見えない鍵





例えば。


確かな予感があって。


そこからを逃れようとすれば、する程。


その場所に近付いてく矛盾。


もう一度逢いたいと思う気持ち。


もう二度と逢いたくない感じ。


それでも向かう身体と心。


そういうふうに出来ている、何か。







初めて見る、風景。
そこにある階段。
鈍い銀の色。
手を伸ばすと遠くなるそれ。
走っても追いつかず。
触れようとしたら、泣きそうに笑って。
そしてどこにもいなかった。
残ったのは、扉。
重くて厚い古いそれ。
触れなくても、開かないのが分かった。
鍵が掛かっている。
鍵はきっと見つからない。
だって、その鍵は。







ビル街の中に埋もれた小さな店。
だがそれは見た目よりももっと奥が深い。
この間それに気付いた。
今までなら、興味も湧くことがなかった筈の場所。
愛物を扱うPETSHOP。
古めかしいその雰囲気を残した建物を、俺はもう一度見上げた。

いつまでも突っ立てるわけにもいかず。
俺は意を決して扉を押した。
見た目は薄く濁った色の古い硝子扉。
その温度が掌に伝わる。
開くと小さく軽い鈴の音が響いた。

「いらっしゃいませ。」

一見大雑把に飾られたアンティークな品々。
でもそのどれもが高価な物であることは、俺なんかにも良く分かった。
そして品揃えの豊富なペットフード。
無作法に並べてあるようなそれは、本人にはきちんと分かっているのだろう。
奇妙な雰囲気。
どこかノスタルジックな雰囲気が、イヴの存在によく似合っていた。

「黒羽様・・・また、お越しになると思ってましたわ。」
「お見通しってヤツ?
なんか悔しいな。」

俺が笑うと、イヴも小さく笑って見せた。
ついと踵を返し、歩き出そうとする。

「カナリアを見に来たのでは?」

立ち竦んだままの俺を一度振り返って、イヴは微笑んだ。
完璧な微笑。
子供の姿なのにそれらしくない、大人びた瞳。
相変わらず店主である少女は不思議な雰囲気を纏っていた。

「・・・そうなんだけどさ。
その・・アンタとも話したいと思ってた。」
「・・・私とですか?」
「ああ。」

イヴは言葉を無くしたように大袈裟に眼を丸くし。
そうして長ったらしい袖で口元を隠してみせる。

「この店に訪れて、私などと話をしたいと仰った方はいませんわ。
ふふ・・本当に珍しい方ですね。」
「そうかな?」
「そうですよ。」

それでもどこか嬉しそうに、懐かしそうにイヴは俺を見上げてくる。
初めて見た時から妙に気になっていた、この眼。
まるで何もかも見透かしているようなその瞳が、気になっていた。

「アンタ・・本当に子供か?」
「イヴで結構です。
不思議な質問をなさるのですね?
・・・あちらを・・」

歩いてイヴは壁に掛けてある小さな額を指差した。
近くまでいってそれを見上げる。
それは店の証明書と認定ナンバー。
そして店主イヴの登録証明書であった。

『REAL HUMAN NO:ANR-090-S-117-A-I』

リアルヒューマン。
本物の人間。

他愛ない称号だ。
けれど、それが人間とそうでないものを切り分ける境界。

「納得して頂けたでしょうか?」
「・・・ああ。」

なんとなく具合が悪く、俺が両手をポケットに突っ込んだ。
そうしてもう一度イヴを見下ろす。
俺の肩までも頭が届かないイヴは本当の子供らしい。
本当とそうじゃないこと。
そうじゃないモノと本物のそれ。
なんだか頭がグチャグチャになるな。
それを考え出すと・・・

「お掛けになりませんか?
立ち話もなんですから。」

そう云って小さな椅子に腰掛けて、イヴは俺に客用のソファを促がした。
立ち竦んでるのも落ち着かないので、俺はそこに座った。
見た目よりずっと柔らかい素材で、ゆったりとしている。
なんとなくホッとした感じがした。
どこかで認めていない自分がいた。
けれど、すぐにそこに安堵する自分に疑問が浮かぶ。
どうしてあれが本当だと認められるのだろう?
あれが偽物じゃないと、誰が証明出来るのだろう。
そして。
それは、何を持って『本物』と認められるんだ?

