Merry Christmas ☆
               with love・・・





恋人達の夜









時は全能を司る夜。
眠らない邪悪を閉じ込めた領域。
魔界。
その世界の住人は全能なる神に構わず、己の愛する者だけを求めて、
心からのそれを誓い、それに反して。
容赦なく奪い合う。
欲しい物を我慢なんてしない。
そんなもの理解出来ない。
汚れた翼で愛を囁き。
血にまみれた純愛で、命を喰らう。
場所はその外れ。
魔界の遅い朝がやってくる頃。
眠りにつく悪魔たちを横目に、聖なる乙女は微笑んでいたーーーー




「なんで笑ってるんだ?」
黒い片翼に恋人を包み込み。
新一はその耳元に甘く囁いた。
薄暗い空間の中でなお、彼女の気高さは薄まったりなどしない。
この中にいてさえ、その美しさを汚すことは出来ないのだ。
どんなに触れても。
全て奪っても。
彼女はあの時のまま。
去年、出逢ったあの夜のままだった。
「本当に逢えたなぁって思って。」
蘭は少し身体を捩るように、新一の胸に顔を摺り寄せた。
甘えて見上げてくる仕草に新一は心ごと掴み取られる。
風で靡くその黒い髪を一筋掬って。
新一は恭しくそこに口付けた。
「あの夜のこと?」
「うん。」
「・・・それが可笑しいのか?」
「うん・・だってあの時初めて人間の振りをして、二人で歩いたでしょう?
私には何も分からなくて、何もかもが目新しくって。
新一がすごく見えたの。
なんでも知ってる。
なんでも出来る。
まるで、神さまみたいって本当に思った・・」
不意に唇を奪われる。
攫うみたいに強引に。
でも優しく甘噛みされて。
蘭は瞳を瞬かした。
少し怒ったように新一はもう一度音を立てて口付ける。
軽く触れただけでそれは離れてしまい。
次は耳朶を噛まれていた。
「ちょ・・擽ったい・・新一ったら・・」
「・・・・」
「・んっ・・もう、こら・・」
片手で腰を抱き抑えられて、捩ることもままならない。
その拗ね方が可愛らしくて、蘭は思わず微笑を浮かべてしまっていた。
「新一・・お願いだから・・」
「・・・」
ようやく逃れた唇に、蘭は安堵の息を漏らす。
新一はその瞳を覗き込んだ。
漆黒を閉じ込めた突き刺すように強い眼差しに蘭は肩を竦める。
でもうっとりとその瞳を見つめ返した。
強いけど、いとおしいモノだ。
蘭にとって、絶対の存在。
「それは俺の台詞だ。」
「?」
「・・頼むからその名を口にしないでくれ。
今でも、虫唾が走るんだ。」
「・・・ごめんなさい。」
視線を外さずに、蘭は新一の前髪を掻き上げる。
細くてしなやかな指が額に触れ。
新一は溜息を漏らして、その細い肩に顔を埋めた。
もう他の誰にだって。
この身体を渡せない。
誰にも奪われるわけはないのに。
それでも。
今も。
何処かで不安に思う自分がいた。
情けない。
滑稽な魔界のプリンス。
それを自覚している。
蘭の願いがなければ、天界など滅ぼしてやっても構わなかった。
独りぼっちの神を、終わらせてやっても構わなかった。
けれど。
それをこの天使は望まないから。
天使だった乙女はそれを願わないから。
だから、許してやったんだ。
あの我儘な楽園を。
独りぼっちの箱庭を。
今も、全能を司ったまま・・・・



樹の枝に座って。
蘭を抱き締めて、支えてるつもりが。
今は蘭の肩に顔を埋め、心を預けている。
しなやかな腕が俺の背に伸び。
回りきらない腕で優しく受けれている。
それなのに足りない。
この空間は満たされない。
魔界はそんなふうには出来ていない。
それを思い知る。
時々暴走しそうな欲望が抑えきれないでいた。
全て傷つけて壊して、そうして喰らってしまいたい衝動に駆られる。
最上の愛を捧げてるつもりなのに。
最悪な方法で、全てを奪いたいと思う自分がいる。
純粋な邪まな渇望。
悪魔の純粋な愛。
それは滑稽だった。
愚か過ぎるほど真っ直ぐな愛情。
歪みきったそれを、自覚している。
抱き締めてるつもりで。
支えられている全てを奪ったつもりで。
全て捧ぎ尽くしている。
その矛盾に、うめいた。
「・・新一・・眠い・・」
ふぁ〜と小さな欠伸が蘭の口から洩れる。
肩に埋めた顔に笑みが浮んだ。
そうして顔を上げると蘭の唇に触れるだけの口付けを与えた。
「・・俺もだ。」
抱き上げて飛び立つ。
魔界の王城。
漆黒の波に包まれたその場所に向かって。
新一は6枚の羽根を羽ばたかせる。
その翼から洩れる邪まな気配に、周囲の悪魔達は気配を潜めた。
極上の魂を抱いた最強の悪魔。
この魔界で一番違和感が持つ二つの魂。
無力な乙女は最上の力を持つ男に、抱き守られていた。






