『愛し過ぎたら、それは罪なのね・・・』





細い白い手を見つめて。

女はあの日の夜を思い出していた。

この手で、ナイフを握り締めて。


愛しい男の胸を抉った。


肉を突き刺す感触。

鈍い重み。

その肉厚の筋がブチブチと耳に残った。



愛しい男は信じられないように、自分を見つめて。



そして唇は己の名前を・・最後まで呟くことは叶わず・・・



倒れた肉体は暫くピクピクと痙攣し。

そして、瞳は自分を捉えようとさ迷った。




ゆっくりと自分の掌を見つめる。



真っ赤だった。


どす黒い赤。



愛しい人の、いとおしいその色。



暫く、放心し。



そして呟いたのだ。




愛してるの・・・愛してる。







「信じてたのよ。」





微笑む女性はまだ若く。
二十代前半だ。

警部たちが手錠を探って、そして女性の細い手首にしっかりとかける。

銀色のそれを眺めて。

女は自分よりも若い探偵に微笑んだ。


「でも、それだけじゃ・・・ダメだったのかしら?」

「・・・ゆっくりと、それらを考える時間はありますよ。」

「・・・そうね。でも・・・」


微笑んだそれは自嘲。

まだ制服姿の彼を見つめ、女は懐かしそうに目を細める。


「私があの人と出会ったのも、高校の時だった。
あの時は・・ただ、好きで。
それだけだったのに・・・・」

「・・・・・」

「愛してしまうと、どうしてこうなのかしら?」

「・・・・・」

それはアナタだけだ。
新一はその言葉を呑み込んだ。
狂おしい苦しみと葛藤を抱えて、皆それと戦っている。
そして・・・

「でもこれでやっと安心出来る。
やっと眠れるわ・・・」

「・・・・・」

「愛してるから殺したかったの。」

「・・・・」

踵を返し、その部屋から出ようとした。
部屋の入り口で目暮警部とぶつかり、一瞬身体がふらつく。

「帰るのかね?」

「ええ。もう、大丈夫でしょう?」

「すまなかったな。
あ、送らせるから・・・」

「電車、動いてますから。」

そのまま立ち去ろうとする新一の背中で。
女が狂ったように笑い出した。




「愛されてても、怖いのよ!
殺してしまいたい程、怖いのよ!!!」




歪んだ愛は狂気を孕んで。


女は笑っていた。



やっと手に入れた安息に。



流れ落ちるその 涙の意味も解からないままに・・・・・












『guiltylove』









息苦しさに目が覚めた。


「きゃっ!」

「ら、ん!?」

飛び起きた俺を覗き込んでいたのか、蘭が驚いたように跳ねる。
そして心配そうに俺の額に手を伸ばしてきた。

「すごい、汗・・・」

「・・・・俺・・」

「うなされてたよ。悪い夢、見た?」

「・・・・」

近くにあるティッシュに手を伸ばして、蘭は俺の額の汗をゆっくり拭いてくれる。
その優しい仕種にホッと溜息が出た。

「話した方がいいよ?
正夢にならなくなるって云うから。」

「・・・忘れちまったよ・・」

「そう?」

パジャマ姿な蘭はずっと起きていたのだろうか?
枕元に置いた携帯で時間を確認する。
真夜中だ。
2時を過ぎた所。

「蘭、起きてたのか?」

「そんなわけないじゃない。」

心配そうだった顔が少しほころぶ。
長い髪が夜目にもしなやかに艶めくのが見えた。

「新一が少しうなされてたから・・・それで、目が覚めたの。
あんまり続くから・・起こそうかな?って思ったトコだったんだよ。」

「・・・・そっか・・すまねぇ。」

「ううん。」

ペタンと座り込んでいた蘭に手を伸ばす。
肩を寄せて、その身体を抱きしめた。
細い腰を引いて、力のままに抱きしめる。
確かめたかった。

「・・新一っ?」

「・・・・」

「新一・・・」

少し驚いた蘭は、それでも大人しく俺に身体を預けてくれる。
そして俺の肩に頬を乗っけて、何度か摺り寄せた。

「大丈夫だよ。」

「・・・・」

夢じゃないから。
呟く声は俺の耳に浸透する。

