春うらら









すっかり春めいた今日この頃。
新一はうららかな春の午後を、心から楽しんで・・・は、いなかった。


新一は朝から機嫌がそこぶる悪かった。
どうしてこんなことになったのか。
大体久しぶりに蘭とデートが出来ると思っていたのに。
それなのに・・・。
溜め息が零れる。
もうなん十回目のそれに、冷ややかな視線が注がれた。
「なに、そんなしけた顔してるのかしら?そんなに二人っきりが良かったの?」
子供の姿とは相反して、その冷ややかな冷めた瞳。
その色のない瞳が新一を見上げる。
「・・っせーな。なんだよ、こんなの聞いてないぜ」
「あら、言ってないもの。」
馬鹿にしたように彼女はくすりと笑みを浮かべた。
新一はそれを見下すと溜め息をもう一度零す。
そして視線を戻す。
3人のチビガキどもに囲まれて、ジュースを手渡して笑う蘭。
その横で博士はのんびりと欠伸をしていた。
事の起こりはつい30分前。
久しぶりに蘭と二人きりで遊園地にやってきた。
一緒に観覧車に乗った後、のんびりとジュースを飲んでいる時だった。
ベンチの後ろから妙な視線を感じて、新一は思わず蘭を庇うように抱き締めた。
その途端。
「やっぱり蘭お姉ちゃんだぁ!」
「本当ですね、どうやらデート中だったみたいですよ?」
「俺達と遊ぼうぜ!!次あれ乗るんだ!!」
思わず見なかったことにして、立ち去りたい衝動に駆られる。
耳を塞ぎたくなるようなその賑やかさに、蘭は笑って俺を見つめた。
「・・・・・・はぁ」
「あなたって意外と根に持つのね。心が狭いんじゃない?」
「あのなぁ!!大体なんでお前までいるんだよ!?
お前がこんな遊園地なんて本当そっちの方が、ちゃんちゃらおかしいぜっ!!」
その瞳がつまらないものを見るように新一を映し、そうして静かに色を消した。
「あなたって・・本当に蘭さん以外の人間に対しては・・」
「哀ちゃん、これでいい?」
遮るのは無邪気な蘭の声。
そうして蘭は哀にそれを差し出した。
「オレンジジュースよ。博士から哀ちゃんが炭酸苦手だって聞いたから。
オレンジでよかった?」
哀は小さな笑みを浮かべてそれを受け取る。
「ありがとう、頂くわ。」
「良かった。」
蘭は嬉しそうに笑みを浮かべる。
そうして新一に向き直った。
「新一はコーラで良かった?」
「ああ、サンキュ。」
いつからだろう?
灰原があんなふうに蘭を見るようになったのは。
最初はなるべく接触を避けていたように思えたんだが。
今は。
素直にその瞳を向けるようになった。
灰原は組織を壊滅させ薬を完成させたあとでも、元の姿に戻ろうとはしなかった。
理由は分からない。
だが、まだ自分を許せていないんだろうと博士は言った。
それはゆっくりと流れる時間という名の術でしか癒せないのかもしれない。
博士が言っていた言葉を思い出す。
『少しずつ、すべてが良い方向へ向かってるんじゃよ』
・・・だが。
今日のこれはどう考えたって、良い方向じゃねぇな。
俺は久しぶりに蘭の笑顔を独り占め出来てたんだぞ!
それを・・・隙を狙って、絶対にこのガキどもから離れてやる!!
今に見てろよ・・・。
俺はコーラを口を口に含みながら、その術を思案していた。
「ね、ね、次はミラーハウスに行こうよ!」
「いいですね。でもこれもおもしろそうですよ。」
「なんだ?」
光彦はマップを指差しながら二人に説明した。
「ここです。新しく出来たアトラクションです。謎を解きながら進むミステリーツアーです。」
「おもしろそー!!」
「謎解きなんてちょろいぜ!そこにしようぜ、次は!」
「さんせーい!!」
三人の息の合った声が響き渡る。
ニコニコ、蘭は嬉しそうにそれを見つめていた。
「なぁ、蘭・・俺達はもう行こうぜ?他のアトラクションに行こう?」
「そう?新一も喜びそうだなって思ったんだけど、いいの?」
「ああ。」
正直に言えば、少しだけ興味が引かれた。
だが。
それよりも俺には蘭との二人きりの時間の方が重要なのだ!