朝が訪れると、この地上の次元の更に奥底に存在する魔界には。
一時の静寂が訪れる。
朝日は次元と狭間を括りぬけ。
太陽の光は容赦なく注いでくる。
闇から生まれ、闇に堕ちた者たちにとってその光は眩しすぎた。
漆黒のヴェールで保護をしつつも、その光は悪魔達の肌を突き刺すのだ。
その不快感。
それが苦手な彼等は朝は眠りにつくことが多い。
更にその地の底に、街を創り。
その中で生息する者も少なくはなかった。
魔界の闇底。
そこは極上の商品を扱う店が建ち並んでいることでも有名だ。
極上の魂から生きている贄たち。
天使の翼をもぎ取って加工された粉薬から、魔獣の腸、その肝など。
魔界の住人が好む高級素材がなんでも揃う場所だ。
「あれ・・アンタ天使臭いね・・」
「・・・・」
露店の一角で、声を掛けてくる一人の若者。
見ればハイクラスの悪魔である。
純血種の者だとすぐに分かった。
先が鋭く尖った黒い皮の翼を持っている。
白布で身を包んだ彼はそれを認めて、彼が扱っている物を見つめた。
「いいの、揃ってるよ。
天界の匂いが懐かしいんじゃないの?
・・これ、安くしておくけど?」
皮肉を浮かべた微笑。
言葉は下品だが、その美貌は暗闇でも明らかだった。
奥の店を指差す。
「・・・・天使か?」
「ご名答。昨夜捕らえたばかりの美人さんだよ。
生まれたてのホヤホヤらしくてね。天界の端っこで遊んでたのを
掻っ攫って来たんだ。
安くしておくよ?アンタだろ?
この市場で天使の商品を買い漁ってるってヤツはさ。」
「・・・・」
神経を澄まして、奥の部屋を感じとる。
中には確かに極上の魂の天使がいた。
それを認めると、男に云う。
「幾ら、だ?」
「・・・これだけ。」
指を三本立てて、愛想良く男は笑う。
魔界には紙幣などは存在しない。
何かを買ったりするのにお金を使うことはなかった。
魔界での交渉の方法はただ一つ。
持ち主の魂を、それでなければ力の根源を。
削り、品物と交換すること。
「・・・・」
奥の店に入り込み、男を誘った。
「・・・」
相手にも隙はない。
ハイクラスの悪魔は流石に馬鹿じゃない。
その右手に先ほどから魔力を集中させていた。
「・・・!?」
店の奥に天使はいた。
銀細工の檻に閉じ込められて。
その翼は激しく抵抗したのであろう。
無残に乱れていた。
白い羽根が檻から零れて。
足元にも散らばっていた。
「・・・可哀相なことを・・」
白布が落ちて、見事な四対の羽根が現れる。
真っ白いそれは気高さを称えて。
窮屈そうに、店の中で羽ばたいて見せた。
「・・・・お、お前・・」
「相手が悪かったな。」
囚われた天使の羽根を握り締めて、微笑を浮かべて自分の羽根を毟り取る。
たちまち白銀の矢にそれは形を変えて。
悪魔の心の臓に狙いを定めた。
「・・・チッ・・お前だったのかよ・・最悪。
道理で抵抗した悪魔が生き残ってないわけだ。」
「彼女は僕が貰う。
代償を求めるか?」
「・・・どーせ、俺の命でって云うんだろ。
マジ洒落になんねぇぜ。さっさと行けよ。
その小娘連れてさ。」
「・・・・賢いな。」
「そうじゃねぇと生き延びれねぇよ・・・あばよ。」
店からゆっくりと歩いて出て行く背中を見やって、ゆっくりと檻に歩み寄る。
涙を浮かべた幼い天使は、まるで夢を見ているように彼を見上げていた。
自分と同じ白い羽根の持ち主。
その誇り高き眼差しは・・
「・・・あなた、だぁれ?」
「・・・君と同じトコロから来た者。」
ホンの少し力を込めれば、その檻の鍵は砕け散ってしまった。
天使は躊躇いがちに歩み寄ってくる。
乱れた翼を撫でてやると、ホッとしたように彼女は笑みを浮かべた。
「さ、天界まで送ってあげる。
もう一人で端界まで行っちゃいけないよ?
あそこでは悪魔達が隙を狙って天使を引き摺り落とそうとしているんだから。」
「・・・」
脅えたように身を縮こませて、彼女は涙目で問う。
「あなたは・・味方よね。私を・・苛めない?」
「苛めないよ?僕は君の味方だから。」
にっこりと微笑んで見せる。
生まれたての魂は良い匂いがした。
まるで甘いミルクのような・・極上の魂の香り。
懐かしさに胸が詰まった。
こんな匂いを今も閉じ込めてる人がいる。
おずおずと伸ばされた手を取って、彼は店を出た。
周りにあれほど溢れていた姿はない。
おそらく気配を感じたのだろう。
「しっかり掴まってて。」
抱き上げた身体は小さくて、温かかった。
この汚れに彼女が染まらないように。
最速の速さで地上を目指す。
しっかりと首に巻きついた腕の震えがもう止まっていた。
異界と異界の狭間。
次元の空間を突っ切る時のあの感覚。
まだ慣れない。
何度繰り返しても、肌に纏わりつく邪念。
悪魔の純粋な欲望。
人々の愚かな後悔。
誰かの憎しみと哀しみの感情。
分からない匂いと空気の感覚。
その領域を無理矢理突き通るのは、その世界の秩序を乱す行為。
それゆえに天使はそれが苦手だった。
けれど悪魔にとってそれは快楽。
地上まで昇って、久しぶりにその底を見下ろす。
地上の空気に安堵した天使は、その澄んだ声で聞いた。
「あなたは私を助けに来てくれたの?」
「・・・・」
「一緒に天界に帰るんでしょう?」
「・・・・」
「あなたはだぁれ?逢ったことないわよね?」
「・・・・」
答えてくれないことが不思議で、哀しくて。
天使は俯いてしまう。
汚れぬ瞳から涙が零れて。
初めて彼は答えた。
「僕は魔界に住んでいる。」
「・・・?」
瞳が分からないと云っていた。
それが子供らしくて、笑えてしまう。
おかしいのではなく、嬉しくて。
久しぶりに、生きている天使に触れた。
「・・僕は天界から堕ちた者。
堕天使・・君には無関係な存在だよ。」
「・・・あなたは帰らないの?
神さまの元へ・・きっと待ってるわ。」
ゆっくりと首を振る。
抱いていた身体をゆっくりと下ろして。
彼は天使の額に触れた。
優しくそこに口付けて。
そうして何かを囁く。
全てを忘れられるように、祈りを込めて。
少しだけ記憶を削除してしまった。
「もうすぐ、迎えが来る・・・」
「?」
「天使の力が近付いてきてる。
僕は行くから・・・」
「・・な、まえ・・?」
感覚が麻痺しているのだろう。
記憶の操作の後遺症だ。
けれどすぐに消える。
その不快感。
その前のことも全部。
何もなかったように戻るから。
だから・・・
「さよなら。」
もう二度とあの場所で逢うことがないように。
触れることさえないように。
そこから飛び降りた。
あの黒い世界に。
白い翼はとっくに罪にまみれている。
それでよかった。
それで良い。
貴女がいてくれる場所が。
そこだけが僕の楽園・・・





