず俯いた私の顎を、新一の人差し指が持ち上げた。
優しいキス。
触れるだけの、でもとても温かい・・・

「・・新一・・・?」
「すげー、嬉しいよ。サンキュ、蘭。・・・今すぐ着けてもいいか?」

答える前に新一は今まで自分が着けていた腕時計を外して、私がプレゼントしたトラコンのエクストラフラットを着けてくれる。
良かった・・・すごく似合ってる。
プレゼントを腕時計にしようと決めてからも、ものすごい悩んだのだ。
どんなのが新一が好きな感じかな?と思って。
Gショックみたいのも捨てがたかったけど、制服にも普段着にも、そして今みたいなスーツでも似合うようなのがいいと思って、
悩んでたある日、クリスマス特集の雑誌でペラペラとめくっていて見つけたのがそれだった。
シンプルだけど、どんなスタイルにも似合うそれは、グレーのベルトで新一の腕に良く似合いそうだった。

「すげー良い。サンキュな?蘭。」

 もう一度キスされる。本当に良かった。
雑誌で見つけてすぐに園子とお店に行ったのだ。

「・・・俺のも・・開けてくれるか?」
「あ、うん。」

私は新一から貰ったそれの赤いリボンをゆっくりと解いた。
丁寧にラッピングされているピンクの包装紙。
はやる気持ちを抑えて私は指を動かした。
・・・新一の、痛いほど強い視線に私は戸惑う。
どうしたんだろう?一体・・・。
その包装紙も破れないように丁寧に剥がした。
白い箱を開けると中には割れないようにパッキングに包まれた小さな小箱が出てくる。

「・・・オルゴール?」
「・・・ああ。」

私はそうっと蓋を開けてみた。同時に流れてくるメロディ。
もう何年も前に流行したラブソングだ・・・。

「嬉しい・・ありがとう、新一。」
「・・・よく、中見ろよな?もう一個、入ってるだろう?」
「?」

私は言われてオルゴールの中を覗く。
中はアクセサリー入れになってるのだ。 
指輪やピアスをしまえるようになっている。
そして・・・一つ、銀の指輪が入っていた。
これ・・・

「ずっと、蘭に送りたかったんだ。これしか、あげたいモノ、思いつかなかった・・・」
「・・・新一・・」

蘭の声が小さく震えた。
恥ずかしくて、緊張して、何も考えられない。
でも、俺はずっと言いたかったことを、今言わなければいけない。

「蘭、愛してるんだ・・もう。・・ずっと前から。今も。」
「・・・・」

それを食い入るように見つめたまま、蘭は何も答えない。
その沈黙が怖い。
だけど・・・・言いたい事がうまくまとまらねぇ。
それでも俺は言葉を紡いだ。

「今すぐなんて言えない。いつなんて保証できない。
でも・・・俺はおめぇしかいないから。今までも・・・きっとこれからも。」

鈍い頭で必死に言葉を探す。
ずっと蘭に伝えたかった言葉。言えなかった言葉。
探す。自分のことなのに、一番分からねぇ
だけど・・・。

「俺はお前といたいんだ。これからもずっと、一生・・
おめぇしか、いらねぇ・・・俺と結婚して欲しいと思う。
まだ先のことだけど・・約束してくれねぇか・・・?」

そこまでがやっとだった。こんな、カッコわりぃ自分は嫌だった。
でも、これが精一杯だ。
情けねぇな・・・・。

「・・・・・」

耳に入る声が信じられないことを紡いでいる。
これは、現実のこと?
でもその声は紛れもなく、新一のモノで・・・。
私は必死で頭の中をまとめていた。 
新一の声。膝の上で固く握られたこぶしが視界に入っている。
私に与える言葉。
新一の想い。
・・・どれもが都合のいい夢のようで・・・。

