最期の夜




夜は明けない。

朝は届かない。

光は闇に焦がれて。

闇は光に脅えて。

そうして触れて、消えてしまう。

近付いてはいけないよ。

互いに強すぎて、愛しすぎて。

互いを苦しめてしまうから。

互いに壊してしまうから。

だから愛は、苦しい。

だから君は、愛しい。




それでもいつも、愛は相容れぬモノを引き寄せる・・・






暗黒の世界。
此処は天の愛が届かぬ場所。
地上の夢が入れぬ場所。
引き込まれるのは心に闇を抱いたモノ。
引き込まれるのは心に渇きを抱いたモノ。
引き込まれるのは心に疑いを抱いたモノ。
此処に、光は似合わない。
此処に、光は相応しくない。
けれど、此処に光は溢れる。
焦がれる思いが、其処にあるから・・・
闇はいつも、光の象徴。
闇がなくては、光は在れないから。
だから、此処は・・




血まみれの身体で、それは舞い降りた。
差し伸べた腕に力なく落ちてくる。
翼は無残に引き裂かれて、此処まで堕ちてきたのが奇跡に近かった。
「よくやったな・・」
新一はその黒い鳥に右手を翳すと、その傷に何か見えない光を注いだ。
黒い光・・それが触れると使い魔は苦痛に目を閉じた。
けれど、その傷は少しずつ塞がっていく。
みるみるその血が止まり、そうして翼は美しい漆黒の艶を取り戻した。
「休んでろ・・」
そう言ってもう一度手を翳す。
その姿は見る見る光に散文しやがて一つの球を象ると、吸い込まれるように
新一の掌に飲み込まれた。
「・・・・」
それを黙って見つめることしか出来なかった私は、ようやく口を開くことが
出来た。
空・・・正しくは地上を仰ぎ、そうして私は新一を見上げる。
「・・此処は・・」
「魔界だ。
全ての邪悪を閉じ込めた・・追放された者たちの楽園・・」
「・・・此処が?・・・」
きょろきょろと辺りを見回して、そうして空を見上げる。
「真っ暗なのね・・今、朝だよね?」
「ああ。これでも朝だ。しっかり太陽も届いてるんだぜ?」
「本当?」
まるで夜の世界に太陽が?私は首を傾げた。
こんなふうなのは、見たことがない。
空は真っ黒。
これは夜じゃないの?
新一は少しだけホッとしたように笑った。
そうして人差し指で東の空を指差す。
「?」
私はそれを辿って空を見上げた。
そこには白い星。
大きなそれは・・・月?
「月じゃない。あれは魔界の太陽だ。」
「た、いよう・・?」
「ああ、此処での生活はこれくら暗い方が楽なんだ。
中には光を毛嫌いするヤツもいるからな。
天や地を追放されるような邪悪は、光は好まない。
眩し過ぎるんだ。
だから・・魔界は地上に覆われてる。
それでも光がなくては、生きていけないから太陽があるんだ。
あれは・・魔族の結晶なんだよ。」
「・・・」
本当は新一のいう言葉の意味が、半分も理解出来なかった。
でも生まれて初めての魔界は、思っていたよりとても綺麗な世界だった。
ほとんど地上とその姿は変わらない。
たくさんの高層ビル。
その街並みも良く見ているものと変わりない。
「まだこの時間だからな、あまり外に出てるヤツはいないんだよ。
丁度良かったな・・あそこに行こう・・・」
「きゃっ?」
いきなり新一に抱き上げられて、そうして飛んでいく新一に私はしがみ付いた。
首に腕を回して、背中にある腕の温かさに安堵する。
怖くはなかった。
この身が今、天界や地上でない場所にあること。
それが・・不思議だけど怖くない。
不安はない・・・けれど、疑問は溢れて止まらなかった。
「・・・あの女の人・・哀って言ってたね?」
「・・・」
「私の名前を知ってた・・私も・・あの人を知ってる。」
「・・・」
「どうしてだろう?初めて逢った天使なのに・・・あの人、本当に
天使だったのかなぁ?新一・・?」
私の言葉に何も返さない新一が不思議で、私は口を閉じた。
なんだか、新一は不安そうだった。
どうしてだろう?
こんな顔、初めて見る。
新一は・・何を考えてるんだろう?
どうして・・何も言ってくれないの?
何を、迷ってるの?
何を、言おうとしてるの?
私はただ新一の言葉を待つ。
そうして暫くして、新一は一つの大きなビルを目指して上がった。
塔のような高くて細いビル。
なんとなくいつも地上で降りるビルにそれは似ている。
屋上につくと、新一は其処にゆっくりと足をつけた。
羽根を振るってから、しまい込む。
それを少し淋しく思って、私はその背中に触れた。
「此処は、俺だけの場所だ。ほら、見てみな。」
新一に抱かれたまま、私は見下ろした。
「・・・わぁ・・本当に地上みたいね・・・」
「俺たちにとっちゃこっちの方が住みやすい形だからな。
だから魔界も地上に似ているのかもしれない。」
「・・・・」
見下ろすと小さな明かりが幾つも見える。
たくさんの建物。
まるで空っぽの小箱のようにそれは見えて、心を刺激する。
その中を一つ一つ確かめて回りたい。
本当にその中は、何かあるの?
誰か、いるの?
まるで作り物みたいな、綺麗なモノたち。
本当に、地上と似ている。
真っ暗な夜の世界。
此処が、新一の生まれた場所。
生きてる場所、帰る場所。
此処が・・・
「・・・蘭、いきなり・・ごめんな。
こんな所に・・お前を連れ来て。」
「・・どうして謝るの?」
「・・・・心構えなんか出来なかったろ?」
「そんなの要らないでしょう。」
私が笑うと、新一はなんともいえない表情で見下ろす。
ゆっくりとその前髪が落ちてきた。
思わず目を閉じると、額に新一の額が合わさる。
そうっと目を開けてみると、新一も目を閉じていた。
長い睫毛・・閉ざした瞳の奥が覗きたかった。
誰よりも綺麗だと、知ってる。
私が知ってる瞳の中で、一番安心出来る色。

