二人の夜  一人の朝




此処はどこ?
此処は真っ暗闇の中。
何も見えない。
何も聞こえない。
私は何処?

私は・・・・

誰?





時間は零時。
明日は月の息に洩れて。
今日が月の影を落とす時。
人々は星の川に目もくれない。
時々見上げるその願いは叶うことなく。
初めからそれを知っていたように微笑んで。
そうして、朝を乞う人の憂い顔を他所に、
二人は微笑み合う。
場所は東京。
時間は零時を過ぎて。
今日が星の祭りの始まりだということも
知らずに、恋人達は幸せな時間に酔い痴れていた――――


夜を閉じ込めたそれよりも濃い、深い闇の色。
その色の三対の翼が何かを包み込むように、形取られた。
腕の中にしっかりと抱いた大切なモノ。
誰にも取られないように。
誰にも見せないように、しっかりと抱きしめて。
そうして新一は溜め息を漏らした。
「?」
「・・・」
「・・どうしたの?新一・・?」
「はぁ〜〜〜」
疲れたような溜め息に、腕の中の天使は身体を捩じって向きを
変えた。
新一に向き直ると、髪に埋める顔を覗き込もうと蘭は必死に肩を動かす。
「・・違うよ。なんでもねぇ・・たださ。」
「?」
「・・至極久しぶりじゃねぇか・・・こうやって二人きりで逢えるの・・・」
ぎゅうっと確認するように、もう一度力を込めて新一は天使を抱いた。
真っ白の翼が少し窮屈そうに震えて。
そうして蘭は腕を回した。
黒い翼を避けて、その背中に腕を回す。
回り切らないそれを、少し嬉しそうに指で引っ掻いた。
「・・私も。同じこと考えてた」
「・・・そっか?」
柄にもなく、声が上擦る。
俺はそれを悟られないように、必死に押し隠す。
そんなことしなくても天然なコイツには分からないだろう。
それでも。
知られたくなかった。
こんな、余裕のない自分自身。
余裕なんてかましてられない。
お前にはダメなんだ、俺は・・・
「新一・・・」
「ん?」
「・・・有希子さんのこと、どうして話してくれなかったの?」
新一の胸に頬を預けたままで、蘭はそうっとその表情を見上げようとした。
「・・ああ、パンドラのことか?」
「ううん、だって・・新一のお母さんが天使だなんて・・・想像も出来なかった。」
「いつか、きちんと話すつもりだった・・お前が、同じ気持ちに
なった時に・・・」
「?」
顔をあげようとするのに、抱きしめられて上手く動くことが出来ない。
俺はしっかりと抱きしめた。
まだ早いと思ってたんだ。
でも・・・時は思うよりもずっと早く、その時に向かっているように思う。
それは・・・俺の気のせいなんかじゃない。
今こうしている時間が、極僅かなことを。
俺はどこかで感じていた。
「なぁ、蘭・・・俺が好きか?」
「・・・・?」
腕の中の天使は本当に綺麗で・・・優しくて愛しくて、今にも。
このまま壊してしまいそうで・・・それなのに、抱く力を抜くことが出来ない。
「・・新一・・・もう、何度目?」
「・・・」
「大好きよ。好き・・・」
「蘭・・」
腕の力を抜くと、蘭はふわりと舞い上がった。
離れていけないように、腰はしっかりと抱きしめたまま。
「どう言ったら伝わるんだろう?
誰よりも愛してる・・・こんな気持ち、生まれて初めてだよ?」
「・・・俺も、だ。」
両手の平が俺の頬を優しく包み込み、そうして額にキスをくれる。
触れるだけの優しいキス。
