始まりの時間








きっかけは些細なことで。

出逢いは他愛も無い非現実で。

そして執着は知らず増殖し。

自分の中で持て余す程の感情は育つ。



どうして心は向かうのだろう?

あの色に。

その瞳に。

あの人へ。







眠れねぇ。
枕元の時計は夜中の三時過ぎを指している。
部屋の明かりは消してからもう三時間以上経っている。
毛布をかけて、俺は何度も目を閉じた。
その度に脳裏に浮かぶのは一人の女。
透明な瞳。
柔らかそうな髪。
そして、綺麗な色。
その感触を思い出す。
指先があの子に触れたことを何度も鮮明に思い出させる。
欲求が溢れて。
何かがこみ上げて来て。
俺は俺を持て余す。

愛物だとか。
PETだとか。
興味がなかった。
とても人間以外には思えなかった。
あんなに綺麗な生き物なのに。
思い出すのは銀の檻。
そして何十枚にも渡る説明書。
そしてたった一枚の紙切れの誓約書。
・・・NO-Aの称号。
あのマークが気になってる。
なんでだ?
見た記憶はない。
だが・・見ていない記憶もないのだ。
妙に引っ掛かる。
あれを俺はどこかで見たんだ。
クロスを軸に5枚の翼。
その色は黒。
白。
黄。
青。
赤。
五色の翼。
アンバランスなそれ。
あのマークは・・
イヴの言葉を思い出した。
『NO-Aの称号』を持つ唯一の病院?
なんだか記憶が纏まらない。
忘れてるんだ。
そして思い出しかけてる。
あのマークをいつ、何処で?
どうして俺は見た?


彼女の儚い表情にそれがダブる。
真っ白い羽根。
カナリアの少女。
俺の中で今一番心を占める存在。
彼女が欲しいのか?
愛物として?
そうじゃなく。
こんな気持ちになるのは何故だろう。
本当は俺が、一番拘ってるのかもしれない。
人間でない存在。
その姿は人間のモノなのに。
異なる存在。
そのわだかまりを一番持ってるのは俺なんだろうか?
どうして欲しいだなんて、云える?
俺があの子を占めるなんて。
どうしてそんなことが云える?
俺には・・・そんな権利ありはしないのに。






酷く扉が重かった。
PETSHOP『EVE』。
その硝子扉を押す。
古めかしい土鈴の音が響く。

「黒羽様、いらっしゃいませ。」
「・・・・」
「? どうかなさいましたか?」
「いや、なんでだ?」

カランと音を立てて閉める。
そういや最近この店に客が来てるのを見ないな。
俺はそんなことを考えていた。

「カナリアを見に来たようではないさそうですね。」
「いや・・そんなことは・・」

大人びた微笑。
見透かされてるような気がして、後悔した。
やっぱり今日は来なきゃ良かったんだ。
踵を返すのはなんだか億劫で。
俺はそこに立ち竦んだ。

「どうぞ、お座り下さい。」
「サンキュ。」
「何か、御飲みになります?」
「いや、良いんだ。気にしないでくれ。」

イヴはソファの傍の椅子に腰掛け。
俺の言葉を待っている。
本当に・・厄介だな。
子供に俺は・・・
その時、俺は初めて気付いた。
ずっと感じてた違和感。
それは・・

「アンタ、子供じゃないよな?」
「・・・・」

にっこりとイヴは笑ってみせた。
綺麗な仕種で脚を組み直す。
そうして無言のまま俺に座るよう示した。

「・・・・ああ、俺はすっかり見かけに誤魔化されてた。
なんでだ?
どうして俺に膜が掛かってた?
最初、からか?」

俺は自分に呆れながら、ソファに腰下ろす。
大体少し考えれば分かる筈だ。
この時代、子供が店を賄うことは全然不思議じゃない。
只でさえ人口はまだ少ないし、純粋な人間は僅かだ。