「・・・何から話せばいい?」
「?」
「蘭・・お前を愛してる。それを、忘れないでくれ。」
「うん?」
歩き出した先には白いベンチがあった。
新一はそこに腰をおろすと、私を脚に乗せたままじっと見つめる。
髪の毛を一筋掬われて、私はそれを眺めた。
ゆっくりと其処に口付けられて、なんだか気恥ずかしくなる。
でも・・私は言葉を選んだ。
私は知りたかった。
新一が迷っていることを。
言いにくそうに、閉ざしてることを。
疑問の全てを、解決したかった。
知りたいと思ってた。
ずっと・・・
生まれた訳も、その意味も、私の罪も。
どうして私だけが、神を愛することが出来ないのか・・・
何もかも知りたかったのに、私は知ろうとしなかった。
何故?
何故?
だって、誰も教えてくれなかった。
コナン君だって・・・言ってはいけないと窘めた。
私の知りたいことは、禁句だったのかな?
・・・だとしたら、私は・・禁忌だったのかなぁ?
それなら、どうして生まれたんだろう?
どうして私は、生きてたのかな?
それが・・神様の愛なのなら・・・私には要らないモノでしかなかったのに・・・。
「新一は・・分かってるの?」
「・・・大体、見当はついてた。
あの女を見て、それが・・・確信に変わった・・・
まだ、確かめてはないが・・・」
「聖女って何?有希子さんもそうだったんでしょう?
聖女って・・何の為なの?
どうして、私が・・聖女なの?」
優しい風が吹く。
こんなところにも・・ちゃんと精霊は住んでるんだ。
風は優しく髪を攫って、そうして空気を新しくする。
二人を包み込む空気が優しいモノに変化するのが、私には分かった。
「・・・蘭・・神の存在を考えたことがあるか?」
質問は急だった。
それに、私の質問の答えは返ってない。
それでもなんとなく、私には分かっていた。
これは必要な、質問。
おそらく私の質問の回答の為に。
「・・・ううん。私は神様に逢った事がないもの。
その存在を見たことないわ。感じることもない・・・私だけが神様を
愛せないんだもの。」
「・・・どうして、神が生まれたか・・その意味は?」
「?・・・分からない・・魂の誕生はいつも偶然と必然の結果だと
本で読んだわ。必要あったから、神はいるのでしょう?」
暫く沈黙だった。
重い言葉を吐く為に、新一は口を開いた。
「いつか、蘭に話したことがあったな・・・人間は、神の創造物でない話を。」
「うん・・・」
覚えてる。
初めて新一と喫茶店に入った時のこと。
忘れてないよ?新一とのことは。話した言葉も全部・・・
「人間は偶然生まれた。命と小さな偶然の悪戯で。
そうして今の形に至り、今に至る・・それは神の力じゃない。
神は人間を作らない。
だから支配しない。
全て許してる・・・というのは、違う。
干渉してないんだ、最初から。
いや・・・出来ないと言った方が正しい。」
「・・・・」
「人間は神に干渉出来ない物体なんだよ。分かるか?
神が支配出来るのは、己が生み出した分身だけなんだ。
だから、神は許すフリをして無視している。
人間が何をしようが、構わない。
人間が地上を破壊する行為も見ていない。
見ていても、何も出来ないからだ。
人間が命を喰らおうが、何を奪おうが。誰を傷つけようが。
神が黙ってそれを見てるだけだ。」
「・・・・」
新一の言葉はゆっくりだった。
私に分かりやすいように、慎重に言葉を選んでいるのが分かった。
それを感じた。
新一は私を、思いやってくれている。
「神もまた・・・偶然から生まれた産物に過ぎないんだ。
俺もそうだ。誰かがその意思で存在を作ることはほとんど不可能なんだ。
分かるか?
・・・無いモノから何か生まれる時は、偶然が必要だ。
けどそこには、命が無くちゃいけない。
命は・・命からしか創れないんだ。」
「・・・・」
命は、命からしか生まれない。
人間も動物も、植物もそう。
新一も、そう。
有希子さんと堕天王の二人の息子。
命は、その命を削って新しい命を生み出す。
それは新一が教えてくれたこと。
その仕組みが地上の全ての秘密なんだと・・・
だから人間は食べ物を食べる。
命を奪う。
そうして命を生かす。
それは・・なんて美しい螺旋なのだろう・・・
新一も・・悪魔も、その命を喰らう。
食べ物を食べて、命を奪う。
だから、生きてる。
「・・じゃあ・・私は・・・?私は・・・どうして生きてるの?
私は・・何の命を奪ってるの?」
「・・・・・・・」
新一の沈黙の意味が見えかけた。
私は自分の言葉を選ぶ。
私は、天使は命を口にはしない。
それは禁じられた行為。
私達を、堕とす・・・
・・・誰がそれを禁じたの?
どうして、私達は命を口にしないのに・・生きてるの?
神は絶対。
その意思も言葉も。
天使を聖なる天空に縛り付ける為の・・決まりごと。
それは誰が決めた?
「私は・・・生きてる、よね?」
「ああ。蘭、お前は此処にいる。」
強い新一の腕の中。
私は此処に、確かに、存在してる。
けれど・・私は・・何で出来ているの?
・・・今まで疑問に感じたことなんかなかった。
だって皆同じだもの。
コナン君も、園子も・・天界にいる人はみんな、生まれた時から天使だった。
天神樹に、天使の卵は成って・・・その卵から天使は生まれる。
私もそうだった。
生まれた時、割れた世界から彼の姿が見えた。
・・・そうして安心して・・私は眠った。
だって、コナン君は天使だった。
私と同じ姿をした・・天使、だった。
何も疑問を抱くことはなかった。
疑問に思う必要は無かった。
私は天使、でしょう?
皆・・・天使だから・・・。
皆何も食べない。
光と水。
それだけで天使は生きていける。
「・・・私は、なに?
何から出来てるの?
天使は・・・なんなの?」
「・・・・お前は・・蘭、だよ?何があっても、変わりは無い。
お前はお前だ。」
「・・・新一。」
もう一度新一の名前を呼ぶ。
しっかりとその瞳を捕えて、私は呼んだ。
「新一・・」
「・・・天使は命から、出来てるよ。
それは変わりない・・・けれど・・・天使の源は、奴だ。」
「・・・・?」
重い沈黙は破られる。
新一は私を真っ直ぐに見詰めた。
愛しさを込めた瞳に胸が苦しくなる。
嫌な予感がした。
けれど、私は・・・新一が好きだった。
こんな時でさえ・・あなたの瞳に焦がれてる。
何度も口付けたその唇がゆっくりと開いて、私だけの真実を紡ぐ。