「・・らん?・・・」
「・・・」

不安そうな、私を伺う新一の声。
そうっと顔を上げると、そこには情けないくらい不安そうな新一の顔があった。

「・・そ・・そんな顔しないで・・・。新一、私・・・」

言葉を探す。嬉しいのに、信じられないくらい嬉しいのに、それが上手く言葉にならない。
こんな顔を新一にさせたくなんかないのに。
は・・・あなたの・・・
。震える気持ちを抑え、慎重に言葉を紡ぐ。

「・・し、んいち。嬉しいよ?
嬉しい・・・・私だって、新一しかいないんだよ?
ずっとずっと、きっとこれからも新一だけ。
約束なんかなくたって、私はずっと新一のモノだよ?」
「蘭ッ!」

その腕に攫われる。
持っていたオルゴールを落とさないように私はしっかりと手の平に収めた。
強い力。それに私は気持ちごと持っていかれる。

「それでも約束して欲しいと思う俺は・・我が侭なんだ。
不安なんだ・・おめぇはいつも笑って俺を許しちまうから。
いつか、俺はそれに甘えてお前を・・・それでも、お前が欲しい!
お前じゃなきゃダメなんだ。」

どこか辛そうな新一の言葉。
それでも私は嬉しくて、幸せな気持ちになってしまってる。
あなたが苦しいのを知っているのに、私の気持ちはそれを喜んでしまってる。
私のことで苦しむあなたがいとおしい。
残酷な想い。それでも、嬉しいの。
新一が好き。
もっと、わたしのこと考えていて。
いつでも忘れないで。
たとえ苦しくても、私を傍において。
どんなに待たせても、きっと帰って来て?
…なんて、恋は残酷なんだろう・・・。

「ごめんね・・・でも、私も新一を愛してるよ。」
「・・・なんで、謝るんだよ?」
「私・・・新一のモノだよ?約束が欲しいのなら、いくらだってあげる。
いつまでも、新一のモノだから・・・ずっと置いてね?
全部、新一のモノにして・・」

ごめんね?愛してるのに、こんなふうにあなたを不安にさせちゃう。
でも、どういえば全部伝わるの?
このおかしいくらい止まらない、溢れてくる想いを。
どんなふうに伝えたら、あなたに分かるのでしょう?

「好きだよ、蘭。」
「私も好き。」

きっと、二人の気持ちが全部互いに伝わってないことを知ってても。
すべて分かってもらうなんて、不可能だって知ってる私たち。
大人になって、簡単に手も繋げなくなって、それでも互いを求め合って温もりを与え合う。
全て奪ったつもりでも、すべて捧げたつもりでも、本当に一番伝えたいことは
何も伝えられてないことを、思い知ってる。
自分自身でさえ、そこは深いところにあって・・・探り出せないでいるの。
 



 何度もキスを重ねる。
 何度も言葉を囁く。
 想いを言葉に変える。
 その瞬間に気持ちはカタチを変えてしまう。

 





柔らかな長い髪。
白く滑らかな肌。
少しだけ開いた、どこか笑っているような口元。
閉じられた瞳は夢を貪っていて。

「愛してるよ、蘭・・」

その額に口付ける。少しだけ蘭が肩を竦めるが、起きる気配はない。
腕にある軽いけど、確かな重み。温かくしなやかな身体を抱き締める。
このまま朝が来なくていい。
それなのに、無情にも朝は訪れるから・・・

「・・・・いち・・」
「?」

蘭の左手が持ち上がり、何かを求めるように彷徨う。
そうして俺の右手に触れると、安心したようにその指を絡めた。
左手の薬指にプラチナリング。蘭はいつ気付くかな?
裏に彫られた言葉に。
・・・きっと当分気付かねぇだろうな?
それでもいいんだ。
本当に伝えたいことはいつも、上手く言葉にならないから。
これだけだ。本当に想いを伝えられる言葉は―――――。
もう何度言ったか知れない。
それでも、これだけが本当だから。




「愛してるよ、蘭・・・」
 











 Happy Christmas For You・・・

THE END





………何年前に書いたかは不明。
新v蘭に嵌まってその年のクリスマスに書いたのは覚えてる。
でも…なんか何故かどこにもアップしなかったのですよ。



Written by きらり

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