「アンタ、中身が違うんだろ?
なんてったっけ?記憶移植・・を受けてるんじゃないか?」
「・・・・私はイヴ。
精神も記憶も、私の物ですよ?」
「・・・・・」

じっとイヴの瞳を見つめる。
コイツは視線を外さずに真っ直ぐに俺を見つめた。
頑固とした自信がそこには見える。
思い違い、の筈がない。
確かに俺は感じた。
コイツは、確かに本物の人間なのかもしれない。
でもそれじゃあ、あの雰囲気は出せない。
俺よりもよっぽど大人じみた。
全てを知り切った瞳。
その諦めと愛しさを同時に閉じ込めている。

「・・・・」
「お疑いでしょうか?」
「さあね。どうでもいいや・・」
「そうですね。」

暫く沈黙が続いた。
アンティークな壁時計の秒針だけが響く。
今更気づく。
この古びたビルの中の店にしては、おかし過ぎる程静かな空間。
どれだけ昔の素材を使っていても、これだけ音がしないのはおかしい。
今更そんな矛盾に気づいた。
俺は全部見た目に騙されてた。
フェイクか?
全て素材は煉瓦と木材。
そう見えてるのに、この部屋には隣りの部屋どころか外からの音も聞こえてこない。
完全な防音設備だ。
ここにきて、どれだけ経つ?
もうかなり来てるのに、俺は今更それに気がついた。

「難しいことは考えないようにするのが一番ですよ。」
「嘘だね。アンタはそんなことばかり考えてるんだろう?
人間が、考えることを止めたらそれこそが堕落だ。
忘れてることをいいことに、無駄に生きたくねぇよ。」
「・・・・」

見開かれた瞳。
驚いたように俺を見つめるイヴの瞳は、不思議な色合いをしていた。
感情の波が読み取れない。
躊躇。
戸惑い。
そして・・

「イヴ?」
「・・・黒羽様は、本当に珍しい方ですわ。」
「そうか?アンタもだけどな。」

皮肉を込めるとイヴは幼い笑みを浮かべて見せた。
そういう顔してりゃ年相応に見えるのにな。
違う、見た目と同じく見えるってことか。

「では、何を考えてるのでしょう?
貴方の心の、戸惑い?
それとも記憶の中の空虚ですか?」
「・・・お前?」
「人にはそれぞれ心と記憶に空間を抱くものです。
人は悲しいかな、忘れやすい。
大事なことも時間が麻痺させてしまう。
思い出に変えて、本当は必要なことさえも必要でなくしてしまうのです。
なぜか、分かりますか?」
「・・・・」

その瞳は利発に煌いていた。
そうして俺の真意を探り。
何かの手ごたえを感じている。
俺はイヴの真意を零さぬよう、意識を集中させた。

「生きていくには時間が絶対関わってきます。
時間にはものを流す力があるのです。
出来事を思い出に、苦しみを切なさに、そして切なさを愛しさに。
人は流れていく性質を持っています。
生から死へ。
生まれた瞬間から、もう動き出して・・・
それは、誰にも止められません。
時間には逆らえません。
なぜならば、その流れこそが人に必要なもの。
時間こそが人間を許すものだから。」
「・・・・・」
「忘れても構いません。
必要なことでも、そうでなくても。
もし。
本当に貴方にとって、必要なモノならば。
どんなに流れても、形を変えても。その手に必ず握り締めていられるでしょう。」
「俺は、それでも忘れてるんだ。」
「忘れたものは思い出せます。
いつか流れてきます。
ささやかなきっかけが、貴方の中に。」

まるで流れてくるような言葉。
全て忘れぬように記憶した。
しっかりと一文字も聞き漏らさぬように。
全ての言葉を記憶した。

一息置いて、イヴは視線を時計に流す。
古い螺子式の壁時計。
もうすぐ四時を指す。

「戸惑いは、流れていきます。
いつか形を変えます。
今すぐに無理でも。そして、それは今すぐにも。」
「・・・・」
「人の傲慢など、歴史の前ではささやかなものです。
むしろその強欲が歴史を作り上げているのでしょう。
貴方の思いが傲慢でないと、誰が云えますか?
その思いが傲慢だと、誰が云えるのでしょう?」
「愛物を人間のものにしていることも、傲慢ではないというのか?
それは支配欲じゃないのか?人間の。
最も、愚かで邪まな・・・」

その微笑にハッとする。
イヴはまるで全てを知ってるかのように笑っている。
俺にだって分かっていた。
自分がどれだけ罪深いことを云ってるのか。
愚かしい答えなどない、渦のような感情。
でも考えずにはいられない。
あの子を欲しいと思った。
あの子と生きたいと思ってしまった。
でも本当は。
俺にも、誰にも。
そんな権利はないんだろう?