「天使は、神の命から、出来てる」

その意味を、私は知ることが出来たのだろうか?
その意味は、どれほど奥深いのだろう。
私は・・・天使は、何の意味があるのだろう・・・



「神様から・・・?それは神様が私達の親・・・と、いう意味?」
「・・・・」
無言で新一は首を振った。
意味が分からない。
想像も出来ない。
そんなこと、考えて事も無かった。
「俺も・・確かめたわけじゃない。だけど・・・前から不思議に思ってたんだ。
天使が卵から生まれるわけ・・・悪魔は、違うからな。
その違いを考えてた・・・人間はむしろ俺達や魔族に近い。
天使は・・・その作りも経過も謎だった。
・・・蘭に出逢ってから、俺はよく考えるようになった。
お前を知りたいから・・知らず、追求するようになってたんだ。」
「・・・・」
「さっき・・・あの女と出逢っただろう。
あれを見て、確信した・・・蘭、お前も感じただろう?」
「?」
感じた?
・・・そう、感じた。
あの人が私の名前を呼んだ時、私にもあの人の名前が分かっていた。
逢ったこともない。
けれど・・・私はあの人を知ってる・・・どうして?
どうして?
何処で逢ったというの?
「・・・・あの女は、聖女なんだろう?」
「どうして・・・?」
・・・私に聞くの?
私は何も知らない。
知らなかった、誰も教えてくれなかった。
それなのに・・・私はどうして知っていた?
「・・・コナンに聞いたわけじゃないからな・・・確かなことは分からないが・・・
多分、聖女は普通の生まれ方じゃないはずだ。
おそらく・・・聖女っていうのは、神の・・・相手だ。」
「・・相手?」
「・・・神の命を繋ぐ、対成る存在なんだと、思う。」
「どういうこと?」
上手く頭が回らない。
突拍子もないことだらけで、私は戸惑ってしまう。
でも心がしんっとした。
新一が何かとても重大なことを言っていることは、分かる。
「・・つまり・・神と同じ・・違うな。なんて言ったら良いんだ?
・・上手い言葉が見つからねぇ・・」

「神の器、なんだよ・・蘭姉ちゃん・・」

「!?」

「コナン君っ!?」
突然の声に、新一までも驚いたように空を仰いだ。
「・・・・」
その姿に私は言葉を失った。
だって、それは嘘、みたい。
頬に何か冷たいモノが落ちてきた。
それに触れる。
ヌルッとした感触。
触れた指先を見つめた。
「・・・・コナン・・君・・?」
それは紅い液体。
コナン君の身体からそれが零れ落ちてくる。
誰よりも強く美しい白い羽根は、紅いそれに染まって・・
無残に乱れていた。
「・・お前・・?生きてたのかっ!?」
新一は飛び上がり、その身体を支えようと手を差し伸べた。
それは丁寧な仕草で断り、コナン君はゆっくりと落ちるように目の前に降りてきた。
膝を付き、左肩をキツク抑えこむ。
そこからたくさんの血液が溢れ出ていた。
白い羽根をどんどん染めていく。
私は夢を見ているような気分だった。
血まみれの姿。
誰よりも強い者と信じてた彼の姿。
彼がそんな姿で私の目の前にいることなんか、夢にも思えなかった。
これは・・嘘?
これは・・本当?
「蘭姉ちゃん・・・っ・・」
痛みに歪んだ瞳がゆっくりと私を見上げる。
すぐに身体が動いていた。
知らずに泣いてることに気付いた。
「やだっ!コナン君・・どうして?・・どうしよう・・しっかりしてコナン君っ!」
彼を抱き上げようとした腕が血で染まる。
紅い、紅い・・血。
生きているその色が、今はなんて恐ろしいんだろう。
「やだ・・コナン君っ!!コナン君!!」
「・・だい、じょうぶ・・だから・・・泣かないで?・・そんな顔、しない・・で、
蘭・・姉ちゃん・・・」
優しい微笑。
こんな時でさえ、あなたは笑うんだね。
いつも、いつだって・・あなたは蘭を悲しませなかった。
「・・どうしよう・・どうしよう・・・・新一ぃ・・」
私の隣りに跪く、彼を見上げる。
縋りつくように見つめると、新一はただ黙って頷いた。
「・・死ぬんじゃねぇよ・・チビ。」
「貴様の力など・・借り・・ガハッ・・」
「・・や、だぁ・・・」
視界が滲む。
それなのに、その紅はなんて強いんだろう。
私の心を凍りつかせていく。
絶対の存在が、揺るぎ始める。
あなたは蘭の、絶対の存在だった。
生まれて初めて見た人。
これまでずっと傍にいた人。
当たり前みたいに。
なんの疑いもなしに、あなたは私の味方だと信じていた。
「・・ごめん・・蘭姉ちゃん・・・汚れちゃうね・・?」
「・・・・」
何度も何度も首を横に振る。
白い服が、腕が、抱きしめる指先が。
紅いそれに染まっていって、私の視界をどんどん滲ませた。
こんなに流れて・・平気なのかな?
もしかして・・死んじゃうのかな?
そしたら・・・・どうなるのかな?
蘭が・・生まれた時からあなたはいた。
ずっと一緒だった。
離れた時なんかなかった。
それは、これからも・・・そうバカみたいに信じてた。
ああ、そうだ。
私は・・・蘭は・・・