「黒羽様は・・何かとても難しいことを、いつも考えていらっしゃるようですね?」
「・・・・」
「ゆっくりと深呼吸して、肩の力を抜いた方がいいですわ。
そして・・よろしければ、我が愛物たちを愛でてやって下さい。
古から、PETたちは人間の心に安らぎと慈愛を与えてきました。
古い友人として、最愛の家族として。
伴侶となってきたのです。」
「商売上手だな。俺に愛物を飼えと?」

綺麗な仕草で脚を組み直して。
イヴはじっと俺を見つめる。

「PETを飼うということは一種の表現に過ぎません。
私の扱う愛物たちは、人の伴侶となるべく存在です。
共に、歩むというのが正しいのでしょう。」
「・・・・」

上手い言葉を使うな。
それが素直な感想だった。
そして、何より耳に残る言葉。
流れていく言葉じゃない。
どこかに引っ掛かる、本当を隠した言葉だ。

「どんなに時代が流れても・・・人間は一人では生きられません。
本当は愛物たちの方がどれだけ強い生き物かしれません。
・・・本来ならば。
あの者たちに保護は必要ないんです。
私たちが・・弱い存在にし、必要とされることを必要としたんですわ。」
「アンタ・・PETSHOPの店主らしくないことを、云うんだな。」
「・・・・・」
「俺は、その方がいいけどな。
何しろ他の店は酷いぜ?アイツ等を本当の動物かなんかと勘違いしてやがる。
まるで・・商品のように、俺たちと変わらない者を扱う。
・・・だから、ずっとPETSHOPは苦手だった。」
「黒羽様・・・」

柔らかい眼差しで見上げてくるイヴに俺は笑いかけた。
不思議そうな色合いの瞳が、初めて幼い無防備さを表す。
けれどそれはホンの一瞬。
すぐに唇を引き締めて、いつもの微笑を称えてみせる。

「カナリアを?」
「ああ・・・逢いに来たんだ・・・
名前は?」
「まだございませんよ。」
「・・・・そうか・・」

音もなく立ち上がり、イヴは俺をゆっくりと振り返る。

「どうぞ・・あちらの部屋に。」
「・・・ああ。」

妙に力を込めて立ち上がっていた。
知らず拳を握り締めていて、自嘲が浮かぶ。
何を戸惑っているのだろう。
違う、何を不安になってるんだ?
夢にまで。
夢に見るまで、思い詰めていた。

ついこの間此処を歩いた時。
俺の前には緑沢がいたっけ。
イヴのやたら静かな歩き方が同じように気になった。
奥の部屋に導かれる。
もう場所は分かっていた。
以前キャロルが居た部屋には新しいPETが寝ていた。
綺麗な銀髪の者。
長い尻尾が長毛種だということを示している。
片目を開いてこちらを見て、興味なさそうに眼を閉じてしまう。
一瞬しか見えなかったが、ビー玉のように青い瞳が印象的だった。

「どうぞ。」

開かれるその隣りの部屋。
扉が開くと薄暗い廊下と異なり、光が上手い具合に差し込んでくる設計に
なっている広い部屋。
いくつもの籠に二羽ずつ入れられた色とりどりの小鳥たち。

そこに。
嫌でも目を引く大きなゲージ。
そこには白い大きな布が掛けられている。
あの日と変わらない。
何一つ、変わらない光景。

「お好きなように眺めて下さい。」

イヴはそう云ってその白い布を外してしまった。

「・・・・」

その中に。
隅の方で身を縮めて、必死に隠れているような少女。
隠れる場所なんて何処にもないのに・・・
同じ年の頃であろう、姿をした少女は。
震える指先を隠して、座り込んでいた。