朝眠りにつき、太陽が沈む頃活動を始める。
魔界のサイクルにもだいぶ慣れてきていた。
眠るのは天界にいた頃から好きだったし。
この腕に抱き締められて眠るのはもっと気持ちよくて好き。
蘭は目を瞑って、彼の目覚めを待っていた。
新一が思っていたよりも寝ぼうばかりしているのは意外だった。
そういえば昔も逢っていたのは深夜だったっけ?
大好きな地上を思い出す。
新一と初めて出逢った夜を思い出す。
いつも。
傍にいる。
その幸せ。
限りない幸福に身を包まれている。
不安がないって云ったら嘘になる。
でも、それでも新一といたかった。
傍にいたくて、一緒に生きたくて。
私が初めて手にした想い。
初めて出した答え。
その行き先。
どんな場所でも構わなかった。
無防備に眠りを貪る彼の腕の中で。
こうして、生きていられる幸せを噛み締める。
どうしてこんなに好きなんだろう。
どうして好きになったんだろう?
この人を怖いなんて思わなかった。
その羽根に抱かれる安心感は、他の誰からも与えられなかったもの。
そして強い意志。
それは自分で自分を知ろうと思うこと、知らない世界を知ろうとする心。
探究心。
欲する心。
それは熱くて心地良くて、浮かされていく。
指でそっと触れて、溜息が出た。
新一は温かい。
それは生きている温もり。
身体に回るその腕が。
幾つの命を奪っているとしても。
それでも、蘭はこの腕に救われている。
生かされている、事実。
昔よりもずっと、色んなことを考えるようになった。
答えを探し出すのが、上手くなったと思える。
どうして分からなかったのだろう。
簡単なこと。
分かろうとしなかった。
諦めてたの、最初から。
どうせ私は出来そこないだから。
そう思っていた、ずっと。
この腕に抱かれるまで。
あなたに出逢うまで。
ずっと・・・
「・・・新一・・」
その名を呼ぶだけで、心が熱くなる。
ドキドキした、今更に。
こんなに傍にいて、何度も同じ夜を過ごして。
二人きりで朝を迎えて。
もう何度繰り返しただろう。
堕ちたあの日からずっと・・・一日だって離れたことは無いのに。
それなのに今更。
今更こんなにドキドキしてしまうのだ。
まるで初めて恋を知った乙女のように・・・
「・・・」
そうっと触れるだけの口付けをする。
したかった、触れたくて。
もっとそれを分け合いたくて、何度も触れた。
柔らかい感触。
誰かの唇が、こんなに柔らかいことを蘭は知らずにいた。
どうしてなんだろう?
キスすると、ドキドキするのにまたしたくなる。
何度だってしたくて、足りなくて・・どうしてか分からなくなる。
蘭は途方にくれた。
そして笑って頭を胸に擦り付ける。
「新一・・好き。」
何度云っただろう、同じ言葉を。
けれど、何度云っても足りなくて。
蘭は笑ってしまう。
どんなに繰り返しても、何度伝えても。
本当に伝えたいことは、何度口にしても足りないのだ。
一度口にすれば想いはまた溢れてきて。
それをまた口にしても、足りなくて。
どうにもならないこれが、恋だということをまだ自覚出来ずにいた。
それでも恋をしている。
その甘さに酔い痴れる。
足りないじれったさを持て余す。
途方にくれて、繰り返すのだ。
誰よりもいとおしい、その名前を。