「じゃ、行こうぜ?」
その手を取って、その場を離れようとする。
「?」
蘭の足をうごかねぇ。
そっと振り返ってみると、蘭の反対の手を三人のガキどもが握り締めていた。
「一緒に遊ぼうよぉ!!」
「そうですよ、一緒に行きましょうよ?」
「そうだぜ!!大勢の方が楽しいじゃねぇか!」
蘭は困ったふうに笑みを浮かべる。
ガキたちを見下ろして、そうして俺に視線を向ける。
何も言わなくても分かった。
「もう少しだけ。」
蘭のお人よしなとこにつけこみやがって。
俺は思わずガキどもを睨みつけてしまう。
「なんだよ兄ちゃん、その目はさぁ!」
うるせぇ!俺の幸せを・・・
「しょうがないですよ。彼は本当は二人きりの方がいいんでしょうから」
分かってんなら邪魔すんなよなぁ・・・
「どうしてぇ??大勢の方が楽しいって、よくコナン君言ってたよ?」
だから、それは俺もちっこかったから、蘭の傍を離れないようにするために・・・・
「新一・・・」
「・・はは、そうだねぇ大勢の方が楽しいねぇ・・」
しらけるほど棒読みの台詞。
まさか自分で自分の首を絞めることになるとは、あの頃は思ってもなかったぜ。
「やれやれね。」
「はは、そうじゃのう。」
少し離れた場所で、灰原と博士の声が聞こえる。
ちきしょう・・あいつ等自分は関係ないといいたげじゃねぇか。
覚えてろよ・・・俺は本当にしつこいんだ。




やけに元気でスマイルな添乗員が説明を始める。
「みなさん、それではこの手帳の注意事項をよく読んで、矢印のとおりに進んでくださいね!
ヒントは殺されたこの家の主人エリザベースさんがところどろで教えてくれます。
見事犯人を突き止めて、彼女の無念を晴らしてあげましょう!
見事30分以内に犯人を探し当てた探偵さんにはこの名誉ある
エリート探偵メダルバッチをプレゼントしちゃうぞっ!!」
「すげー!!」
「かっこいーー!!絶対狙おうね!」
「30分以内なんて、ちょろいぜ!!」
「・・・・・・・」
なんてバカらしいんだ。
俺はあえて口にはしなかった。
蘭も熱心に手帳を読んでいる。
俺はそんな蘭が可愛くて、思わず肩を抱き寄せた。
「大丈夫か?これって元ホラーハウスを改造してんだぞ?怖いの苦手なんじゃねぇか?」
「大丈夫よ。だって、今はミステリーハウスなんでしょう?
ただ、犯人を探すだけじゃない。それに・・・」
蘭は可愛らしく俺を見上げる。
その頬を少しだけ染めて、俺の耳に囁いた。
「新一がいるんだもん。すぐに犯人を突き止めて、出口を見つけてくれるでしょう?」
「・・・・・」
一瞬言葉を無くす。
なんて、なんて可愛いこといいやがるんだ、こいつはっ!!
人の目がなかったら、間違いなく抱き締めてた。
それだけじゃ済まなかったにちがいない。
俺も辛抱強くなったもんだぜ。
「それじゃ、あとは頼んだぞ?新一、蘭ちゃん。」
「は?いかねぇのかよ、博士?」
見ると灰原も博士と共に此方に手を振ってる。
「哀ちゃん行かないの?」
「私は遠慮するわ。疲れそうだもの。」
これじゃ本格的に子守りじゃねぇか。
俺は肩を落とした。
「さ、早く行きましょ!まずは入口でエリザベースさんにヒントもらわなきゃ。」
「そうですね、元太くん急ぎましょう、蘭お姉さんも早く!!」
「おうっ!」
「あ、ちょっと待って。新一っ!」
ガキたちに手を引っ張られて、蘭は入っていってしまう。
仕方なく、慌ててて後を追った。