 蘭は・・・コナンのない世界なんか、知らない!!


「バカ、死ぬんじゃねぇよ。何があっても蘭を泣かすな。
お前が死んだら、蘭は泣くだろ?・・・俺は蘭を泣かせたくねぇんだよ。」
「・・・・」
新一がゆっくりと右手をコナン君の肩にあてる。
血が溢れて止まらないそこをしっかりと握り締めると、新一は何か呟いた。
「何があっても、生きろ。
蘭を泣かせたくねぇんなら、悪魔の力を借りても生き延びろよ。」
「・・・・っ!」
痛みに表情が歪む。
それでもコナン君は声を上げなかった。
私の服をぎゅっと握り締めて、そうして何かを堪えるように歯を食いしばる。
ただ抱きしめることしか出来なかった。
一緒にいてあげることしか出来ない。
自分の無力を、思い知る。
私は・・生まれて何も知らないままでいた。
誰も教えてくれないから、自分で知ろうともしなかった。
何もかも許してくれるから、ただそれに甘えてた。
なんの見返りも求めない愛情を、ただ当たり前に受け入れていた。
私は・・・何をしてきたんだろう?
新一に出逢うまで、何を知ろうとしていたのだろう?
知りたいと思いつつも、禁じられたその言葉を。
私は最初から・・・全て諦めてしまっていたのではないか?
何も求めたくなかった。
だって誰も与えてくれないから。
そうじゃない・・いつだって与えられていた。
少なくても・・・この腕の中の小さな、小さくて誰よりも強く、
優しい天使は、蘭に・・・与え続けてくれていたのに・・・。
新一に出逢う前からずっと。
生まれた瞬間からずっと。
ずっと・・・愛されていたことを、どうして今、気付いたのだろう?
どうして今まで・・私は気付けなかったんだろう・・・?
愚かな私。
愚かな天使。
愚かな聖女。
愚かな・・・・





こんなに泣いたのは生まれて初めてかもしれない。
腕の中の紅いそれが渇いていく。
どんどん染み込んでいく。
肌に?どこに・・それは戻っていくの?
新一の言は止まらない。
金色の光が肩に当たって、そうして全身に広がっていった。
まるで生き物のように動き回り、傷ついた其処に入り込んでいく。
すると嘘のように、その傷は塞がり綺麗なまんまの肌に戻った。
「・・・コナン・・君?」
「・・・平気・・不本意だけど・・もう、痛くはないよ?」
「・・・」
顔色が良かった。
安心する。
さっきは真っ白な顔をしていた。それに少しずつ紅が差してきたのだ。
「・・新一・・」
私が見上げると、新一は笑ってくれた。
そうして私の髪に触れる。
一筋掬ってそこに口付けた。
「愛してる。
蘭の望みなら、俺はなんでも叶えるよ?」
「・・ありがとう、新一・・・」
「だから、もう泣くな?」
真っ直ぐに見つめられて、私は目を閉じた。
その瞼に口付けられる。
何度も目尻のそれを舐められて、私はくすぐったくて肩を竦めてしまった。
「・・・コホン・・・」
腕の中でコナン君がつまらなそうにセキをして見せる。
私はそれを見つめて、そうしてもう一度微笑んだ。
腕の中の存在が、私に教える。
ずっと愛されていたこと。
生まれた時から、私は絶対の愛に包まれてた。
そしてすぐ傍を見上げれば、そこには愛しい姿がある。
ずっと求めていたモノ。
私にも、愛する誰かがいること。
愛することが出来ること。
求めていいモノが、確かに此処に在ること。
私はずっと、愛されてた。
それなのに、今ようやく・・・。