太陽の光は力を失い。
地上が夜に包まれる頃。
魔界もまた、遅い目覚めを迎える。
寝台で眠り続けていた新一もようやく身を起こした。
「ふぁ〜〜あ・・・」
欠伸をして、まだ眠りこけている恋人を見つける。
その寝顔に笑みが浮かんで、新一はその寝顔に口付けた。
バッターンと、勢い良く寝室の扉が蹴り開けられる。
「・・・・」
その音を睨みつけて、新一は溜息を漏らした。
この部屋にそんな無作法に近付く輩は他にない。
その姿を確認すると、新一は寝崩れた衣を纏い直す。
「いつまで寝てるんだ?ったく・・」
ズカズカと歩み寄ってくるそのふてぶてしい姿は元、天使のもの。
「おめぇももう少し遠慮して入って来いよな、ったくよぉ・・」
鼻で笑ってコナンは歩み寄ってくる。
蘭の側の寝台に膝を乗せて、眠りを貪るその姿に見入った。
うっとりと名前を呼んで、コナンは蘭を起こす。
微かに蘭が身じろいで、そっと薄目を開いた。
「・・・?・・くん?」
「おはよう、蘭。」
とびっきりの笑顔だ。
甘い言葉で囁いて、コナンは蘭の頬に口付ける。
その感触に蘭は腕を伸ばしてコナンの首に回す。
コナンの左手が蘭の背中に添えられて、その身を起こすのを手伝った。
「久しぶりだね、コナン君v
どうしてたの?元気にしてた?」
「ああ。ちょっとね、東の方を探検してたんだ。
魔界はなかなか広くてね、面白いよ。」
身を起こしてゴシゴシと目を擦る蘭の手首を捕まえて、その手に何か乗せる。
蘭はきょとんとそれを見つめた。
手の平に乗ったそれは、地上で初めて降った雪の結晶。
それを細工して、イヤリングにしたものだった。
「綺麗・・私に?」
「そうだよ、誕生日おめでとう蘭。」
その手の平に口付けた、その時。
「・・・なんだって?」
冷やかな、けれど絶対的な強さを秘めた声が背中で響く。
蘭はきょとんと新一を振り返った。
その手前でコナンは不敵に笑って、彼を見つめ上げる。
「知らなかったの?アンタ。今日は蘭の生まれた日だよ。」
「・・・・・」
新一は信じられないように、蘭を見下ろす。
不思議そうに首を傾げる蘭は、心配そうに新一を見上げた。
そういえば。
新一は眩暈を覚えた。
誕生日など聞いたことがなかった。
蘭も云わなかったし、それに。
元々魔界では生まれた日を祝福する習慣はあまりない。
元天使だった母がやたらそういう行事ごとを人間を真似てするのが好きだったが、
まさか天界にも習慣があったとは・・・
だいたい、天使の誕生日など神が定めたそれではないか・・・
それを噛み殺して、新一は蘭に問い掛ける。
「・・蘭、誕生日って・・本当か?」
「うん。そうだけど・・どうかしたの?」
「・・・・・」
どうかしたのかではない。
大問題だ。
コナンの野郎、わざと黙ってたな・・ま、わざわざライバルに塩を送るものもないだろう。
深い溜息をついて、新一は寝室を出て行く。
その背中に蘭は慌てて声をかけた。
「すぐに戻る。コナンといろよ?」
新一はそれだけ云うと、悔しそうにコナンを睨みつけ寝室を出て行く。
蘭は不安そうにそれを見送った。
「気にすることないよ、蘭姉ちゃんv
それよりも・・つけて、見せてくれる?」
「あっ・・うん・・」
ゆっくりと指が動くのを、小さな指が制止した。
「?」
「やっぱり僕がつけてあげる。」
細い指が器用に蘭の耳に触れる。
冷たい感触に、蘭は目を閉じてジッとした。
右耳に重みを感じ、左にも微かなそれを感じる。
「ありがとう、コナン君・・・どうかな?」
照れ臭そうに蘭は笑って、耳が良く見えるように髪をかけた。
それを見守ってコナンは笑みを零す。
耳元にそっと触れ、そうして唇を寄せた。
耳の裏側の皮膚にそうっと口付ける。
蘭は擽ったそうに、肩を竦めた。
「良く似合うよ・・本当に綺麗だ。蘭・・・」
「コナン君・・」
コナンに呼び捨てにされると、気恥ずかしくなる。
蘭は困って笑って見せた。
そうっと手の平を伸ばして、その顔を挟み込む。
「ありがとう、コナン君・・いつも忘れないでくれて。
嬉しいわ。」
「蘭姉ちゃん・・・」
自分から何度もするくせに、未だ彼女から触れられることは戸惑ってしまって仕方ない。
あれほど焦がれて、それでも諦めていた存在が。
今目の前にある現実。
その手に触れられて、見つめられていること。
それを感じる。
知る、感覚。
まるで夢に引きずり込まれるような甘い誘惑。
コナンは参ったように、両手を挙げた。
抱き締めたいけれど、出来ない自分がいる。
この手に触れることをまだ戸惑っていることを自覚する。
なんて、滑稽なんだろう。
貴女さえいれば、何を捨てても構わない。
それなのに。
貴女に触れることさえ、まだ躊躇ってしまうなんて。
でも、負けたくない。
誰にも渡したくない。
これは、僕の全て。
貴女こそ、僕の喜びなんだ。
「愛してるよ、蘭。生まれた瞬間から今も、変わらずに・・・
あの時よりも強い想いにかえて、今も愛してる。」
「私もよ。誰よりもコナン君を信じてる。」
「・・・・」
それは今、コナンが望む答えではなかった。
けれど、今はまだ。
まだなのだ。
そうして額に口付ける。
唇に触れたのはあの時、一度きりだった。
蘭は嬉しそうに微笑んで、そうして目を伏せる。
温かい感触に、夢が見れた。
まだ時間はたっぷりあるのだ。
焦らずに行くさ。
こうして触れることにさえ。
もう何十年も待ち続けたのだから・・・。