一回だけ振り返る。
楽しそうに手を繋いで笑顔を浮かべる、二人の姿が見えた。
本当にちゃっかりしてやがるぜ、あの二人。
「きゃあああああっ!!」
「蘭っ!?」
間違いなくそれは蘭の悲鳴だった。
なんなんだよ!?一体・・・。
入った途端、真っ暗な場所。
目が慣れるまで、俺はじっと立ちすくんだ。
蛍光塗料で書かれた矢印が見える。
その壁に沿って、俺は歩いた。
「蘭っ!?」
しゃがんで顔を隠している。
だがそれは、間違いなく蘭の姿だ。
見ると、蘭の周りでなんかがくるくる回っている。
一瞬だけ糸が銀色に光る。
俺はそれを掴まえてみた。
「・・・こんにゃくだ。」
向こう側から声が聞こえる。
「離して下さいよ〜〜〜。」
裏方の人だろう。
俺はそれを放って、丸くなった蘭を抱き締めた。
「大丈夫だ、蘭。もう大丈夫だ。」
「・・し、んいちぃ・・」
涙声になってる。
相当びっくりしたんだろうな。
「あいつ等は?」
「分かんない、急に真っ暗になって、手離れちゃって・・そうしたら、冷たくて変なのがぁ・・」
「ああ、もう大丈夫だ。ただのこんにゃくだったよ。」
「・・・こんにゃく?」
呆けた蘭の頬にキスした。
滲んだ涙も優しく吸う。
慌てて蘭が立ち上がった。
「大変!早く後を追わなくちゃ。」
「大丈夫じゃねぇか?あいつ等の方がよっぽど・・・・なんでもないです。」
蘭の瞳に俺は言葉を濁す。
そうして蘭の手を取った。
歩き出すとすぐに、力が篭もった。
ったく、怖がりのクセに無理しやがって・・・。
次の部屋はソファがあるだけだった。
矢印がソファに向かれて、黄緑の字で『座りなさい』とだけ書かれている。
「・・・す、座るの?」
「しょうがねぇからな・・。」
まず俺だけが座ってみた。
別に何の変化もない。
「やっぱお前も座んなきゃダメみたいだ。」
「・・・・う、うん」
声が緊張で掠れている。
俺はそんな蘭の手をしっかりと握り締めた。
あんなガキどもなんか置いて行って、でちまいたいだがな・・・
蘭もソファに腰をおろす。
すると目の前に画像が浮かんだ。
「やだっ!!」
瞳をギュッと閉じて、蘭は俺の肩に顔を埋めた。
CGで浮かび上がったそれは、血まみれの女主人エリザベース。
しかしこれ・・やたらリアルすぎねぇか?
あんまガキ向けじゃねぇな・・・。
『私は突然殺された。眠っていた時に何がで殴られて・・・悔しい、
恨めしい・・・分かっているのはこの屋敷に住む誰かが私を殺したということ・・
どうか、私に代わり、その犯人を探しだして・・・そして・・・・』
そうして画像は消える。
途端にソファが揺れた。
「きゃああああっ!!」
蘭は立ち上がって、俺にしがみついてくる。
「ら、ん・・・」
震えた腕がしっかり俺にしがみつく。
少しだけ役得だなと思った。
けれど・・。
「蘭・・内蔵されてる振動バイブが動いてるだけだ。大丈夫だよ・・」
あんまり怖がってるから、可哀相になる。
可愛くてしょうがねぇけど・・こいつが不安になることは嫌いだ。
たとえくだらないアトラクションだと分かっていても。
俺達は次の部屋にと向かった。
「それにしても・・あいつ等、どこまで行きやがったんだ?」
「うん・・・怖くないかなぁ?泣いてないかしら・・」
自分だって怖いくせに、それよりもあいつ等を心配してやがる。
本当に蘭は・・・。
それにしてもこのアトラクション・・他の客入ってんのか?
