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『 暑中お見舞い申し上げます。
 新一、元気してますか?
 毎日暑い日が続きますね。暑いからって
 冷たいもの食べ過ぎてない?
 健康管理は大切に!
 あんまり無茶しないでね。
 それでは身体に気をつけて。

           蘭 』



着信したメールを読んで。
浮かんだのは苦笑。
律儀だよなぁ・・そう思いながら、俺は携帯をしまった。


返信をなんてしようか、考えて。
携帯をしまって部屋を出る。
夏休みが始まったばかりで、なんだかこうして平日の午前中に
のんびり出来ることが妙な感覚がする。
まさかまた小学生の夏休みドリルをやることになるとは思わなかったぜ・・
あらかた宿題は片付けたが・・なんだか気分が晴れなくて部屋を出て、
キッチンへと向かった。
麦茶でも飲むか、そう思ったんだ。



「あら、コナン君。
宿題はもう片付いたの?」

「蘭姉ちゃん、何してるの?」

キッチンにいるのはTシャツと短パン姿の蘭だ。
暑いのか、長い髪を上で束ねて・・ポニーテールにしている。

「んー、折角一日のんびり出来るからね。
普段掃除出来ないトコ、掃除しちゃおうと思って・・」

・・・この暑いのによく働く女だよなぁ・・・

「あれ?蘭姉ちゃん部活は?」

「ふふ、実はね一週間お休みなんだよ。
なんだっけ、老朽してたトコを修理お願いしたんだって。」

「ふぅーん。」

「で、コナン君。宿題は?」

普段使ってない下の棚の中に頭を突っ込んだまま、蘭は聞いてくる。
俺は冷蔵庫に向かいながら返事をした。

「ちゃんと今日終らせる部分は終ったよ。」

「えらいね、コナン君。」

「そんなことないよ。後でゆっくり遊びたいからね。」

冷蔵庫の中から取り出して、硝子のコップに注ぐ。

「蘭姉ちゃんも飲む?」

「ありがとう。」

汗を首に下げていたタオルで拭きながら、蘭は顔を上げた。
そうして立ち上がって蛇口を捻ると手を丁寧に洗い始めた。

「ふぅ・・こんなもんかな?」

「・・・・」

もう一つのコップに麦茶を注ぐ。
暑いんだろうな・・・ぼんやりとしながら俺はその液体を眺めていた。

思った以上に淵近くまで注いでしまって、俺は慌てて手を止めた。
きちんと蓋をしめてから冷蔵庫の中に戻す。

「頂きます。」

蘭はきちんと云ってからコップに口をつける。
白い首筋が飲み込む仕種で動くのがヤケに目にこびり付く。
光る汗が流れて行く。
それをぼんやりと見上げていた。

「コナン君?どうしたの?」

「えっ?別に、なんでも?」

「そう?ぼーっとしてたよ?」

「・・・そうかなぁ。」

首を傾げて頭を掻いた。

いや自分でも分かってる。
暑さのせいか?
なんだか酷く思考が鈍かった。
何を考えてたんだっけ・・・?

蘭が笑みを浮かべてこちらを見ている。

その顔を見て何かを思い出しかける。
でもなんだかハッキリと思い出せなくて、苛立ちが湧いてくる。
それを押さえ込むかのように、俺は麦茶に手を伸ばした。

ゴクゴクと一気に飲み干してしまう。
冷たい液体が喉を通る、その感触が妙にリアルに感じて。
頭の中で何かが引っかかった。


「コナン君、大好き。」


「・・・へっ?・・えええっ!?な、な、なにを急に、蘭姉ちゃん!?」


「ふふ、なんでもない。」


なんでもないハズがない。
だって。
蘭が俺を・・いや、コナンを好きだと。
目の前でそんな笑顔で、云われても・・・
俺は急な自体に上手く言葉が浮かばなかった。
一体なんだって云うんだよ?!


「なんでかな?