「本当は貴方は分かってますよ。
ちゃんと、答えを持っています。」
「どうして、お前に・・そんなこと分かるんだよ。」
「・・この数日貴方は毎日来て下さった。
そして愛物とでなく、私と話したいと思って下さった。
私はその時、分かりましたわ。」
「俺を、買い被るなよ。」
「はい。」

悪びれぬ笑顔。
幼さを残した完璧な微笑。
コイツがどっちかだなんて、本当はどうでも良かったんだ。
だってコイツはイヴだ。
登録証明書にどう書かれてようと。
コイツが俺にイヴだと名乗った。
人間なんだと云った。
本当は、それだけで良かったんだ。


「カナリアはずっと待ってますわ。
どうぞ、奥へ・・・」

完成された美しい仕種。
イヴは俺に立ち上がるよう促がす。
俺は動かされるように、立ち上がっていた。

「・・・待ってる?」
「ええ。もう先ほどからずっと。」
「・・・・」

足は奥に向かっていた。
イヴの視線を背中に感じてた。
早る感情を押さえ込む。
緊張しているのが分かった。
待っていてくれる?
彼女が?
俺を?
どうしてだろう。
嬉しさよりも感じるのは、恐れにも似た感情。

小鳥の部屋。
たくさんの鳥たち。
全てつがいに入れられている。
広く大きな銀の檻。
その中で膝を抱えて座る少女。

「・・・・・」

息を吐いて、俺は扉を閉めた。
天井から差し込んでくる光。
その光を少し眩しそうに眉を顰め。
少女はこちらを見ている。
無表情だった。
けれど最初の警戒も不安もそこにはない。

「・・・なんでだ?」

ゆっくりと檻に歩み寄る。
そしてその柵を握り締めて、俺は膝をついた。

「昨日逢ったばかりじゃねぇか・・なんで、なんでこんなに・・
逢いたかったんだ?」
「・・・・」

少女は無言のまま俺を見ている。
透明な瞳に俺を映してる。
それさえも本当は怖くて。
俺はどんな風に、お前の目に映ってるんだろう・・

「名前、呼びてぇな・・」

顔を上げて、少女を見た。
少し戸惑ったような表情。
ぎゅっと胸元で握り締めた拳が小さくて。
不安に手を伸ばす。

「お前の名前、ないのか?
お前の名前、呼びたいよ?」
「・・・・・」

ふるふると少女は首を横に振る。

「・・・えっ?・・」

自分でも間抜けな声が出た。
俺は頭を振って、もう一度繰り返す。

「お前、名前ないのか?」
「・・・・」

こくんと小さく少女は頷いた。
今度は縦に。
明確に、伝えてくれる。

「そうか・・ないよなぁ・・まだ、誰もいないんだもんな・・」

引き取る者がつけるようになってるんだろう。
俺はそんなことをぼんやりと考えていた。
違う。
そんなことじゃなくて。
俺が、何も考えられないくらいに。
感動しているのは、少女の意思。
俺に返事をしようとしくれた気持ち。
してくれた、現実。
言葉になんか出来ない。
なんて云えばいいんだろう・・

「なぁ、俺がつけてもいい?
俺、お前を呼んでもいいか?」

お前を俺のモノにするなんて、そんな傲慢なこと思いたくなかった。
お前が欲しい、なんて。
そんな醜い感情を、お前に向けたくなかった。

「俺・・お前が欲しいよ、・・・あ、おこ・・・」
「・・・・・」

冷たく太い柵を握り締める。
握れば握る程これの太さ、冷たさを思い知った。
この中にずっと彼女は閉じ込められてて。
そこから解放することは、新たな呪縛を意味して。
俺は・・どっちがいいのかなんて判別出来ないでいた。
だって、それは・・俺じゃない。
他の誰でもない。
この子が決めることなんだ。
本当は・・・
誰かを自分の思いで、自分のモノにしようなど。
そんな傲慢な感情を愛情と括りつけるのは人間だけなのだ。
それでも。
想いは唯一つで、それでも純粋で。

