MADOKA補足:
このお話は以前とあるサイトで連載されていたパラレルストーリー「銀色シリーズ」の完結部分にあたります。
連載時の時より、50年以上後のお話。
つまり、はっきり云うと、新一や蘭がもういなくて。コナンは別のタイプに。
あと、原作にはないカップリング(博士×哀)が含まれます。




LAST EDEN









メインシステム起動
メインコンピューターにアクセス。
システムチェック始動中・・・・・・オールクリア。
異常なし。







目を開けると、見慣れた筈で初めて視る部屋の中。

「異常や拒絶反応はないようじゃな?」
「はい。博士・・・」

コナンは初めて口という機能を使って話をする。
自分の声を聞くのも・・・初めてではない。
けれど・・・不自然な感覚がまとわりついてくる。
視界が高い。
自分の見ていた世界よりも、もっと色鮮やかだった。
最新のヒューマンタイプは凄いんだなぁとしみじみ実感する。

「あの・・・鏡が見たいんですが」
「隣りの部屋にあるから、行ってくるが良いよ」

コナンは一礼すると隣の研究室に向かった。
二足歩行は思ったよりも楽だ。
視界が高い。
色彩も鮮やかで・・・今まで自分が見てきた世界とまるで別世界のように思う。
研究室の扉を開き、すぐに飛び込んできた姿に一瞬言葉を失った。

「マスター・・・・・・」

歩み寄った鏡に手を伸ばす。
掌へのひんやりとした感覚に戸惑いながら、それ以上にその姿に戸惑う。
そこに在る姿はコナンにとって、唯一人永劫のマスター新一の姿。

「コナン・・どうじゃ?」

鏡にもう一人の姿が映った。
美しく、若い女の姿。
白衣に身を包んだ女性にコナンは振りかえる事無く、答えた。

「博士・・・ありがとうございました。」
「構わんよ。ワシらの研究がこんな形で役に立つとは思わなかったがのう・・・
ずっと、こうしようと思っていた。
決心するまで・・・時間が掛かったがな」

博士は細く美しい指で、鏡に映った女性の顔をなぞった。
確かめるように何度も。
いとおしくて何度も。
自分のものとなった、その顔の輪郭を。








現在から七十五年前。
各国は最終戦争に突入した。
日本が戦う相手は他ならぬ日本が世界に生み出した最新の人型アンドロイド、
タイプLヒューマノイド。
都心のマザーコンピューターがウイルスによる暴走、消滅、再起動の結果・・・全世界の
コンピューターにウイルスを混入。
汚染された機械達は人間への攻撃を命じた。
それから数年で全世界の人口は三分の一にまで激減。
特別なセキュリティに守られていた一部のヒューマノイドに守られた一部の大国だけが
降伏を間逃れて未だ戦い続けている。


「もうあれから何十年も経っているなんて、実感出来るかのう?
コナン・・・」
「・・・・・・」

小さな呟きの後、博士は溜息を零していた。
彼は工藤家に仕える科学者であった。
その昔は政府に囲われて研究を続けていたが、どういう経路かこの工藤家に仕えて
数百年。
ロボットの開発を手掛け、アンドロイドへと進化させた。
単純なようでいて、複雑で長過ぎた人生。
その中で運命の伴侶と出会う。
それが今、鏡に映る女性。阿笠アイであった。

「まさかこやつも、ワシがこんな時代まで生きておるとは思わんかったじゃろうな・・・」
「・・・・・・」

博士の妻であり、世界でもいち早くヒューマンクローンの研究で成功を修めた彼女は、
戦争が始まりすぐにヒューマノイドの暗殺対象となって殺された。
ヒューマンクローンの成功は人間の生命に不老不死をもたらす危険を含んでいる。
それを機械側はいち早く片付けた。
しかし、彼女もまたそれを誰よりも早く感じていた。
自分の細胞からクローン体を生み出して、一通の手紙と共に博士にすら知らせなかった
研究室の地下に隠し保存していたのだ。