何度も呼ぶ。
何度も想う。
何度も繰り返す。
繰り返しては、終わる。
でも、また始まる。
蘭は途方にくれて溜息を漏らした。
そんな様子を見つめて、コナンは何も云わなかった。
可愛らしく不貞腐れている様を見守る。
そうして笑みを零してしまう。
愛しさと悔しさが混じり合う。
そんな顔、僕の為にもしてくれるの?
そう思う、自分を。
押し隠していた。
あれから、部屋を出て行った新一は戻ってこない。
ずっと待ち続けている蘭はもう我慢が出来ずにいた。
新一の傍に行きたくて寝室を出ようと思うが、それをコナンが許すはずがない。
いくら魔王、堕天王の城とは云え。
此処には魔界の住人が多く、配属されている。
中には心ない者も幾らもいた。
忠実は力ゆえ。
その強力な魔力に平伏すことがそれに繋がる。
しかし。
純血種の魔族の者達の中には、やはり天使を嫌う者が数多く存在していた。
元、天使であっても事情は同じだ。
隙さえあれば、有希子や蘭を狙おうと企てている輩は少なくないのだ。
それを優作も新一も知り得ていた。
決してそんな者たちを嬲り殺すことはしなかったが、実行しようとした者には容赦ない
制裁が加えられていた。
その者たちがどんな目に合ったか知る者はない。
その者達は一人とて、生き延びてはいなかった。
それらの事情を、コナンもよく理解していた。
おそらく蘭以上に、新一と同じく心配をしている。
自分にならどんな者が掛かってこようが構わない。
けれど。
蘭はあまりにも無力過ぎた。
力を全て、もう一人の聖女に受け渡してしまっている。
一人で結界を張ることさえ、蘭には出来ない。
飛ぶことも出来ないのだ。
それは・・力なき人間と同じ存在だ。
命の違いはあっても、蘭はこの世界では弱すぎた。
新一が傍を離れないのはそのわけもある。
こうしてコナンといる時は、離れる時も少なくなかったが。
こんな長い時間、離れている事は今までなかった。
一度も。
二人で生きることを誓った日から。
あの夜から、こんなに離れた時はなかったのだ。
「・・・新一・・・」
「・・・・」
何度も名前を呟く。
そして、溜息をつく。
寝台に転がって、時間を持て余す。
一人でいるとどうしたらいいのか分からなくなる。
一人で本を読んでいる時だって、いつも新一の力を感じる範囲にいれた。
でも今は。
何も感じない。
その気配も、羽根から洩れる魔力も。
体温も声も。
届かない場所にいる。
酷くそれが遠かった。
傍にいたかった。
目を瞑り、自分の胸の辺りに触れる。
其処にある温もりに安堵する。
其処から洩れる心音。
それは蘭の物。
新一がくれた蘭の新しい命。
それを感じて、蘭は目を閉じた。
こうしていると、何処かに新一を感じる。
分かっているのだ。
新一は自分の中にいること。
決して離れても、離れていないこと。
思い知るのだが、不安になる。
手を伸ばしたら届く位置にいて、なんて。
そんな我儘、新一に知られたら嫌われてしまうかもしれない。
泣きそうになって、蘭はぎゅっとシーツを握り締めた。