「気に入ってくれねぇかなぁ・・初めて逢った時に思ったんだ。
お前は絶対空の下の方が似合う。
お前が笑う声聞いた時、すげー気持ちよかった。
思い出すたび、青い空が浮かんだ。
見てると気持ちいいだろ。」
「・・・・」

不思議そうに小首を傾げる少女。
差し出した手を戻した。
俺はそれを自嘲を浮かべて見つめる。

「お前の笑う声思い出すと気持ちが良かった。
俺の好きな青い空に似てる・・お前に笑って欲しいよ?」
「・・・・・」

笑って欲しい。
幸せにしたい。
なんて傲慢なのだろう。
なんて愚かなんだろう。
そんなこと、相手は望んでないのかもしれない。
本当は俺じゃなくていいのかもしれない。
それでも。
それなのに、俺が与えたいなんて。
俺がそれをお前に与えられるだなんて、なんて自惚れだよ。

「・・・・・っ」

額を柵に押し付けて。
俺は許しを乞うた。
誰にだろう?
誰に許されたいんだろう、俺は・・・

「ア、オコ・・?」
「っ!?」

額をつけたまま、俺は耳を凝らす。
聞き間違い、なんかじゃない筈だ。
でも・・・

「あおこ・・優しいお、と・・・」
「お前っ!?」

顔を上げて、檻の中を見つめた。
少女の顔を凝視する。
不思議そうに首を傾げて、少女は俺を見つめていた。

「お前?・・言葉、を?」

曖昧な微笑。
色の薄い唇がゆっくりと動く。

「・・少し、だけ・・覚えてる。
覚えた・・あなた、ずっと話し掛けてくれたでしょ?」
「・・・・」

そこから紡ぎ出されるたどたどしい言葉。
でもそれはなんて綺麗で。
この世のモノとは思えない程、俺に感動を与える。

「ずっと・・答えて、みようかって思ってた。
でも・・怖かったから・・」
「・・お、れが?」

自分の声が緊張で上擦るのが気になる。
怖がらせないよう、俺は深呼吸をして表情を和らげる。
強張りそうだ・・緊張で身体中バラバラになりそうな感覚。
彼女の握りしめた拳が震えてるのに気が付く。
ああ、この子も緊張してるんだ。
そう思うと・・少しホッとした。

「・・・・・」

ふるふると首を横に振る。
少し俯いて、窺うように上目を使う。

「あ、おこの声・・キレイじゃないでしょ?
・・がっかり、すると思って・・」

あんまり驚いて一瞬言葉が出てこない。
だけど俺は頭ごと振る。

「な、に云ってんだよ・・綺麗だ。
綺麗だよ?すごく・・・優しくて、心地良い・・思ってた以上だ。
俺が思ってたよりも、ずっとずっと綺麗な声だよ?」
「・・・・・・」

瞳を瞬かせて、彼女は俺を見る。
それに笑いかけて・・俺は声を絞り出した。

「ずっと綺麗な声してるんだろうなって思ってた。
最初見た時から、笑い声聞いた時から・・・すごく綺麗だって
思ってた。」
「・・・・ホント?」
「ああ・・」

頷くことしか出来なかった。
それ以上何も云えなくて。
俺は黙って、彼女を見てた。
こんな気持ちをなんて表したらいいのかなんて知らない。
こんな感情、今まで感じたことがない。
嬉しかった。
嬉しかったのに、なんでだ?
どうしてこんなに泣きそうなんだろう。
もう絶対に無かったことに出来ない。
もう絶対に知る前には戻れない。
この子を失えないんだ。
それを知った。
今、ここで。
初めて。