急に云いたくなっただけ、だよ?」


「・・・・・も。」


「ん?」


そんな可愛く聞き返すな。

俺も。

「・・僕、もだよ・・蘭姉ちゃん・・」


そう云ったんだよ。






「折角の夏休みなんだから遊びに行ってくれば?
元太君たちと遊ばないの?」

「・・・今日は別に約束してない。」

「そう・・あっ、私ねお昼ご飯作ったら出かけてくるから。
園子と買い物行く約束してるのよ。
コナン君良かったら一緒に来る?」

「ううん、いいよ。僕お留守番してる。」

「そう?」

空っぽのコップを二つ。
片付けながら蘭は不思議そうに云った。

ああ、そうだ。


いつもだったら、子供らしい笑顔をつけて。


「うん、一緒に行く!」


そう、云えていたのに・・・・





昼を過ぎて。
蘭は俺とおっちゃんの昼食を用意すると、慌しく出かけていった。

俺はその背中を見送って。

そして一人、三階の自宅にいる。

暇だし、事務所に行ってるか?


部屋に戻り、ベッドに寝転んだ。

携帯を手に、さっきのメールの返信を考える。


少しだけぼーっとしていたのかもしれない。



今日は少し調子が悪かったのかもしれない。



寝苦しさも部屋の中の暑さも構わず。


俺は眠ってしまっていた。





目が覚めて。

俺は掻いた汗の気持ち悪さに眉を顰めながら。
エアコンの効いたリビングへと戻った。
顔を洗いに洗面所まで行き、時間を確認する。
もう4時を過ぎている。
蘭はまだ帰ってないようだ・・・

「・・・・おせぇな・・」

事務所の方にいるのかもしれない。
不意に思いついて、玄関を出た。
階段を降りて・・不意に郵便の配達員に気がつく。
俺が探偵事務所の扉のノブに手を伸ばしてることに気づいた配達員は、
人の良い笑みを浮かべて近寄ってきた。

「毛利探偵事務所の子?」

「うん、そうだよ。」

子供らしく返事してみる。
その白々しさに、我ながら嫌な笑みがこぼれた。

「これ渡してもらえるかな?
手紙だよ。」

「ありがとう、郵便やさん。」

しっかりと数枚の封筒とハガキを預かる。
配達員は下に降りるとバイクに付属されているバックの中の郵便物を
確認しているようだった。


「・・・・」

封筒は重要な知らせのようだ。
ハガキはどこかの店のセールや広告が多い。

「・・・ん?」

一枚、丁寧な文字で書かれた俺の名前を見つける。

「俺にか?誰だ?・・・・・」

江戸川コナン様と丁寧に書かれた文字は見覚えがある。

「・・・アイツ・・」




『 暑中お見舞い申し上げます。
 コナン君がやってきて、初めての夏ですね。
 暑さに参ってませんか?
 夏バテは大丈夫かな?
 夏休みはたくさんあるけど、早めに宿題は片付けて
 たくさん遊んでください。

 時には私ともちゃんと遊んでちょうだいね?

 


           毛利 蘭 』


「アイツ・・何やってんだかよぉ・・・」

苦笑は歪む。

俺は笑えてしまって、仕方なかった。



コナンに宛てた暑中見舞い。

同じ家に住んでるのに・・馬鹿じゃねぇか・・・


「馬鹿じゃねぇよ・・・」


そうなんだ。


「アイツは、馬鹿じゃねぇんだよ・・」


俺と違って。


優しくて。

思いやりがありすぎて。

自分のことなんて容易く後回しにしちまう。


その方が簡単に出来てしまうくらい、馬鹿なんだよ。

優しい、女なんだよ。



『大好き』

そう云われたことを思い出す。


『なんでもない』

そう云ってくれたことを思い出す。



そうやって。



容易く俺を気遣うんだ。












優しく。


馬鹿な女を演じてくれる。









「ただいま〜コナン君。」


「お帰り。蘭姉ちゃん。」


「今日は夕飯なんにしよう。
ごめんね、遅くなって。お腹空いたでしょう?」



そうして綺麗に笑ってくれるから。




「僕、ハンバーグが良いな。」

「コナン君はそればっかり。」

「だってぇ〜」

「うん?」

「蘭姉ちゃんのハンバーグなら、毎日でも食べられるもん。」



容易くダマされた振りをしてくれる、お前に。




重ねる嘘を、俺はつこう。















★★★★★★★★★★★★★
2002/07/20














Written by きらり

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