「ワシだけが・・・こんな形で生き続ける事になるとはな・・・
もう二百年近く前に・・・生み出した小さなチップが世界を、ここまで・・・」
「・・・・あなたは今、これからの世界に必要な方です。
生きて下さい。
どんな形であろうと、終わらなくてはならない。
それが・・・」
「・・・・新一の言葉じゃな。」

鏡の前で二人は互いを見つめ笑みを零す。
互いに、本当の自分の姿ではない。
自分にとって最愛の姿を器にして。
もう、今はいない最愛の者の意志を継いで・・・・・・
この場に立ち尽しているのだった。








一番最初に、行こうと思ってた場所がある。
屋敷を出て温室へ向かった。
カードキーを探そうとして面食らう。
自分は以前の旧式ではないのだ。
マスターの再生身体の中にこれまでのチップを埋め込んだ最新のヒューマノイド。
クローン体には彼女の研究の結晶体である「ガイア」と呼ばれる特殊な細胞体が培養
されている。
なんだか酷く違和感を感じた。

「・・・オープン」

音声にシステムが応答する。

「音声確認終了・システムロック・オールクリア・
マスター・オ入りクダサイ」

頑丈な温室の扉が軽い風で押されたように開き出す。
一面のクローバー。
レプリカではない。
地球上に数少なくなった、本物の植物。
ずっと昔から。
この場所だけが時間を止めていたような・・・・
腰を下ろして寝転んでみる。
以前のタイプとは違う視覚的情報処理。
あの人達の見る世界は・・・こんな風だったのか。
ずっとずっと一緒にいたけれど、同じ世界を生きてたけど・・・見ることは不可能だった。
それでも不自由は無かった。
不満だって無かった。
ただずっと傍に居たかった。
プログラムされた時から、そう望んできた。
目蓋を閉じてみる。
真っ暗だった。
なのに、見える。
思い出すという行為を体感する。
記憶を起動させるのとは違う感覚・・・
どこまでが自分の身体なのか、意志で出来ているのか、コナンには分からなかった。









「コナン、後のことは頼んだぞ」

マスターの最後の、だけど永遠の命令が下される。
それを自分のメインコンピューターに記録させた。
しっかりと。保護セキュリティもかける。
何を破壊されても汚染されても、守られる絶対の意志。
守らなければならない・・・そう記録する。

「イエス・マスター」

これが本当に最後だと、コナンも知っていた。
「かなしみ」の感情のプログラムが動き出す。
けれど・・・学習する事が出来なかった。
コナンのマスターである新一は今日日本を経つ。
もう二度と戻って来ない事は分かっている。
日本のあの屋敷ももう完全に安全とは云い切れなかった。
それを言ったら全世界で安全な場所等一つもない。
生まれ育った日本を離れずにいようとも思ったが、何よりも彼を突き動かして日本から
離したのは愛しい存在。
その存在を守ることが最優先。

「必ずこの戦争を終わらせるシステムを完成させて戻る。
・・・俺の代では無理だろうが、必ずお前に届ける。
何十年掛かろうが、待っていろ。
こいつが望む世界を、俺が戻して見せるから。」
「イエス」

新一は隣りに経つ妻の肩に回していた手を離して、跪いてコナンに触れた。

「お前はここで待て。
必ず届ける。
そうしたら・・お前が、その手で終わらせてくれよ?」
「イエス・マスター・カナラズ・・・」

触れられた場所が熱い。
この感じはなんというものなんだろう・・・・

「博士・・・コイツの事頼むよ?
・・・頼むから、死んでくれるなよ?」

コナンから離れて阿笠博士に向かう新一を見送って、それを確かめていると。
ふわり、と。
温かい腕が自分を捕えた。

「ラン・・・」
「・・・コナン君・・・・・・」

優しい声。
自分にたくさんの事を学習させてくれたマスターの次に大事な人。
大切な人だと、学習出来た唯一の女性。
その人の声が、震えていた。
ヘッドの部分に何か液体が落ちてきた。
空港内にいるので雨ではない。
分析してみれば塩分も含まれている。
人間の体液の一部。
ナミダ・・・