「黒羽様、しっかりとこちらを見て下さい。」
「ああ・・・」

くすくすとイヴの笑い声が零れる。
静かに遠慮深く笑われていると、余計に情けなかった。

「恥ずかしがってる場合ではありませんよ?
これから、貴方がこれをやってあげなくてはならないのですから。」

白と水色のタイル。
広めの水浴び場は愛物たち専用なのだろう。
それでも広いなぁ・・外から見ると小さなビルなのに。
ここはそれ以上に奥行きがあるようだ。
なんて、考えてる場合ではない。
俺は目のやり場に困った。
白い浴槽には青子の姿。
一応薄い絹を纏ってくれてるんだが・・・
その背中は開けられてて、真っ白い羽根が水滴を弾いて煌いている。
その眩しさに目が細まる。
それ以上に青子の白い肩、背中のライン・・

「はぁ・・マジかよ・・」
「本当ですわ。毎週一回は必ず羽根を念入りに手入れしてあげて下さい。
こうしてぬるま湯で丁寧に汚れを落とし・・
見ていますか?」
「見てるよ。」

溜息を抑えつつ、俺はどうにかそちらに視線を落とす。
これを毎週・・・マジかよ・・

「洗剤はこの専用の天然石鹸をお使い下さい。
決して羽根に直接つけず・・まずはこうして掌で泡立てます。
それを羽根全体に撫でつけるように・・決して羽根の流れに逆らわないで
下さいね?」
「ああ。」

見てられないとは云ってられない。
俺は覚悟を決めて・・あまり顔を見ないよう、その羽根だけに意識を集中させた。
綺麗な羽根だな・・
カナリアというより・・天使だよなぁ・・
イヴは丁寧にその羽根を撫でつけている。
ちらっと青子の顔を見ると、青子は気持ち良さそうに目を閉じていた。
その表情を見てるとつい笑みが浮かぶ。

「全体を洗ったら、ぬるま湯のシャワーで流して下さい。
泡が残らないよう、しっかりとね・・・
こうして羽根の内側も・・」
「・・・・」

羽根をあげて内側を流すと、背中のラインが良く見えた。
思わず視線を外してしまう。
これ・・・本気で俺が毎週やるんだろうか。
ってか、出来るのか俺・・
最期まで、責任を持って俺が面倒を見ると母さんには云っちまったからなぁ
・・・これだけ代わってくれって云っても無理だろう。
溜息が出た。

「流し終わったらすぐに水気を拭き取ってあげてください。
羽根が傷みますので水分は残さぬように・・・この後は低温のドライヤー、
時間があれば日に当ててよく乾かしてあげて下さい。
さぁ、上がって頂戴。」

うっとりと目を閉じていた青子はゆっくりと立ち上がる。
濡れた羽根が背中に張り付いて、青子はもどかしいようだった。
それ以上に俺は目のやり場に困っていて。
溜息が出る。
細くてしなやかな脚。
その白さを映えさせる紺のリボン・・・

「って、青子外さなかったのかっ!?」
「?」

濡れて脚にへばり付いてしまっている。
青子は不思議そうに脚を見下ろしていた。
その青子を促がしながら、イヴは濡れた脚を拭いてやる。
「外したがらなかったんですよ。
どうしても嫌がって・・嬉しかったんでしょう。」
「・・・・」
「この子に鎖よりリボンを与えた人など、いなかったでしょうから。」
「・・・・」

知らず唇を噛んでいた。
イヴはそのまま青子を浴室から出すと、小鳥たちの部屋に移動する。
俺はその後をゆっくりと付いて行っていた。
ペタペタと青子の足音を聞いていた。
あの細い足首に、鎖を繋いだ奴がいるんだろうか?
どうしてだ?
すぐその意味を知ることになる。

「それでは、ここで・・乾くまで一緒にいてあげて下さいね。
私はビタミンウォーターを持って来ますから。」
「ああ。」

小鳥の部屋の中央に白い布が敷いてある。
その上に柔らかなクッションが一つあって、青子はそこにポスンと顔を
埋めた。
そうして、背中を天井に向け。
天井から注ぎ込んでくる太陽の光に羽根を広げる。
まるで夢みたいな光景だった。
太陽の白い光筋。
横たわり羽根を広げている青子。
出逢った頃より幾分もその顔色は良い。

