何度でも抱きしめてね 明日は終末かもしれないから











君という光










なんとなくたゆたうシーツの波の中。
寝返りを打った拍子か、髪がクンッと引っ張られて目が覚めた。
片方だけ開けたカーテンの外から外灯の明かりか、夜空の月明かりか。
どちらとも判断がつかない白明かりが部屋の中に染み込んでいる。
うっすらと開いた目で白い光に沈んだ部屋を見回す。
良く見慣れた部屋。引っ張られた髪の先の行方はやはりすぐ傍で寝ている彼の腕の下。
痛みを感じないように、それ以前に彼の眠りを妨げないように、慎重な手付きで髪を手繰り寄せる。
解放されると冷たいシーツに頬を押し付けた。
目を閉じて再び眠りに沈もうとするけれど、一度目覚めた意識はなかなか静まらず。
仕方なくソッと隣りの寝顔を窺ってみる。
ようやく戻ってきた幼馴染み。
そうして言葉は少なく、けれど気持ちはそれ以上に溢れて。
いつの間にか共に夜に沈み、朝に浮かぶ日々を重ねてしまっている。
それが酷く擽ったい幸福で。なんだかまだ不安定で。
時々無性に息苦しくなってしまうけれど、蘭は小さな微笑を浮かべてその瞳に新一を映し出した。
二人の距離、気持ちのそれさえも。何も感じないまま離れ離れになってしまって、そうして戻ってきたら
急に近付き過ぎてしまってる気がする。
言葉ももどかしくて、抱き合ってもまだ足りなくて。
堪えていた何かを取り戻すように、補うように、二人の距離は零になってしまって。
まだ気恥ずかしい。
そんな躊躇いが擽ったい。
躊躇いも何ももう要らないと。
そんなもので彼を失うくらいなら、何も我慢したくないと。
まるで幼い子供みたいに泣き喚いた自分が遠い昔のように思う。
懐かしく眩しく、切なかった夜は思い出せばすぐ心を静める。
こんなに近くに居るのに、もう離れたくないけど。
それでも彼は行ってしまうのを知っているから。
こんなに近くなった距離では、それが叶うのか少し不安だ。
帰ってくる、と。
俺が帰ってくるのは此処だけだ、と。
何度囁かれても、頷いても、心は沈む。
また待たなくてはいけないと。
またそんな切ない夜を思わなければいけないと。
そんな風に思う自分が居なくならない気がするけれど。


「・・・・・・ら、ん?」
「・・・・・・・・・」


何があったか、少しずつ。
話してくれるけれど、まだ半分も聞いていない。
けれどこんな時でさえ真っ直ぐな視線に彼は気付いてしまうようになってしまった。
そんな自分の知らない場所での変化が切なくて。そんな変化さえいとおしくて。
守ってあげたいと気持ちは湧く。
大丈夫、と新一の髪に指を挿し入れ。
何度も梳いて幼子を寝かしつけるように繰り返す。
薄く開いた瞳が自分を捕え、そうして腕を伸ばして引き寄せてくる腕に無抵抗に従った。


「傍に居ろよ」
「・・・・・・」


なんというわけでもなく。
ただ当然の望みのように。
吐き出された一言が眩い。
ギュッと目を瞑り、そうして滲みそうになる涙を堪えた。
呆気なく、自分はこの一言に従ってしまうだろう。
従うというわけでなく。
その一つだけが自分の望み。
温かい腕の中で、うん、と小さく頷くと新一は満足したように嬉しそうな笑みを零したけれど、
俯いた蘭からそれは見えなかった。
ずっと一緒、になんて居れない。
現実は二人を引き離すし、それぞれの時間っていうものがどうしても存在するから。
そしてそれが存在しなければ、きっと人は誰かを求めたりしない。
淋しさに恋しさに想いを募らせたりしないから。
だから行ってしまう新一が好きだと蘭は思う。
お帰りと新一を迎えられる自分が幸福だと思う。
何も知らないのは待つだけしか出来ないのは苦しい事だけど。
いつか彼は話してくれるし、待つだけしか出来ない自分じゃないということも蘭は知っている。
何かが出来る。
たとえばそれはとても些細な日常のもの。
けれど新一は、他の誰でもなく蘭から与えられるそれを望んでくれている。


「・・・新一、好き・・」
「・・・・・・・・・」


先に眠りに沈んでいる新一に、小さく囁く。
届かないようで届いている。
抱き締められた形で解かれない腕が自分を閉じ込めている。
薄明かりの白い光の中で、二人で沈むそんな夜。













◆2005/07/08


Written by きらり

サイト2周年記念に頂きました。
きらりさん、ありがとうございましたvvv



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