『・・・見つけた・・・』

「!?」
「・・・チッ」
新一が庇うように私達の前に立ちはだかる。
銀の色を放つ6枚の翼が私達を隠すように広がった。

『・・・この身に裁きを。
神の愛に背いた罪に報いを。
光の存在は影になり、影はやがて光に帰る。
罪深き聖女よ、我が身の元へ帰ってきなさい』

静かな声。
凛と響き渡るそれが蘭の耳に染み込んでいく。

『私は神の命を繋ぐ物。
完全な光と成るべく、その影を受け入れる。
蘭・・帰ってきなさい。
私にその翼を・・。
その聖なる存在を与えて・・・・』

差し伸べられる真っ白な手。
真っ直ぐな瞳は何も映すことはないのか、何処までも澄んで透明だった。

『・・・全ては神の御心のままに。
完全なる愛に、罪は・・・要らない』

「・・・蘭、こいつの言葉を聞くな。
本当は・・いつも、一つだよ?
そうなんだろう?・・コナン・・」
新一の声が響き渡る。
私はその翼を見つめた。
漆黒の色。
私に初めて安らぎを与えた翼。
その翼がゆったりと私達を覆い包むように、動く。
触れた指先に羽根の感触があった。
「・・蘭姉ちゃん・・・」
コナン君はゆっくりと私の腕の中から立ち上がる。
そうしてじっと私を見つめた。
「ずっと愛してた。
何も言えなかったけど・・・僕は全て知ってた。
パンドラもそうだったんだよ?・・・聖女は、天使じゃない。
神の器なんだ。」
「・・・うつわ?」
真剣な瞳が和らいで、私をいとおしそうに見つめる。
頬にキスされて、私はうっとりと目を閉じた。
「・・・神は全能の存在ではない。」
「・・・コナン君?」
「神は、絶対じゃない。
絶対なんて、この世にはない・・」
・・ダメなんじゃないの?
それは禁句。
それは・・・・
「神は、何も出来ない。
蘭姉ちゃんには、もう分かってるでしょう?
僕達は・・“一人”じゃ何も出来ないんだよ?」
少しずつ・・コナン君の光が薄れていく。
ダメ・・それ以上は言っちゃいけない。
私にだって、それくらいは分かる。
でも・・・口が動かない。
知りたい。
聞きたい。
本当のことを・・・・・
「神は“一人”しかいない。
誰も“一人”じゃ何も出来ない。
神は・・だから天使を創り出した。自らの・・・命を分けて。
・・・僕達は、神の命から出来てるんだ。
だから、何も食べない。
命を必要としない。
僕達は、命を生むようには出来てない。
最初から・・・“一つ”の存在から分けられた存在なのだから。」
「・・・・・・」
                                
 この世の秘密は、いつも簡単な場所に隠されてる。
 でもそれを見つけ出すことは難しくて。
 それを本当に求める人はとても少なくて。
 上手に隠されてるから、誰も気付かないフリをする。
 天使も、そうだった。
 神様も、そうだった。
 だって、“一人”は怖いから・・・・

「神は絶対の存在じゃない。
だから、時々器を変える必要があるんだ。
・・・それが蘭姉ちゃんやパンドラのような、聖女だ。
聖女は卵から生まれるけど・・それでも僕達のような天使とは違う。
神に全てを創られない。
神の手を離れて、その命を変えるんだ。
・・・・そうして、神の対となり。
命を生む存在と成る。」
「・・・私が、命を・・・?・・・神様の?」
見つめた瞳はどこまでも澄んでいた。
零れ落ちる天使の光が、幻みたいに美しくて・・・
「そう。最初から決まってた。
蘭姉ちゃんは、新しい神の器なんだよ。」
「・・・うつ、わ・・?」
聖女は神の器。
その為の存在?
私が?
そうだと言うの・・・?
その為に今まで何も教えてくれなかったの?
何も教えなければ、何も疑問に思わないと思ったの?
だから・・私にはコナン君しか、いなかったの?
「・・・この間、パ・・有希子に逢っただろう?
彼女はそのことを最初から、知っていた。だから彼女は・・堕ちるしかなかった。
神様を愛してないわけじゃなかったんだよ?
僕達天使は神を愛するよう、出来ている。
最初から・・・だって、僕達は神の一部なんだから。
ただ・・それ以上に愛せる人に出逢ってしまった。
言っただろう?神様は決して全能ではないんだ・・だから、
二人を止めることなんか出来なかった。
最初から聖女に自分を刷り込ませることも、出来なかったんだ。」
「・・・・・」
コナン君の言葉が少し遠い場所から聞こえた。
私は、器。
神の命を繋ぐ為だけの、存在・・
「神の肉体は何万年もの時間はもたない。
だから、蘭姉ちゃん・・貴女を創りだしたんだ・・・今度は失敗しないように・・
前回とは違うように育てようとしたんだよ。
だから・・だから僕に、貴女を任せたんだ・・・僕が貴女を堕とさないように・・・
そんなふうに愛するように、仕向けて・・・・」
「・・・・・・」
それじゃあコナン君は・・・だから、私を愛してくれたの?
その為にずっと・・愛してくれていたの?
「だからね・・僕は貴女を愛さないつもりだった。
パンドラが僕からいなくなってしまった感情を、二度も味わいたくなかったんだ・・・・
でも・・・」
俯いた顎を上げられる。
その瞳に見つめられて、私は顔を背けたくなった。
それなのに、その瞳がそれを許さない。
「でも・・そんなふうに出来なかった。
一目見て、貴女を愛してた・・・
いつか、神のモノに成るべく貴女をもう、手放すことなんか出来なかった・・・。
ごめんね?蘭姉ちゃん・・・愛してる。」
抱きしめられてその息苦しさに涙が零れる。
こんな苦しい抱擁、初めて受けた。
コナン君はいつだって、優しく私を抱きしめてくれていたから。