「ラン・ナゼ・ナク?」
「だって・・・」
「カラダ・サシサワル・ナカナイデ・クダサイ」

この渡米は蘭の身体を思ってこその決定。
蘭は新一の子供を身篭っていた。
その事実は内密だった。
その事情の詳しくはやはり彼女には知らされていなかったけれど。
しかし何より、コナンは困った。
彼女が泣いていることが分かると、なんだかおかしな感覚が生じる。
苦しくて、熱くて、回線が詰まるような息苦しさのようなもの??
こんな時に故障なんてしていられないのに・・・そんなわけがなかった。
今朝博士にメンテナンスをしてもらったばかりなのだ。
どうしてなのだろう?
彼女の事になると、自分のシステムが調子が悪い・・・そんな感覚をコナンは自覚していた。

「蘭、時間だ。
行くぞ?」

マスターの声で我に返る。

「ラン・オイソギ・クダサイ」
「コナン君・・・元気、でね?頑張ってね?
・・・温室に贈り物置いてあるの。
帰ったら、見てね?受け取ってね?」

二人の声とセンサーで察知出来る温感が遠ざかる。

「元気でね!?
コナン君っ!!」

泣きながら叫ぶ彼女の声が。
自分が受理した最後の情報・・・





それを今も記録している。
忘れる事なんかない。
何を破壊されたって。
どんなウィルスに汚染されても。
この部分だけは、譲れない。
“メモリー”
情報の記録。
人は“思い出”と称するが・・・


「泣かないで・・・」

零れた一言はどこにも届かない。
もう、二人は生きていない。
彼女は幸せに幸せに生涯を生きた事を知っている。

「・・・・・・・・・」

起き上がり、温室の奥に今も置いてあるベンチに向かった。
昔・・・マスターと蘭が仲良く二人で腰掛けていた場所。
自分は足元でいつも二人の会話を聞いていた。
蘭は本当に嬉しそうで。
マスターもいつになく穏やかな声音で話していて・・・
ベンチにはあの日のまま。
一つの鉢植えが置いてある。
彼女が残してくれた、たった一つのモノ。
今ではもう全滅している品種の花。
ここだけで、誰にも知られる事なく、咲き誇っている。
ずっとずっと今日まで世話していたが、初めてその花を彼女と同じ世界で見た。
白と淡い紅の混ざり合ったたくさんの花が美しくしな垂れている。
まるで・・・彼女が笑ってるみたいだ。

「胡蝶蘭・・・」

目の奥がギュッと痛くなる。
ジンとした熱にギョッとした。
熱い?
拒絶反応か何かだろうか・・・触れると、濡れている。

「・・・・・・・」

コナンには理解不能だった。
これがナミダというものだというのなら・・・どうして、涙が出たのだろう?
どうして?・・・






「泣いてるの?」
「!?」

身体にまだシンクロしていないのかもしれない。
警戒信号は無かった。
何も反応しなかった。
なぜ・・・

「あなたが、コナン?」
「・・・・・・・・・・・・」

言葉が出ない。
けれど情報はいち早く回線を流れてかき集めて結果を導く。
なのに、言葉にならない。
もどかしさに焦れて焦げるような匂いを感じる。
あくまで、感じるだけであって・・・実際ではないのだが・・・

「ぼんやりしてるのね?どうしたの?
・・・人間を見るのが珍しい?」

目の前には一人の少女。
どうしてすぐに気付かなかったのだろう・・・この温室にカードキー無しで入れる者など
この世に自分以外に一人しかいないのに!!