黙ってそれを見つめていたコナンは、知らず拳を握っていた。
どうして。
どうして僕じゃダメなのだろう。
こんなに想っているのに、蘭が欲しいモノは違うのだ。
それを目の前で見せ付けられる。
それでも自分を求められている、その現実。
甘くて残酷で。
でも離れられなくて。
酷く息苦しかった。
でも離れたら。
きっと、息も出来ない。
それを、知っていた。
「・・蘭姉ちゃん。」
寝台に歩み寄り、シーツを握り締めた白い手を握り締める。
縋るように身を起こして、擦り寄った蘭をコナンは抱き締めた。
優しく安心させる為に。
貴女は愛されてることを、思い知らせる為に。
この焦がれた激情が、貴女を傷つけないように。
心を沈めて、コナンは蘭を抱き締めた。
「新一のとこに行く?
待っているのは嫌?」
「・・・でも、待ってろって・・」
「・・・」
「・・やっぱり行く。」
きゅっと唇を噛み締めて、蘭は決意を秘めた瞳でコナンを見つめる。
その顔に微笑みかけて、コナンは手を差し出した。
するりとそのしなやかな腕が伸びて、コナンの手の平を握り締めてきた。
その細さに胸が詰まる。
そして温もりに愛しさが篭もる。
その手を攫って何処かへ奪ってしまいたい衝動。
押さえ込んで、コナンは寝室を出た。
城内は異様に暗く、無駄に広い。
飛べる者たちにとっては快適な広さだが、翼を持たない蘭にとっては
この城は広すぎた。
「掴まっててね・・」
首にしっかりと腕を巻きつけ、蘭はこくんと頷いて見せる。
コナンは細い腰をしっかりと抱き寄せて、片方の翼で蘭を隠すように
羽ばたいた。
「・・ったく、なんでこんな無駄に広いのかなぁ・・
蘭姉ちゃん、平気?」
「うん、平気よ?」
蘭の顔がすぐ近くにある。
きょろきょろと城内を見回している蘭は、新一の気配を追うのに必死の
様子だ。
気付かないのか・・コナンはその黒い髪を見つめる。
どうして蘭は平気なのだろう?
この胸がむかつく淀んだ空気。
邪悪な気配に満ちている世界。
その狂気と空気に染み込んでいる血の匂い。
もう魔界に堕ちて長い時間が過ぎたが、コナンにはまだ慣れないでいた。
最初から蘭はなにも感じていなかったらしい。
それが幸いだが、疑問でもあった。
神の計らいか、それとも・・。
思わず頭を振っていた。
自分が出した考えがどれほど恐ろしいことか。
コナンは忘れようと試みる。
そんなわけがない。
そんなわけ、あってはいけない。
今も、そう思う。
けれどきっと真実は・・・・


「何処にいるんだろう、新一・・・」
「さあね。あれほど目に余る力を見せ付けてうろつく奴は魔界に少ないのにね。
すぐに分かると思ったんだけど・・・」
それよりも正直、周囲の視線の方が気になっていた。
鋭く狡賢くこちらを窺っている気配たち。
コナンが思っていたよりもその数は多かった。
こんな場所に彼女を置くことを、今更ながら不安に思う。
しかし。
魔界で、此処以上に安全な場所などないことは。
魔界中を飛び回ったコナンには、分かりきっていることだった。
一番安全で、一番強い男の腕の中で。
それ以上に安全な場所など、おそらく何処を探してもないのだろう。
そして、僕は。
この力はどこまで、通用するのだろう。
自信がないわけではなかった。
けれど。
蘭が求める腕は。
あの黒い羽根の持ち主。
それを何処かで理解していた。
そして、途方にくれる。
どれだけ理解出来ていても、納得なんか出来ないのだ。
諦めることなんか出来ない。
諦めたら、生きている事さえ意味がないのだ。
貴女の為に、生きたい。
貴女の為に、僕は強くなりたいんだ。
「・・部屋に戻る・・もしかしたら新一、戻ってるかもしれない。」
「そうだね、でもそれなら。
今頃血相変えて探し回ってるはずさ。」
笑ってコナンは蘭の額に口付けた。
そして止まって振り返る。
「?」
きょとんと今来た道を振り返って、蘭は首を傾げた。
「ほら、ね?」
「?」
暫くコナンの云う意味が理解出来ないでいた。
けれどすぐにその意味を理解する。
「新一っ!」
ぱっと蘭の顔が輝いて、コナンの腕の中から逃れようとする。
「蘭っ!?」
バサッと翼が羽ばたく音が大きく響く。
そこから洩れる魔力に周囲の視線は遠のいた。
気配は消えて、辺りは静寂に包まれる。
「待ってろって・・」
真摯な瞳が安堵の色に染まる。
そうして蘭に差し出された腕に蘭は戸惑うことなく、飛びついた。
翼はなく、身体は堕ちる。
けれどすぐにその身体は強い両腕に攫われた。
自分の空になった腕の中を見つめる。
そして目の前の蘭の笑顔を知る。
それでも。
「それじゃ、僕は行くね蘭姉ちゃん。」
「・・もう?」
新一の腕の中に閉じ込められた蘭は身体を捩って、コナンを振り返った。
その目蓋に口付ける。
伏せた睫毛を舐めて、そうして目尻の涙を拭った。
「うん、またね蘭。愛してるよ。」
「私も。私も、大好きよコナン君。」
伸ばされた腕にキスを残して、コナンはもう振り返らなかった。
また来るから。
その言葉を飲み込んで。
そして、城を飛び立つ。
夜に包まれた魔界。
活気が戻ってきている。
そして血の匂いに噎せ返る。
この匂いが染み付いていく。
そして、何処にも行けなくなる。
貴女に囚われてる。
今も、昔も、これからも。
貴女がいる場所が、僕の楽園。
そして貴女の喜びこそが、僕の全て。




