上の世界では朝日が昇る頃であろう。
下の空には沈みようがない白月が浮かんだまま。
それでも時は夜明けを示していて、その世界の住人は闇に身を潜めていた。
城にそびえる離れの搭の窓から外を見詰める乙女は、まるで囚われの姫のようだった。
薄明るい月夜を見上げ、それが月でなくこの世界の太陽である事にもとうに慣れた。
ここに堕ちてたくさんの月日が流れたのだ。
すっかり慣れた明けない夜に蘭は小さく欠伸を洩らす。
まだ帰って来ない…
空を見詰めながら待ち詫びるのは唯一人。
愛しい者。
初めて逢った時から囚われ続けている、その意味では。
この搭に相応しい囚われの姫君である蘭の、最愛の者であった。


空を仰いでいた蘭の視界に何か煌きが差し込んだ。
月でも星でもない、その煌きは明らかにこちらに近付いてきていた。

「新一?…」

けれど違うとどこかで分かる。
いつも訪れる高揚が無かった。
誰かに良く似ている波長…けれど間違う事はない、新一の魂そのものを貰った蘭には
それが分かった。
惹き合う感覚が無い。
誰だろう?と小首を傾げる。
ハッと身じろいでしまう。
有り得ない事実に目を疑った。
けれど見間違うわけは無い…この魔界の闇にも決して染まる事ないその純白。
天使、だった。  
この世界で自分以外の天使は二人しか知らない。
新一の母親、そして…蘭の…
けれど、彼では無かった。
蘭のその人では無い。
思わず息を詰めてしまった。
初めて見る、白い羽根。
白銀の煌きはなんだか懐かしい、どこか胸をざわめかせる光だった。
光…
この世界でそれこそが貴重な…有り得ない既視感。
幻を視ているようだった。
その者は見間違うわけがない…白銀の翼の持ち主は天使。
魔界の空気を纏い、まるでなんでもないように。
当然のようにその空を舞っていた。
一瞬だけその天使がこちらを見下ろした。
目が合う。
確かに視線がぶつかり合った。
戸惑う蘭にその者は笑いかけた。
屈託無く、天使本来の無邪気な笑み。
けれど強い瞳の色。
蘭は声をかけようとして窓枠に手を掛けた。
その途端何かの気配に弾かれたように、天使は身を翻してしまった。
遠くなる白い翼。
空から落ちてくる白い羽根・・
蘭の知る者のものではない。
けれど、天使のもの…自分はもう持っていないその羽根が落ちていくのを、蘭はただ見つめていた。









黒と白の夜









魔王の城から離れた北の霧の館。
小さな館には数人の悪魔が住んでいた。
そしてそこには……


「こっの…バ快斗ーーーーっ!!!」
「きゃんきゃんデカイ声出すなよ、青子」
「し、信じられない…あれほどダメって云ったのにぃ〜」


怒りの余り少女の羽根はぷるぷると震えてしまっている。
思っていた通りの反応に快斗と呼ばれる者はこれ以上の怒りを買わないように
笑いを堪えていた。
けれどそれを少女が見逃すわけがない。
すっかり不貞腐れて寝台に飛び込んでしまうと、そこに重なっていたいくつかの
クッションを投げ付けてきた。
それらを全て受け取りながら、自分も寝台へと足を運ぶ。
クッションに顔を埋めて今にも零れそうな涙を堪えてる少女に気づくと、快斗は困った風に
眉を寄せてそこに腰を下ろした。


「…心配かけてごめん、青子…」
「………知らない・・」
「ごめんってば青子…」
「知らない…知らない、快斗なんかっ」


ぎゅうぅっと顔を埋めてしまってこちらを向いてくれない。
快斗はクッションを戻すと、その震える頭をやさしく何度も撫ぜた。
時々息を飲み込む…嗚咽が混ざり合って、快斗の気持ちを切なくさせる。
自分の安易な行動が誰よりも大切な少女を心配させてしまった事を苦しく思う。
けれど、どうしても…


「…どうせ・・青子がバカなんだもん。
好奇心の塊みたいな快斗に、魔界の至宝の話なんかしたから…
…で、も…危ないって云ったのに!!」


バッと身を起こして青子は零れ落ちる涙を見られぬうちに、快斗にしがみ付く。
首筋に顔を埋め、小さくクスンと零した。
耳に響く可愛い切ない音に快斗は両腕を青子に回した。
怒りと、心配と…安心感で震える羽根を優しく撫でつけた。
上等なビロードの手触り。
黒絹の羽根を何度も快斗は撫でつける。


「快斗なんてねぇ〜、新一様に見つかったら一瞬で消されちゃうんだから。
どんなに強い天使だって・・新一様殺せないんだからね!!」
「そんなのやってみなきゃわかんないぜ?俺青子が思うよりも強いんだぞ?」
「バカッ!!…バカ…もし、もし死んじゃったら・・どうするのよ。
青子を一人にするの?」
「いや、それは絶対やんねー」


しがみ付いてた身体を、肩を押しやって引き離す。
涙が零れる瞳を見られないように俯く青子の両の頬を掌で包み込んで、上げさせた。
ぺロリと舌でその涙を舐めとる。
これ以上その宝石の雫か溢れないように、おまじないのキスを繰り返す。


「青子の傍にいる為に堕ちたのに、んなアホな真似するかよ」


真剣な表情で見つめられ青子は少し頬を染めた。
そして…真直ぐに快斗を見詰め返す。


「ホントに?…ホントに、ずっといるの?」
「…あのなぁ〜…」


余りにも愚問過ぎて快斗は呆れ笑ってしまう。
可愛くていとしくてどうにも気持ちがグチャグチャに混ざり合う。
どう伝えればこの美しい悪魔に伝わるのか、快斗は思い悩んだ。
一目で心ごと囚われて。
激しく抵抗されても抱きすくめて。
その美しい黒絹の羽根と髪。
何よりも快斗の心を捕えて掴んで離さないのは、その無垢な瞳。
天界にだってそんなキレイな瞳を持つ者を見た事が無かった。
先ほど見た魔王の城に囚われている魔界の至宝と謳われた乙女の瞳は確かに
美しかった。
けれど、心が囚われたのはこの悪魔だけ。
この悪魔の何処までもすみきった愛しい瞳だけ。
伏せられた目蓋に何度も唇を寄せる。
擽ったいと笑い出す鈴の音に安堵して、もう一度心配かけてごめんとキスを贈る。


「もう、勝手に行っちゃダメだよ?
どうしても行きたくなったら…青子も一緒に行くから。
…快斗になんかあった時、守ってあげれるでしょう?」
「そんな目になんか遭わせっかよ。」
「…じゃあ、離れないでね?」
「…今更何処に俺の場所があるのか、こっちが聞きたいよ。」


重なる唇から、笑みが零れ。
互いに伝染する。
いとしい優しい魔法に青子は微笑んで。
そして天使は喜んでその悪魔の虜に成り下がる。
それで構わぬのだと、白い羽根と黒い羽根は混ざり合った。







◆2004/05/17
久しぶり…何年ぶり(笑)
に書いてしまいました。
DA−天使シリーズ番外編。
本当に番外過ぎ(笑)…









Written by きらり

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