何度も触れて、離れてまた触れる。
瞼に口付けられて、俺は目を閉じた。
「この世の誰よりも、新一が好き・・・ずっと、永遠に好きだよ?」
「・・・・俺の、モノになるか?」
「?」
感情を押し殺して、俺は淡々と言ったつもりだった。
意味が計り知れないのか、不思議そうに蘭が俺を見下ろす。
もう一度、俺は想いを込めて言った。
禁忌への誘い。
これが何を意味するか・・・お前には、まだ分からないだろう?
「・・俺は、もうお前のモノだ。
この魂も、魔力も・・翼も・・全部お前にやる。」
「・・・」
「永劫の魂を愛を、お前に誓う。」
悪魔が何を言うのだろう。
天使に愛を囁いて。
この翼に閉じ込めて。
そうして愛を誓うというのか・・・そうだ。
俺は誓う。
もう、お前以外を、愛せない。
愛することなんか、他に知らない。
これは、お前にしか与えられない・・・そうじゃなきゃ。
何処にも行き場がない。
「この翼に誓う。魂が尽きるまで・・俺はお前のモノだ。」
「・・・新一?」
信じられないような目で俺を見ないでくれ。
信じる価値なんかない。
俺は悪魔。
天使の蘭。
俺たちは全然違うモノだ。
それでも・・俺はお前を愛した。
出逢った。
あの時から、これは間違いではないのだろう?
運命の皮肉でも、悪戯でもない。
これが間違いでも何でも構わなかった。
出逢ったことは、もう変わらない。
この想いを誰が、裁くというのだろう・・・
「・・・新一が・私のモノ・・・?」
「ああ・・嫌、か・・?」
「・・・」
ぼんやりと夢見ているように、蘭は俺を映している。
ただそれだけ。
夜の星たちを閉じ込めた瞳に、映る悪魔。
俺の姿・・・その黒い翼。
この罪を、有罪を・・見透かされているような気持ちで、俺は戸惑った。
少しだけ過去を後悔した。
血まみれの俺の翼。
この手で引き千切った天使の翼。
命乞いをした者を・・人間も悪魔も、天使さえ・・・俺は見境なく殺したよ?
・・・ああ、なんで俺は思わなかった。
こんな出逢いを夢にも思えなかった?
俺がこんな存在に、愛を誓うなんて・・・自分でも、見えなかった。
こんなふうになるなんて、俺は思えなかったんだ。
俺の罪を知ったら、お前は俺を呪う?
この手で殺した天使の数を知ったら、お前は俺を嫌う?
奪った命を弄んだ俺を・・・天使のお前は許せない?
「・・・新一、誓うよ?」
「・・・・」
「私はあなたに誓う。永久にあなたを愛するよ・・。
この命が存在が有罪であっても・・・何があっても、あなたが好き。
永遠に・・・あなたを想う。」
「ら、ん・・?」
綺麗な瞳が、嬉しそうに瞬いた。
真っ直ぐに俺を見上げる瞳。その優しさと愛しさ。
愛を紡ぐ唇は、まるでこの世のモノとは思えなくて・・・
「私は・・・蘭、は・・あなたを想う。
いつも、いつまでも、この命がある限り・・・あなたを想うよ。
私の全ては・・・永遠にあなたのモノ。」
「・・・・」
優しい口付け。
それは多分、蘭から与えられる初めての・・・
夢中でその身体を引き摺り落とした。
そうして腕の中に抱きしめて、この翼で包み込んで。
俺はもう一度愛を誓う。
そして口付ける。
こんなふうなのは知らない。
俺は奪うことしか知らなかった。
なのに・・・俺は今、与えている?
お前に与えられている?
この想い。
この誓い。
この愚かな、愛を・・・お前に。