黒い翼に包まれて。
蘭はその肩に顔を埋めた。
安堵の息が洩れて。
闇の中の光が灯る。
「新一・・・何処行っちゃってたの?
どうして・?怒ったの?」
声が震えている。
新一はその細い身体を抱き締めて、宥めた。
愛しさを込めて、髪に口付ける。
あげてくれた顔を覗いて、その額に口付けた。
「蘭・・・」
「新一、怒ってるの?」
首を横に振って、その愛しい唇を塞ぐ。
怒っているわけない。
ただ自分に腹を立てただけだった。
一緒にいられることに満足して、何も知ろうとしなかったことに。
今を得て、蘭の全てを知ったつもりでいた自分に。
無性に苛立ちを感じただけ。
それなのに、蘭を不安にさせている。
それにまた腹が立った。
そして情けなかった。
どうしてこんな思いをさせてしまうのだろう。
ただ好きなだけなのに。
ただ愛しているだけなのに。
この感情が喜びだけに注がれない。
お前を苦しめて、不安に陥れる。
それが他でもない、自分自身が。
誰からも何からもお前を守りたいのに。
一番お前を傷つけるかもしれないのは、この俺自身なのだ。
その矛盾に眩暈がした。
そして激情に吐き気がする。
それを持て余す未熟さが、嫌だった。
恋は苦しい。
愛は歪んでいく。
誰よりも愛しているのに、誰よりも守りたいのに。
一番苦しめてしまうのは何故なのだろう?
「ごめん、蘭・・」
「どうして新一が謝るの?」
「ごめん。愛してるんだ。」
「新一、謝らないで。
蘭も新一が好き。愛してるわ、あなただけを。」
「蘭・・」
抱き締めて、このまま圧し折ってしまいそうになる。
力を緩めて新一は城を出た。
蘭を優しく抱き上げたまま、地上へ昇る。
一気に魔界を出て、地上の空気に包まれた。
その匂いに蘭は懐かしそうに目を細める。
場所は東京。
時間は九時を過ぎた頃。
クリスマスに人間達は浮かれて、寒空の下で笑顔を交わしている。
そしてその影に、潜む悲しみと狂気。
人間のその矛盾した世界は美しかった。
幸せと不幸は紙一重。
笑顔の下に隠した狂気に気付かないでいられる人間は幸福だった。
最上階まで一気に上がる。
懐かしいその場所に、蘭は笑みを漏らした。
「ここ・・・」
「懐かしいだろ?俺が初めてお前を見つけた場所だよ。」
「うん・・嬉しい。」
地上に昇がるのは久しぶりだった。
その懐かしい空気。
あの日と変わらない場所。
二人で何度も逢瀬を繰り返した、ビルの最上階のタンクの上。
変わらない風の強さに、笑えてしまう。
攫われていきそうな身体を強い腕が抱き締めてくれている。
最高の気持ちだった。
「一番嬉しい贈り物だよ、新一。嬉しい」
「・・・これを。」
差し出されたのは黒い水晶のネックバングル。
そこには銀の細工が施されている。
蘭はそれを不思議そうに受け取った。
ひんやりとした感触。
「・・?」
「これを俺の首に。」
「新一に?」
衣服を緩めて無防備に首を外気に晒す。
「特別な念を込めてある。
お前の手でしか外れない。
・・・天界でどうか知らないが、これが魔界の流儀だ。」
首を縛り付けられることは最上の屈辱であり。
最愛の儀式であった。
己の命を曝け出すこと。
それが最高の証明。
「何を贈りたいか、分からなかった。
どんなものでもお前が望むなら、やれる。
けれどお前が何を望むのか分からなかった。」
「・・・・新一・・」
「俺は愛を伝える術が分からない。
奪うことしか出来なかった。
お前にやりたいモノは溢れてるのに、俺には何も叶えてやれない。
不自由なくお前を生かしたい。
あんな暗黒の世界にお前を閉じ込めたかったわけじゃなかったのに、
それなのに結果それを望んでいる俺がいる。
誰にも渡したくねぇんだ・・」
狂おしい想い。
持て余す激情。
じれったい純情。
どうしようもない不器用さが恨めしい。
何を愛する女が一番に望んでいるのか分からない自分。
愚かで滑稽な愛の表現。
こんな方法でしか、それを伝えられない。
どんな屈辱さえも、お前がしてくれるならそれは最上の喜び。
「俺を縛り付けてくれ。
お前に、どうか・・永遠に。」
「・・新一・・・蘭は新一のものよ?」
しなやかな両手の平が新一の頬を包む込む。
そして、その首に優しく唇を寄せた。
「そんなのしなくてもいいの。
私は新一を愛してる。
それを信じてる。
新一を疑ったりなんか出来ないの、知ってるでしょう?」
「・・分からねぇんだ・・・。お前の望みが。
俺がやりたいものが何一つ、お前の為にはならない・・」
顰めた眉を人差し指でそうっとなぞる。
蘭は愛しさを込めて、その首にもう一度口付けた。
少しでもこの気持ちが流れるように。
少しでも新一の不安を取り除けるように。
何度も。
それを、繰り返す。
「蘭の望みは新一、あなただけ。
この身体も命も全部。
あなたにあげたいの、あなたの物でいたいの。
蘭は新一を愛してるわ。」
純粋な瞳が苦悩に満ちた悪魔を映し出す。
聖女だった乙女の手がその罪にまみれた手の平を愛しげに抱き包んだ。
「蘭は、新一のもの。
私にとって一番の贈り物はあなたよ。
あなたと出逢えた奇蹟。
運命。
偶然。
全て。
感謝を捧げています。」
「・・・蘭。」
唇を引き寄せる。
顎をしゃくって、その髪を撫でて。
新一は蘭を奪う。
最初から全部欲しかった。
でもどんなに手にしても、全て奪えないでいる。
そこにある肉体も魂も全て。
己の手の中にあるというのに・・・