『・・・聖女は二人も要らない。
私は光になるべく、影の命。
影は光に帰る・・・その命を手に戻して・・・

蘭・・・此処に来なさい。
その聖なる存在を、その白き翼を此処に・・・』

「蘭姉ちゃん・・僕は貴女を守るよ?この命に代えても・・・貴女を守る・・」
立ち上がるコナン君に私は縋り付いて、立ち上がった。
すぐに新一の腕に攫われて、私は片方の翼に包み込まれる。
「コナン君・・・っ?」
「・・んで、どうするんだ?」
新一の淡々とした声が聞こえる。
私はその羽根の隙間から、彼女を見つめた。
なんの感情も篭もってない瞳。
それは私?
あれがもう一人の私・・・。
全く違う姿なのに・・・どうして知ってるの?
彼女の心が、どうして分かるんだろう?
白い羽根・・彼女に足りないモノ。
聖女であるはずの彼女には、翼がなかった。
「・・・天界へ帰すよ。そして神に接見させる。
完全なる肉体を手にいれなくても、彼女は聖女の資格を持っているだろう。
証は要らない。
彼女は神の求める、完全なる聖女だ。
感情も持たない、何も求めることはない・・その神の愛情以外には。何も・・・」
「・・・・ふーん。お前一人で出来るの?」
「・・ああ。」
「そしたら、お前どうなるの?
目の前で二人の聖女を悪魔に奪われてるんだぜ?
もう、三度目はないんじゃないの?」
「・・・・」
新一の言葉にコナン君は何も答えなかった。
それがどんな意味を持つのか、私は知らない。
けれど、なんだか良くない意味を持っていることはその表情が見えなくても、
私には分かった。
「・・もう、別に良いんだ。気が済んだから・・」
明るい口調でコナン君は笑う。
そんなふうに・・こんな時に思うのも変かもしれないけど・・・
そんなふうに新一と話してるコナン君・・初めて見た。
「蘭姉ちゃんが笑ってるなら、もうなんでも良いよ。
僕のモノに出来なくても・・・そんなの問題じゃないんだ。」
「・・・蘭は泣かせねぇよ。」
「当たり前だろ。」
「さっき自分で泣かせたくせに。」
「・・・・」
くっくっくと、楽しそうな新一の笑う声。
コナン君は黙ってしまっていた。
どうするつもりなんだろう?
二人にあの人は傷つけられない。
だってそうじゃなかったら、とっくに・・・
あの人は、私?
哀は蘭。
蘭は哀。
神の命を繋ぐ物。
それは蘭でも、哀でも・・・
どちらでも構わないの?
それなら・・・ううん、それでも。
蘭は・・・・の、モノ・・・。

答えは見つけた。

私は初めて、自分でそれを見つけた。

答えは“一つ”。

それしかなかった。

「蘭っ!?」
「蘭姉ちゃん!?」
ふわりと舞い上がった私を掴もうと、新一が手を伸ばす。
それから逃れて、私は哀の目の前に降りた。

『・・・貴女は光。
私は影。
いつか光が過ちを犯した時の為の、命・・・。
私にその全てを・・此処に・・・』

差し伸べられる真っ白い手。
それを見て。
こちらに駆け寄る姿を見つめた。
微笑んで。
そうして制止する。
見ていて。
私を。
その瞳に、ずっと映してて。

私の答えは・・・間違いじゃないでしょう?

「新一・・愛してる。
貴方がなんの存在でも、悪魔だって構わない。
その手がどんな罪にまみれていても・・私は貴方を愛してます。
蘭の・・心は、いつもいつまでも、貴方だけのもの・・・

コナン君・・ありがとう。
大好き。大好きよ?・・新一と比べることなんか出来ない。
でも、蘭は・・貴方の存在がない世界なんて考えられない・・・

私は、蘭は・・・二人だけのモノよ?」

「・・・・ら、ん・・・」
「蘭姉ちゃんっ!?」

二人の瞳に映ったまま。
そして私は聖女に微笑みかけた。
初めて。
その聖女が表情を見せる。
両手を差し伸べて、私を受け入れる。
私は・・・歩み寄らなかった。
その場で微笑んで。
その背に腕を回した。
真っ白い感触。
その羽根を握り締める。

自分の存在をずっと疑問に思ってた。
なんの為に生きているのか、ずっと疑問だった。
神様を愛せない天使など、意味がないと思ってた。
人間を見てるのが好きだった。
だっていつも“一人”じゃなかった。
一人で歩いていても、心の中にたった一人“特別”があった。
人間が羨ましかった。
簡単に死んじゃうけど、すごく簡単に誰かを愛してた。
誰かを求めてた。
私にはなかった感情を、当たり前に持って、苦しんでいた。
それなのに・・苦しいのに優しくて。
誰かを愛して、許してあげて。
そうして短く生きている。
それがあんまり綺麗で・・・私はずっと見ていたかったの。
ずっと欲しかったの。
そんな気持ちが。
自分に向けて欲しかった。
愛されたかった。
そして愛したかった。
ずっと無理だと思ってた。
新一、貴方に逢うまで・・・
コナン君、あなたの愛を気付くまで・・・
ずっと・・・・


内側の力を全てこの手に込める。
解放するように、全てを集中させた。
白い羽根をしっかりと掴んで、私は全ての力を解き放ちながらそれを引き千切った。
背中に強烈な痛みが走る。
熱い何かが溢れ流れる。
痛みが感覚を麻痺させるけど、私はその手を止めなかった。
熱い。
痛い。
痛い。
痛い。
熱い。
自分の中で何かが千切れていく音がする。
その痛みに気が遠くなる。
自分の背から完全に離れたそれを、目の前の腕に差し出した。
微笑むことが出来たのは、ホンの一瞬。
世界が白く滲んでいく。
その白い世界で聖女は私を見下していた。
愛は、罪なのかもしれない。
それに気付くことが出来たのが、嬉しかった。
罪でもいい。
愛してる。
新一を。
コナン君を。
二人を・・愛してる・・・
もう、目を開けていられなかった。
何も考えられなかった。
最後に感じたのは強い力。
私を攫う良く知っている腕。
そこに私は帰れるんだ。
それが、嬉しかった・・・・・