さっきから俺達しかいないような気がする。
他の客の悲鳴も聞こえないし・・・。
暗闇の中蘭は不安そうに辺りをうかがい、時々変な物音にびくっと驚いては
俺にしがみついてきている。
「・・・・・」
顔に力を入れた。
やべぇ、きっと変な顔になってるな。
そうじゃなくても、こんなに密着にくっつかれてるもんだから顔が
にやけるのを止めるのに必死なのに。
ったく、おめぇはよう・・・・
「ねえ、新一・・あれ何?」
「ああ?」
蘭の足が止まった。
震える指先が指差しているのは、転がったマネキンのようなものだった。
「・・・・・」
縋るような瞳が俺を見上げる。
俺は笑って、肩をしっかり抱きなおした。
ありゃ、人間だな・・・あんなのまで仕掛けてあんのかよぉ。
蘭がまずいことにならなきゃいいが・・・。
教えといた方がいいか・・そう思ったとき。
その転がったマネキンが起き上がった。
血まみれのメイク。
乱れた長い髪が揺らめいて、俺達に向かってくる。
「あ・・・・いやあああああっ!!!」
耳を貫く蘭の悲鳴。
しゃがみこんで頭を押さえ込んでしまう。
『私が憎い・・あんな女死んで当然なのよ・・・私の・・・』
どうやらこいつが次のヒントらしい。
だけど・・・
「やだ、やだ、やだぁぁ!!こっち来ないでよ〜〜〜!!」
こいつはそれどころじゃないらしい。
項垂れたまま、蘭は片手を振り回す。
本当に脅かしがいがあんだろうなぁ、やってるヤツも・・・。
そいつは怖がる蘭に近寄って、わざと触れようとしていく。
「・・・・・・」
「きゃあ!?」
丸くなっている蘭を抱き上げる。
そうして片足でそいつをおさえる。
「近寄んじゃねぇよ。」
そうして軽く足を前に出す。
そいつは再び立ち上がり、俺の周りをうろつき始める。
「やだぁ!!」
しっかりと俺の首に腕を回して、蘭はしがみついた。
震える身体をしっかりと抱き締めて、俺はその部屋を後にする。
そういや。
あの案内の女が言ってたな。
決して幽霊を殴ったりしないでくださいね。
なるほど。本物の人間がいるからか。
全くバカらしい。
それに、殴ってはいない。
問題はないだろう。
「・・・いち・・」
「どうした?まだ怖いか?アイツはもう追ってこないから大丈夫だぞ?」
俯いていた顔が上がって、瞳に俺が映った。
少しバツが悪そうに、蘭は肩を竦めた。
「も、もう大丈夫・・あの・・下ろして・・」
恥ずかしそうに頬を染めているのが、暗闇でも分かった。
そういえばあの時抱き上げたまま、歩いてきたっけ。
「いいじゃねぇか、もう少しくらい。それにこうしてりゃ怖くねぇだろ?」
「・・そうだけど・・新一、重いでしょう?」
首を竦めて、瞳だけが俺を見上げる。
その可愛らしい仕種に俺は思わず足を止めた。
「・・・・?」
蘭は訳が分からないように、俺を見つめている。
なんでこんなとこで・・・。
んな可愛い顔しやがるんだよ!
そういっても、蘭には分からねぇだろうな。                                     


そう思うと余計に可笑しかった。
「平気だ、これくらいな。蘭なんて軽いもんだぜ?」
「でも・・は、恥ずかしいから。」
「・・・・」
もぞもぞと降りようとする足が手に触れて、今更だが照れてきた。
俺は蘭をそっと下ろす。
ほうっと安堵の息を漏らした蘭は再び、腕を俺に絡めてきた。
「はやく出口に出ないかな?結構長くない?」
「ああ・・さっきからぐるぐる回ってるんだ。おそらく内側に丸く進路ができてるんだろうよ。」
「ふーん・・あの子達どれくらいまで行ったのかしら?」
「案外もう出口にいるかもしれねぇぜ?」
あいつ等妙に度胸と行動力があるからな。
ま、実力が伴わない時も多いが・・・。
そうして次の部屋に入ったときだった。
扉の向こうで声が聞こえる。
蘭と顔を見あわせ、俺はその扉に近寄った。
そこは暖炉の横の小さな扉で、ヒントと書かれている。
こんなところにいる奴等は、あいつ等くらいだからな。
ノブを回して、扉を開ける。
「きゃあっ!」
「わぁ!!」
「だ、大丈夫ですか?歩美ちゃん、元太くん!?」
転がってきたのは、思ったとおりの三人だ。
「なーにしてんだよ!?」
俺はそいつ等を見下ろす。
「大丈夫だった?なんでそんなとこ、入ってたの?」
そいつ等に駆け寄って蘭は膝をついた。
三人の無事を確認すると、ほっと肩を下ろした。
「へへ、驚かそうと思って。ここにヒントって書いてるから、
きっと新一お兄ちゃんや蘭お姉ちゃんが開けると思って・・・」
歩美ちゃんは無邪気に笑って、蘭の手を借りて立ち上がった。
「それにしても、犯人全然分かんないなぁ・・。」
「それに出口もね。一体どこまであるんでしょう?」
三人は手帳にメモったヒントを見つめて、頭をひねらせている。
蘭はそれを見下ろして、新しいヒントを見つめた。
「犯人の凶器は合鍵。エリザベースはすべての鍵を管理していた。
・・どういう意味だろう?ねぇ、新一?」
「・・なんだ、まだ分かんねぇのか?お前等。」
丸くなった4人の瞳が俺をいっせいに見上げた。
「・・・新一、分かったの?」
「どうしてだよぉ!?俺達にも教えてくれよぉ!」
「ねぇねぇ、誰が犯人なの??」
「そして出口はどこなんですか?」
いっせいの質問に俺は耳を塞ぐ。
本当にギャーギャー賑やかな奴等だ。
「んなの、最初のヒントで分かったじゃねェか。血まみれのエリザベース。
見なかったのか?手に鍵を持ってただろう?それが多分合鍵だろう。」
三人の好奇に満ちた瞳が俺を見上げる。
こいつ等と一緒に俺もそこにいたことがあった。
それがとても不思議に思えた。
俺はもうその高さで何かを見ることはもうないのだ。
お前等だけのそれは特権。
本当の子供であれる、その時間は本当に短くて。
「・・・そして転がってた血まみれの女。あれはおそらくエリザベース自身だ。
同じ顔してたじゃねぇか、よく見なかったのか?」
「だって・・・」
「すぐに殴って逃げちゃったんですよね・・・」
やっぱり殴ったのか。
俺は笑みを浮かべた。
「あいつが倒れている時に抱いていたのは、写真だ。男の写真。
おそらく恋人か何かだな。ここにくるまでに、肖像画がたくさん飾ってあっただろう?