「・・・と?」

不思議そうに青子は俺を見上げる。
俺は傍に歩み寄り、腰を下ろした。

「気持ち良いか?」
「うん。すごくあったかい・・」

気持ち良さそうに青子は笑みを浮かべる。
ずっと青子は俺と話してくれるようになった。
それでも、まだイヴの前では口を利かない。
それが不思議だった。
どうしてなのだろう。
なぜ、傷ついてるのだろう。
青子の声はこんなに綺麗なのに。
青子はそれを信じない。

「か、いと・・」
「ん?」
「ふふ、快斗。」
「なんだよ?」

恥ずかしくなる。
青子は嬉しそうに何度も俺の名前を呟いて。
そうしてクッションに埋もれていた。
ふかふかのクッションに顔を埋めて、時々嬉しそうに俺を見上げてくれる。
白い羽根は機嫌良さそうに羽ばたいて。
その水気を飛ばしていた。
水滴はゆっくりとした仕種で銀の珠に変わる。
青子の羽根はなんだか今にも羽ばたけそうで。
俺はドキッとした。

「青子。」
「はい?」

透明な瞳が確かに俺を映し込んで。
そうして見つめてくれる。
不安になるのは何故だろう。
青子は俺を見てくれているのに。

「好きだよ。」
「・・・・」
「好き、だ。
知ってると思うけど、初めて逢った時から好きだ。」

手をついて、上半身を上げる。
そうして俺と同じ顔の高さになって、青子は俺を見た。
ふるふると頭を横に振る。
何度も振って、そうして俺を云った。

「知らない、知らなかった。
あ、おこ・・初めて、聞いた・・す、き。
好き。好き・・好き。」
「?」

何度も何度も繰り返す。
確かめるように、覚え込もうとするように。
力なく、クッションに沈んで。
青子は何度も呟いた。

「青子?どうした?・・・嫌、だったか。」
「・・・・」

埋もれたまま、青子は首を横に振る。
顔を埋めてしまってるせいで表情が見えない。
そろりと青子の細い手が動いて、俺のシャツの袖口を摘んだ。

「青子?」
「・・・しいの・・」

聞き取れなくて、俺は青子の顔に耳を寄せる。
青子の声は滲んでいた。
そうして、俺は気付いた。
青子は泣いていた。

「うれしくても、涙が出るんだね・・」
「・・・そうだな。」

掴まれた手は動かさずに、俺はもう片方の手で青子の頭に触れる。
柔らかい髪は少し水気を帯びていた。
それを何度も何度も撫でつける。
青子は少しだけ、俺を見て。
そうして気持ち良さそうに瞳を閉じた。

閉じた瞳から、幾筋ものの涙が零れてくる。

俺はそれをゆっくりと拭った。

誰かが泣いてるのは、嫌だったけど。

こうして青子が泣いてるのは嬉しい。

おかしなもんだな。

苦笑が洩れた。

でも、それは。


確かに嬉しくて。
























冷たい黒い皮のソファ。
その上に横たわる身体のラインは見事で。
座った男はその身体を片手で撫でつけていた。

「・・擽ったい・・」

笑みが零れて、しなやかな身体は動いてみせる。
それでも男の手は止まらない。
長い髪に指が絡んで。
男はそれを一筋掬うと唇を寄せる。

「蘭の匂いがする・・」
「もう・・本当に擽ったいってば。」

クスクスと笑みが零れて、細長い綺麗な手がそれを払う。
今度はその手を捕まえて、男は指一本一本に丹念に口付ける。

抵抗をなくし、うっとりとそれを見上げた。

「綺麗だ、蘭・・・俺の蘭・・」

指から手の甲へ、そして手首に。
唇は沿って、そこにある銀のバングルに辿り着く。
内側には名前と登録証明番号が刻まれている。
そこにも口付けて、満足そうに男は笑う。





囚われてるのは、心ごと。

それでも支配したいのは、身体ごと。

支配されたいと願うのは、相手ごと。




二人きりの部屋で。


二人きりの時間は。


出逢った瞬間から、始まっていた。














END OR・・・?





2002/04/03







Written by きらり

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