金色の光が溢れた世界。
夢。
其処は夢の世界。
私・・・?
一人だった。
その世界で一人きり。
誰もいない。
何もない。
「・・・新一・・コナン君・・・?」
何も聞こえない。
何も見えない。
金色の世界はどこまでも・・・

『これをお前に・・・』

新一の声。
いつか新一が私の胸の上に
長い時間口付けた時があった。

『いつ何処にいても。
 お前を想うよ。
 俺が全てに。
 背いても・・・・』

金色の光の感触。
あそこに触れたあれは・・?
新一は笑ってた。
愛してると囁いた。
何度も・・
何度も秘密を囁くように。

『お前に・・何があっても。
 俺が・・・・・』

あの後、新一はなんて言ったんだっけ?

あの、腕に・・帰りたいなぁ・・・


何かがピシリと音を立てる。
金色の世界は突然崩壊した。
目を開けた途端、飛び込んでくるのは白い世界。
そしてやがて全てを覆う、漆黒の世界。
怖くは無い。
不安も無い。
だって、其処は・・・                                     







「・・・お前に何があっても、俺が守るって言っただろう?」
「・・・・」
目の前のすぐ其処にいるのは。
誰でもないたった一人。
「・・し、んいち?」
「蘭姉ちゃんっ!?」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、コナン君が覗き込んできた。
それを見て、思わず笑ってしまった。
「・・泣かない、で?平気・・だから・・・」
「・・・っ」
頭が上手く回らない。
一体どうしてしまったのか。
何処にいるのか。
何をしてるのか・・・?
私は記憶を掘り起こした。
「・・そうだ、彼女はっ!?」
起き上がろうとして、その時違和感に気が付いた。
背中が軽い。
妙に風当たりが・・・そうだ。
「・・わたし・・・」
「無茶なことしやがって・・・」
「どうして・・」
生きてるの?
私は、存在の証を、自分で引き千切ってしまったのに。
・・・私は、影に帰るんじゃないの?
何もかも分からない。
それはコナン君も同じようだった。
窺うように新一の言葉を待っている。
新一は私達の視線から逃れるように、少し視線を流した。
「・・・俺は決めてたんだよ。
お前がどう決めようが、お前を俺の伴侶にするってな。
・・・あの時お前に俺の命を半分、預けていた。
俺の目の届かない場所で、何かあった時に力になれるように・・・
まさか、こんな形で約に立てるとは思わなかったけどな・・・」
「・・・新一・・守ってくれたよ?分かったの・・感じたもの・・」
微笑んでまだ力の入らない指先で、その頬に触れる。
触れたそこが温かくて、私は嬉しかった。
「・・・・蘭っ!!」
急な力で抱きしめられる。
その腕を、羽根を。
ずっと感じてた。
「あんな思い、二度とごめんだっ!!
ちっくしょう・・神のヤツ・・・本当に許さねぇっ!!」
「・・・聖女・・は・・?」
新一の代わりに、コナン君が口を開いた。
「帰ってた。天界に・・・今頃、神の元にいるだろう。
蘭姉ちゃんの翼を・・・手に入れてね・・満足そうだった・・・」
「そうか・・・どうして私、殺されなかったんだろう?」
「・・・でた・・死んでたよ?」
渇いたはずのそれがまた溢れて、コナン君の頬を濡らした。
零れ落ちて、地を濡らす。
「・・聖女の証を失って、蘭姉ちゃんの肉体は・・消滅しかけてた。
・・・その時、あいつの命が発動しなかったら・・完全に・・・
貴女を失うとこだった!!!」
跪いて、コナン君は私の手を取った。
其処に何度も口付けて、コナン君は私の名前を呼ぶ。
なんだか妙に、静かな気持ちだった。
私は・・・なんだか、幸せで・・・そんな気持ちで二人の嗚咽を
聞いていた。






どれだけの時間が経ったのだろう?
魔界は暗闇に包まれてた。
紅い月が空を飾る。
そして私はそれを見上げた。
飛びたくても、もう飛べない。
私は翼を失った。
もっと傍で見つめたいな。
「きゃっ?」
ふわりと身体が舞い上がる。
新一の腕に包まれて、私は微笑んで空を仰いだ。
「魔界も綺麗なモンだろ?」
「うん。すごくキレイ・・・」
「俺が、翼に成るよ?
蘭の翼に成る。愛してる・・変わらずに・・」
紅い月の下で、新一の漆黒の翼は美しく銀の光を弾く。
私はうっとりとそれを見つめた。
そうして、ゆっくりと唇を合わせる。
「?」
すぐに唇が離れた。
其処には、コナン君がいた。
「ったく、見せつけてくれやがって。」
鼻で笑って、新一は私をコナン君に向けてくれる。
私は聞いた。
「・・コナン君はどう・・するの?」
「・・・・」
真っ直ぐに見つめられる。
その瞳が愛しくて、私はなんだか泣きそうな気持ちになった。
「・・・さあ・・何処へでも好きなトコへ行ける。
堕天することは簡単だった・・ずっと押し隠していたことを全て話してしまったから。」
「・・・どうして?知っていたのに、全て隠してたの?」
「・・・・」
その瞳に強い光が宿る。
私を睨みつけるように見つめて、一瞬心がざわめいた。
真っ直ぐに私を捕える瞳。
押し殺していた感情が全て、吐き出される。
「・・・ずっと!ずっと貴女の傍にいたかった!!
貴女が僕のモノにならないと知ってても、貴女の傍にいたかったんだっ!!
その為に・・僕は天使で在り続けた・・・僕の存在は、貴女の・・・・・・」
言葉はそこで切られる。
一呼吸、大きく息を吐いて。
そうしてコナン君は穏やかに私を見つめる。
「貴女が好きだった。ずっと愛してたよ?
貴女の傍にいたくて・・・ずっと、天使でいた僕の存在意味は、
ただ貴女を愛することだけだった。」
「・・・・」
「幸せにね?蘭姉ちゃん・・・貴女を泣かせた時は、僕はこの男を懲らしめに来るからね?」
冗談でなく本気でそう言って、コナン君は笑った。
分かったか?そう言って新一を睨みつける。
「俺が泣かせるわけねぇだろ?この髪に誓っても在り得ないね、そんなことは。」
「・・・分かってる。」
「・・・」
私はそのやり取りを聞いていた。
黙って見つめていた。
でも、でも・・・
コナン君を見つめる。
彼は満足そうに笑っていた。
私を見つめて、そうして優しく微笑んだ。
予感がした。
もう、逢えないのかもしれない・・・・
コナン君は、私の知らない所へ行ってしまう気でいる・・・
私は新一を見上げた。
新一は私を見つめる。
その目が優しく笑っていた。