男と一緒に描かれているエリザベースの姿が。」
頷きながら、真剣にそれを聞いている。
一言も聞き漏らさぬように、必死な様子だ。
こいつ等と一緒だったコナンはもういない。
灰原だっていつまでもあのままじゃねぇだろう。
いつかは元の姿にきっと戻る。
自分を許せる日が来るに決まっている。
そんな自分を受け入れてくれる人間が傍にいれば、
大概の人間はなんでも出来るのだ。自分自身さえ、たやすく受け入れられる。
そんな存在が傍にいれば・・・。
見ると蘭までもが真剣にこちらを見ていた。
俺は笑みを浮かべる。
愛しい女。
こいつがいるなら、俺はなんでも出来るだろう。
なんでも許せる。
お前が笑っているなら、それだけの為になんでも・・・。
「そうしてこのヒント。凶器は合鍵。
全ての鍵を自分で管理するような女が合鍵を渡すのは恋人ただ一人だ。
つまり犯人は恋人の男。そして出口は・・・その暖炉だろう。」
「どうしてぇ??」
「そうですよ、それに犯人を見つけたら出口が開くってここに書いてるんですよ?」
俺はしゃがんで暖炉の中の薪を掻き分けた。
「ほら、鍵だ。これが出口に鍵じゃないのか?」
そうして暖炉を押してみる。
「ああ!動いた!?」
「隠し扉があったんですよ!すごい!!」
「さ、出ようぜ。やった、やったー!!」
鍵を渡してやると、三人は急いで外に出て行った。
「さ、俺達も行こうぜ?」
蘭の手を取り、俺はノブを回した。
「でも新一、どうして出口がここだって分かったの?」
「・・・」
俺はウインクして、そちらを指した。
「よく見てみろよ。その部屋、そこで行き止まりになってるだろう?」
「・・・・・本当だ。」
外の光を差し込ませると、部屋の中ははっきりと見渡せた。
薄暗い部屋の中は思ったよりも真新しく、エリザベースの肖像画も
思ったより美人に描かれていた。


「お帰りなさい、エリート探偵くんたち!君たちはすごいぞぉ!!