「それでも、これを嵌めてくれ。」
差し出したバングルを新一は蘭に手渡す。
「俺は、お前のモノだけでいたい。
どうか、それを叶えて?」
甘い囁きと共に訪れる優しい口付け。
そのやんわりとした抱擁の中で、蘭が逆らえるはずがなかった。
「・・痛くないの?」
「痛みなどないよ。ただ外れないだけだ。
外れる時は・・お前が俺を必要としなくなった時だけ。」
「・・・・」
目を閉じて、それを受け入れる。
蘭の指が躊躇いがちにそれを嵌めた。
新一の首にぴったりと嵌まる黒水晶のそれは、とても良く似合っていた。
「俺がやれるものは、俺だけだ。
お前が要らなくなるまで、俺はお前の物だよ。」
「・・・蘭が新一を要らなくなる時なんて来ないの知ってるくせに。」
ホンの少し恥ずかしそうに蘭は呟く。
その呟きは風に攫われて。
新一は首の冷たい感触に笑った。
永劫の証。
悪魔の最も愚かな愛の代償。
この愛を失った時、己の命さえも失う証明。
それが嬉しかった。
最後なんか来たら、きっと自分は正気じゃいられない。
だからこうしたかった。
最後まで俺を蘭の物にしたかった。
歪んだ愛情。
皮肉な純情。
それが悪魔の源だとしても・・・

「新一・・大好き。
あの夜にあなたに出逢えたことを、今も感謝してます。」
「俺も。俺も、感謝してる。
あんなふざけた奴にさえ、感謝せずにはいられない。」
黒い髪を一筋掬って、それに口付ける。

「お前が生まれてきてくれたことに感謝してる。
巡り逢えたことに。
・・蘭、ありがとう。」


6枚の黒い翼に包まれて。

白い羽根を失った聖女は微笑んだ。

失ったものは戻らない。

そんなものはもう要らない。

欲しかったのはこれだけ。

羽根を失っても。

聖女じゃなくなっても。

構わなかった。

あなたが愛してくれる、自分だけが残っていれば。

他は何を失っても構わなかったの。

それは秘密。

内緒の告白。

けれど、伝えたいの。

ホンの欠片だけでも。

「新一、愛してるわ。」

言葉になれば、軽くなってしまうかもしれない。

でも伝えずにはいられないから。

一瞬の想いも。

永遠に続けたら。

それは、永劫の愛でしょう?

終わりの無い。

始まったばかりの。



恋人達の夜ーーーーーーー









THE END・・・・OR?


★★★★★★★★★★
2001/12/26

注意★このシリーズの設定上では蘭の誕生日は
    12/25です。
    原作とは一切関係ありません。
    誤解しないで下さいね☆









Written by きらり

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