「・・・蘭姉ちゃん、それじゃ・・・」
「・・・・」
「・・・蘭」
迷う瞳が新一を捕えた。
新一は笑っていた。
肩を竦めて、片目を瞑ってコナン君を呼び止める。
「?」
「・・しん、いち?」
「愛してるよ、蘭。
俺はお前の望みだけを叶える。例え、それがどんなモノだとしても。
良いんだよ?
口にしてごらん?
どうしたい?
蘭はどうして欲しい?
俺は、俺達は・・・そんなこと簡単に叶えてやれるよ?」

「・・・・」

「蘭姉ちゃん?・・どうしたの?
どうして、泣きそうなの?
何が嫌、なの?
どうしたいの・・?」

「・・・・」

涙が零れる。
自分の愚かさに哀しくなった。
でも・・・
私の願いはとても我儘で。

「・・やだ・・行っちゃ・・やだ・・・」

愛は罪。
愚かな愛。
それは罪なのかもしれない。
でも。

「コナン君・・行っちゃやだ・・。
傍にいてくれなきゃ嫌なの・・・蘭は、コナン君がいなきゃ嫌」

溢れてくる。
視界が滲む。
新一を愛してる。
それでも。
コナン君も愛してるの。
どっちも、いなくちゃ嫌なの。

だって、蘭は、二人のモノ。

「・・・蘭、姉ちゃん・・?」

信じられないようにコナン君が私を見つめる。
恥ずかしい・・きっと呆れてる。
二人とも、呆れてるに決まってる。
でも・・言わずにはいられなかった。


どんなに我儘なことを言っていると分かっていても。
私には二人とも、必要だった。

「新一が好き、コナン君も好き。
どっちもいなきゃ・・困るよ・・・。
バカみたいだけど・・・二人がいないと嫌なの。」

「・・・もう一度、言って?」

「・・二人がいないと・・」

「その前。」

「新一も、コナン君も・・」

「その先。」

「?・・・・蘭は、コナン君がいなきゃ嫌・・」

新一の腕の中で。
私はコナン君に抱きしめられていた。
その強さに驚いて。
その温かさに安堵する。

すぐ目の前に。
同じ高さにコナン君の顔があった。
恥ずかしくてまともに見れない。
でも・・その笑顔が。
初めて見たそんな眩しい笑顔が、もっと見たくて。
私は目を背けなかった。
ずっと、ずっと一緒にいたのに。
私はコナン君のそんな嬉しそうな顔。
今、初めて見たのだ。

「・・・愛してるよ?今も、これからもずっと変わらずに。だけど・・・」

「!?」

その感触に驚いて、私は瞬きを繰り返した。
初めて触れる、コナン君の唇。
そこに触れて、私はコナン君を見つめた。

真っ直ぐな瞳。
愛しさを込められて、私はもう一度口付けられる。

「もう・・今までみたく、優しくなんか愛せないよ?」

「??」

頬が赤くなるのが分かった。
コナン君は嬉しそうに私を見つめる。
後ろでのんびりとした声が聞こえた。

「ま、気長に勝負はつけようぜ?」

「お前だけに蘭を渡さない。」

「チッ、いきなり強気になっちゃってさ。
まぁ良いよ。蘭はゆっくり俺のモノにする。
大体俺の半分は、もう蘭のモノだしな♪」

「これからの全ては、僕が占めてやる。」

二人の不思議なやり取り。
だけど、私は笑っていた。
新一の腕の中で。
コナン君の瞳の中で。
私は嬉しくて、笑ってしまう。
初めて聞いたな。
コナン君に名前呼び捨てにされるの。
なんだか気恥ずかしいけど、幸せ。
新一の腕の中で。
誰よりも確かな愛を感じて。

「愛してる、蘭」

誰よりも愛してる二人の声が重なる。
手の甲に。
額に。
温かい口付けを感じて。

私は微笑んだ。









漆黒の世界で。

6枚の翼を持つ悪魔と。
4枚の翼を持つ天使と。
翼を持たない聖女の。



今は遠い昔話。

今と同じ時間の中で。

遠い空間の物語。



それは誰にも傷つけられない。
最後の楽園の物語――――








THE END



2001/07/30









Written by きらり

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