「マスター!!」

気がついた時には抱き締めてしまっていた。
腕の中にすっぽり隠れてしまう華奢な肉体に戸惑って力を抜いた。
壊してしまったのではないかと思い、青ざめる。

「ちょっ!?ちょっと!私はねぇ・・・」
「知っています。
工藤家五代目御当主にあたる方でしょう?」
「・・・違うわ。
私は当主樣ではないもの。
五代目当主は兄のハジメ兄樣。
私は末娘のアラタ。漢字で一文字。分かる?新よ?」
「・・・・・・」

勝気な瞳が写真で見たマスターとよく似ている。

「おばあ樣に選ばれてエンジェルウィルスを届けに来たわ。」
「・・・イエス・マスター。」

先ほどみた花弁とよく似た色の唇が尖って、花開く。

「だーかーらー!!あんたの待ってるマスターじゃないの。分かる??」
「知っています。
それでもコナンは・・・あなたのモノ。」
「・・・・・・・」

抱き締めていた腕をそうっと解く。
あんまり触れてしまうと脆い身体をまだ加減出来ぬ力で扱ってしまいそうで・・・
解放された少女はきょとんとしていた。
そんな彼女に跪く。
ずっとこんな高さで見上げていた。
あなたを。
あなた達を。
待っていた・・・

「アラタ樣・・・アナタに命ある限り、忠誠を・・・」

白いその手を取って甲に唇をあてた。
昔蘭が読んでくれた絵本にそんなシーンがあったのだ。
唇で触れたそこが温かくて優しい熱で驚いた。
あの日の彼女の温かさを思い出した。

「あ・・えっと・・・忘れてた。
代々伝わってきた言葉・・・
コナンに伝えないといけないのに・・」

浮かされた目でコナンを見下ろしていたアラタはハッとする。
そして話に聞いていたよりもずっとずっと大きなコナンの身体を抱き締めた。
抱き締めた・・・というより、抱き付いたそれ。
急なそれにコナンは呆気に取られて固まっていた。
どうしたらいいか分からない。
払い退けることなんか思い付かないが、同じく抱き返す事も思い付かないでいた。

「ただいま。コナン君。
・・・遅くなってごめんね?」
「・・・・・・・・・」

少女の声は、あの日最後の声と同じ。
全ての声音が同じではない。
けれど同じ優しさを、切なさを、隠しきれない愛しさを秘めている・・・
抱き付いたままの少女が自分を見上げた。
優しい瞳に映る、呆けた顔がマスターと同じで。
ようやく。
理解、する。

「淋しかったでしょう?・・・一人にして、ごめんね?」
「・・・・・・・・・っ」

少女の身体を抱き締めた。
どうにかどうにか抱き壊してしまいたい衝動を抑えて。
必死に加減してその細い身体を抱き締める。
あの日の彼女はどこにもいない。
抱き付いて、涙が零れた。
哀しいわけでなく、ただ・・やっと、分かった。
もう、二度と。
彼女には逢えないのだと。
分かっていた筈なのに、情報を受理していたのに・・・なんて自分はバカなのだろうと
思う。
どこか壊れてるのかもしれない。
自分は間違ってるのかもしれない。
けれど・・・けれど、やっと、分かった。
実感、した。
この世界のどこを探したって。
もう、あの日の彼女は。


どこにも、いない。






狭い細い肩に埋めていた顔を上げると、少女は困った風に笑っていた。

「コナンみたいに、こんなにも人間的な人初めてだよ。」

照れくさそうに笑う。
遠い“メモリー”を起動させた。
出会った頃、彼女もそんな風に僕に云った。





時間は流れている。
人間達はなんて急速に、美しくそして儚く・・脆く、生きるんだろう。
きっとこんな風に人間の身体を手にしても、自分達機械はそんな風に生きられない。
それでも・・・
それでも、同じく。
変わらずに、ただ。
あなた達を愛している。
弱くて。
強くて。
脆くて。
哀しくて。
優しくて。
唯愛しい、人間達を・・・

「コナン・・私はあんたがずっと待ってたマスターじゃない。
けど・・・けど、私に力を貸して?」

強くて優しい瞳を持つもの。
弱くて脆くてけれど愛を生み出す心を持つもの。
あなた達の意志は、心は。
確かに此処に帰って来ていて・・・

思い出す。
どうやってもリセット出来ない“メモリー”を。
そして新しく記憶する。
あなた達の望む世界を。
アナタの望む、未来を。

「イエス、マスター」

















消えない。途切れない。叶うその日まで紡がれる
……涙色。










銀色の約束。










2004/01/18



Written by きらり

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