なんと20分でクリア!さ、このエリート探偵メダルバッチをプレゼントしちゃうぞ」
「わーい!」
「やった、やったぁ!!」
「かっこいいね〜〜〜」
三人の賑やかな声がここまで聞こえてきやがる。
俺達はこの隙にその場を離れていた。
今度こそ、二人きりになるんだ。
俺は蘭の腕を引っ張って、足早にその場を立ち去った。
そうして再び観覧車に乗り込んでしまう。
「・・はぁ」
思っていたより空いていた観覧車に俺達は乗り込めた。
やっとあいつから解放されたのと、こうして二人きりになれたことに安堵したのか、
今度こそ肩の力が抜けた。
「ふふ、新一、あのエリート探偵メダルバッチいらなかったの?」
蘭は可笑しそうに俺を見つめる。
俺は溜め息を漏らして、外を見下ろした。
もうずいぶん地上から遠くなっている。
「あんなちゃちいもん、いらねぇよ・・ったく、とんだ災難だったぜ。」
「でも久しぶりだったじゃない?あの子達とああして一緒に事件解決するの。」
「・・・んな、大袈裟なもんじゃねえよ・・」
それでも。
少しだけ楽しかったかもしれない。
きっとあいつ等とあんなふうに何かをすることなんて、もうないだろう。
あいつ等はまだ子供で。
俺はもう自分の時間に戻ってしまった。
あいつ等の中で、俺はもう同じ存在ではない。
それが、なんだか不思議に思う。
蘭がそっと立ち上がり、隣りの席に座った。
そうしてからかうように、俺に囁く。
「ね、本当はもう少しコナン君のままでいたかった?」
「冗談言うんじゃねぇよ!」
俺はその身体を抱き寄せた。
抱き締めて、それを確かめて俺は安堵する。
さっきまで震えていた手が嘘みたいに温かい。
そして柔らかく、俺に触れる。
「冗談言うなよ・・・こうして触れねぇのはもう二度とゴメンだ。
あんなに近くにいて、何も言えねぇ、何もできねぇのはもう・・・」
「新一・・・エリザベースさんの無念って晴れたのかしら?」
急な質問に俺は気が逸れてしまった。
いきなりなんなんだ?
「だって、恋人に殺されちゃったんでしょう?無念を晴らして欲しいって・・・
なんだか可哀相・・・」
「・・・あのなぁ、エリザベースはもともと恨んでなんかなかったんだよ。」
「?」
蘭の瞳が不思議そうに瞬いた。
「人間が仮装してたヤツがあっただろう?あれが言ってたじゃねぇか、
あんな女死んで当然なんだと。なんでかよくわからねぇけど、
あの女は死にたかったんじゃねぇか?
そのへんのとこ、詳しくやってねぇから分かんないけどな。
大体あれはアトラクションだ。気にすんなよ」
「・・・うん・・・でもね。ちょっとだけ思ったの。」
小さくなる声が俺の近くで囁いた。
秘密を打ち明けるみたいに、本当に近くで。
「もしも、私も誰かに殺されちゃうなら・・新一がいいなぁって。バカみたいでしょ?」
「・・・・」
その唇を塞いだ。
本当にバカなこと言いやがって。
二度と、二度とそんなバカなこと言えないように、深く深く押し当てる。
その息を絡めるように、もっと深くまで。
誰がおめぇを殺せるっていうんだ。
もしも誰かがおめぇを殺そうとしても・・・俺がそんなことさせやしない。
絶対に守ってみせる。
この手で。
この身体で。
俺が出来ること全て、やってやる。
もしもお前に誰かが傷つけたとしても、俺は絶対に許せない。
例えお前が許しても、俺はきっとどこまでもそいつを憎んでしまうだろうから。
俺の中の狂気を起こすのはお前だけ。
お前が笑ってる間は、俺も大丈夫だから。
「・・ん、新一・・もう苦しい・・」
「・・蘭・・」
んなこともう二度と言うんじゃねぇ。
本当に。
もう二度と。
「冗談だよ。新一が私を傷つけたりしないもんね。」
「・・・そうだな。痕くらいは残すかもしれねぇけど。」
「?」
意味が分からない蘭はきょとんと俺を見上げる。
可笑しくて笑った。
無邪気な蘭が愛しくて。
俺は俺を許してしまう。
そっと口付ける。
そうしてキツク吸って、痕を残した。
「!」
気付いたのか蘭は素早く離れてその首に手を当てて、こちらを睨む。
「バカ」
俺は笑って、外を見下ろした。
蘭は慌てて、鏡を取り出しそれを見ていた。
「ああー!!痕残してぇ・・バカ、バカ、バカ!どうするのよ〜〜?
明日学校なのに〜。」
涙声になってしまってる。
俺はちらりとそちらを見やった。
本気であれこれ考えてしまっている蘭に、俺は言う。
「んじゃ明日はサボろう。明日俺の家に来いよ?それでいいだろう?」
「良いわけないでしょう!冗談言わないでよ!」
「・・・・」
冗談のつもりはねぇんだけどな。
こうして外で会えるのも、楽しいけれど。
やっぱり俺は二人きりで部屋の中でいるのが、一番良い。
実際、俺は今かなり本気でそれを考えている。

明日も晴れるといいな。
春うららの昼寝日和に、蘭と二人でベッドでまどろむ。

これ以上の贅沢はきっとないだろう?

















Written by きらり

(C)2009: Kirari all rights reserved.
+転載禁止+