「ずっと、一緒にいよう?もう・・・離れたく、ないから・・」

「・・離してやらねぇ・・・もう、泣いたって、お前を離してやらないからな?」

「・・・いいよ。新一なら、良い。
離さないで、ずっと・・・」








此処はどこ?
真っ暗な闇の中・・・
何も見えない。
あれは何?
何も聞こえない。
あれは何?
私は何処?

私は・・・・アイ・・・

私はもう一人の私。

そう、分かるわ・・・


私は、私。
誰でもない。私よ・・・




空は暗闇に覆われて。
真っ白な月が、天界の空を照らしていた。
全ての者は眠りについている。
蘭が戻らないことが、気がかりだったが・・・
今はそれよりも、気がかりなことがあった。

昨夜・・・聖女は出逢った。

禁句の名を持つ彼女に・・・・数百年前。

この天界で、唯一人の聖女だったパンドラに・・・。

コナンは飛んでいた。
先程感じた胸騒ぎが、予感ではないことを感じている。
これは確信。
神への接見はこんな夜中では許されない。
神は僕を呼ばない。
それが、全てを確信に向けていた。
全力のスピードで、天界の中心の空間に辿り着く。
夜でもそこは明るい。
木になっているそれらが、青白い光を放っているのだ。
天使が生まれる。
天使の始まり。
全てがそこから、紡がれる。
天界の聖域。
ここは天神樹の歪。
天界の始まりから、在り続けるそれは・・・普段誰も近付くことはない。
選ばれた天使だけが、その赦しを得ていた。
「・・・・・」
二対の翼を羽ばたかせて・・・コナンはジッとその木を見上げた。
何も、変わりはない・・ように見える。
だけど、そんなわけがない。
コナンには分かっていた。

蘭は聖女の存在を知ってしまった。

そしてその存在が自分自身であることもだ。

自覚はないにしろ、そんな彼女が愛するのは・・・・

他でもない、天使でもない。
神でもない、悪魔なのだ。

人間は上手い言葉を残す。
その歴史に、命の狭間に・・・決して忘れられることはない、
言霊たち。

“歴史は二度、繰り返される”

神は知っていたのだ。
知っていて、見ていて止めなかった。
そうとしか思えない。

最初から、蘭が悪魔と出逢うこと。
恋をすることを。
愛を誓うことを。
だとしたら、僕は何の為にいるの?

・・・最初から分かっていた。
神は、僕を、許していなかったのだ。
そうじゃない。
そう、思わせていた。
神は完璧な存在だった。
その愛はなんびとにも平等で。
・・・天使へも悪魔へも・・人間にすら、変わりはない。
神は知っていたのだ。
そうして許していた。
愛を止めずに、罪を見逃して・・・
最初から、
僕を罰するつもりなど、なかったのだ・・・・


「・・・・・・・ッ・・」

考えてはいけない。
その愛を疑ってはいけない。
自分の存在を信じなくてはいけない。

けれど。

僕は何の為にいるの?

どうして生きているの?

誰がそれを望んだの?

彼女は僕を愛さなかった。
蘭も僕を選ばなかった。

なら、どうして・・・出会う意味があったのだろう?


『・・私は・・アイ』

「!?」

その声の元を探す。
木の根元を良く見ると・・・

コナンは息を漏らした。
間違ってなんかいなかった。
神は、やはり許していない。
神は、やはり愛している。

彼女を。

愛してるのだ・・・・

『・・・私は、何処にいるの?』

つい今しがた、割れたばかりの卵の殻。

それは天使の卵。

そこにいるのは・・・


『・・・私は哀・・・聖なる翼を持つ者。
この身に裁きを・・・聖女の罪に、裁きを与うる者・・・

・・・神は、言う  “汝、我の為に愛を繋ぐ糧と成れ”』


全能を司り。
その愛をどこまでも許したもう存在。
神・・・
それはやはり巧妙で・・・全ては、その手の平で・・・

『私は哀・・・聖女のもう一つの翼。
聖女は二人も要らない・・・・私は私を・・・』


そんなことさせない。

そんなこと僕が許さない。

彼女は聖女でもなんでも、構わないんだ。
ただ、そこにいてくれるだけでよかった。
ただ一緒にいれるだけで、幸せだった。

例え神の為にしか、存在出来ないのだとしても・・・

僕は、君を愛していたかった。

その為だけに、生きていたかったのだ。

君を守るよ?

君の笑顔が好きなんだ・・・





『聖女は二人も要らない。
私は光・・・私は影・・・・私は、私を殺しましょう・・・』




“歴史は二度、繰り返される”


神はだから・・・だから、蘭を生かしたのですか?

あなたは過ちを二度繰り返すわけにはいかなかった。

神は・・・全てを知っていらしたのですね?


この愛が、蘭を育てること。

この愛が、間違っていくこと。

この愛で、僕を殺せること。

この愛が・・・・あなたを救う為ならば・・・・




僕は、神を、殺しましょう。

この身がどうなろうと・・・




僕はただ、

蘭姉ちゃん・・・


貴女に生きていて欲しいんだ――――――










2001/07/12








Written by きらり

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