確かめたかった。

この現実が、温もりと感触が夢じゃないと。

こちらが現実なのだと、確かめたかった。

「・・・・ら、ん」

「うん。」

呼んだ声は掠れて。

返事をしてくれた蘭に安心して。


そしてすぐに不安になる。




女の笑う声が、頭の奥で響いた気がした。





「・・映画、悪かったな・・」

「えっ?」

「今日・・・午後から、約束してたのに。
明日ってもう今日か。
日曜だし、行くか?」

「・・・ううん。いいの。」

擦り寄ってくる頬は滑らかで。
寄せた顔に触れる髪は柔らかくて。
蘭は良い匂いがする。

「いいって・・楽しみにしてたじゃねぇか。」

「・・・今日はゆっくりしよう?」

事件の後の、いつも聞く俺を甘やかす声。

愛しくて、愛しくて。
力任せに抱きしめるそれを緩める。
もっと強く抱きたい衝動を抑え込んで、俺は蘭の名前を呼んだ。

「怒らねぇな・・」

「えっ?」

「蘭はいつも、怒らねぇ・・」

「・・・」

「今日・・昨日だって、二週間も前から約束してた。
一度事件で蹴って、また昨日事件に行った。」

「・・・・・」

呼ばれたら行かずにはいられない性分。
それはサガだ。
持って生まれた・・・ものだとしか思えない。

理屈じゃない。

身体が向かう。

思考が奪われる。

そして、心はそれを逆らう。

けれど容易く心を裏切る。

許されないかもしれない。

でもきっと許してくれる。

そう甘い夢を信じて、俺は向かってしまうんだ。


「蘭・・・なんでだ?」

お前は不安にならない?

「蘭・・・」

俺を信じてくれるのか?

「蘭・・」

愛してくれてる?



「明日、映画の上映終わっちゃうんだ。」

「・・・」

蘭が云ったのは、事件のそれとは全く無関係なことだった。

俺は微かに顔を上げて、蘭を抱きしめる腕を解く。

「そのうちレンタルビデオで出るよ。
その方が良いなって思ったの。」

「なんでだ?見てぇって云ってたじゃねぇか・・」

俺の腕の中から逃れて。
小さく笑みを零して。
蘭は流れ落ちた一房を耳にかけて、笑みを浮かべる。

「だって、そしたらいつでも・・二人で見れるでしょう?」

「・・・・・」

少し恥ずかしそうに蘭ははにかむ。
そして上目で見上げてきて、にっこりと笑ってくれた。


「蘭は・・・謙虚過ぎる。」


俺はこんなにダメなのに。


愛してるのに、怯えてて。


失うことに不安を抱き。


そして、そんな狂気はいつか・・・・


この手にあるのは、確かに温かいのに。



呼ぶ声はここに届いてるのに。



その吐息さえ、奪いたくなる。



それは、罪。




蘭を見つめる俺を、少し不思議そうに蘭は見つめて。


そしてゆっくりと頭を振った。



「欲深いよ。」


「・・・・」


「ずっと二人でいたいから。
いつでも二人だけで、いたいと思うから・・・」


「・・・・・」


「こうして、一緒にいれるのに・・我侭でしょっ!?」


手に触れたシーツを被って、蘭は顔を隠してしまった。
そのまま枕に倒れ込んで。
そしてそのシーツの隙間から、俺を覗き見上げる。


「我侭なの。」


「・・・・」


「新一は・・・望んでくれる?」


「・・ごめん・・」


謝った。
そして、その顔にゆっくりと影を落とす。
近付く瞳に少し悲しそうな蘭の顔が映る。
それを知っていた。
蘭の瞳に近寄る、俺の顔。


「俺は・・・そんなんじゃ足りない。」



もっと奪いたい。



その声も。

身体も。

体温も。

髪も。

キスも。

指も全部。



「全然足りねぇんだ・・」



「新一・・」



絡み合う指を。

重なる吐息を。

触れる唇を。






どうか、許して。
















★★★★★★★★★★★★
2002/09/10


Written by きらり

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