「・・・・」
「私は少々店の方を・・・
お時間の許す限り、ご自由にお過ごし下さい。
あちらにいますので・・何かありましたら、お呼び下さいな。」

にっこりと商業用の笑顔を残して、イヴは部屋を出てしまう。
なんとなく。
息苦しさを感じて。
俺は深く息を吐いた。
周りを見渡す。
たくさんの鳥籠。
二羽ずつ入っている。
その中で一番広い籠に。
たった一人で座り込んでいる少女。
肩から覗くその白い羽根が視界に入る。

「・・・そっち行っても、いいか?」
「・・・・・」

少女は何も云わない。
ただ脅えた眼で俺を見上げるだけ。
注意深く俺を見上げてくる。

「忘れちまったか?・・・この間、逢っただろう?」
「・・・・・」
「ほら・・・コイツ等もお前に逢いたがってた・・」

そうしてジャケットのポケットを軽く叩いてみせる。
戸惑いがちにこちらを見る瞳が、そちらに視線を移した。
もこもことポケットが動いて見せて、顔を覗かせるのは一羽の銀鳩。
目を丸くして少女は瞳を瞬かせた。

「コイツも・・」

もう片方のポケットを叩く。
今度は胸のポケットも・・・

三羽の銀鳩が少女の元に飛んでいく。
それを見守りながら、俺は冷たいゲージの傍に歩み寄った。
冷たい床に腰を下ろし、少女の目線に合わせる。
綺麗な瞳。
真っ黒い髪。
少し幼さを残した、可愛らしい顔。
唇が微かに動く。
近寄って顔を擦り付けている銀鳩にゆっくりと手を差し伸べた。
人間と変わらないそれは・・とても白くて、細く。
なんだか触れたら折れてしまいそうだった。

「・・・なぁ・・」
「・・・・」

少女は肩を竦めて俺を見る。
その瞳に映る自分。
なんだか変な感じがした。
夢と、同じ。
けれど、今は現実。
触れた檻の格子は夢よりも冷たく、重い感触がする。
そうして少女への距離は・・・夢よりも遠い感じがする。

「俺が怖い?」
「・・・・」

聞いて、何を云ってるのか。
自分でも笑ってしまう。

「怖いも何も・・まだ二回しか逢ってねぇのにな・・
なんでだ?俺、お前に逢いたかったよ?」
「・・・・」

少女に言葉の意味が理解出来ているのか。
そんなの構わなかった。
そんなのが問題ではなかった。
ただ、それを伝えたくて。

俺はもう一度口を開く。
じっとこちらを見る少女に、出来るだけ優しく笑いかけて。

「お前の夢ばっか、見た。」
「・・・・」

小首を傾げるその仕草はまるで小鳥のように華奢で。
手を伸ばしても届かない現実が、空々しく感じた。

「・・・・あっ」

手首に止まる銀鳩に視線を移して、その肘の痣に気がついた。
いくつもの点滴の後。
赤紫になってしまっている痣。
白い肌にそこだけが生を感じさせる、確かな痛みを示している。
片手だけではない。
左の腕の肘にも・・・
その同じ色の痣はあった。

「・・・お前・・」

この感情は?

哀れみ?

同情?

そうじゃない。

哀しい?

苦しい?

可哀相?

違う。

痛み。

その色。

そこに在るのは、確かな存在。


誰にも犯すことは出来ない、命の領域。



次の日も、学校を早々に立ち去り。
俺はEVEに向かっていた。
店に入るなり挨拶もそこそこに、小鳥の部屋に向かう。
真っ白な布を取り除けば。
眩しそうに目を細めて、こちらを見上げる姿。

変わらない細い腕。
不安そうな瞳。
音を発することない唇。
その色はいつも濃くて。

檻に寄り掛かるように俺は座り込んで。

少女をじっと見つめた。

その確かな変化にハッとする。

「・・・待ってんの?」
「・・・・」

少女は何も云わない。
黙って俺を見つめている。
俺じゃなく。
俺の中の存在に。
苦笑が洩れて、俺は素直に取り出した。

三羽の銀の鳩。

すっかり少女に懐いている鳩たちはその小さな身体で檻をすり抜け、
少女の元へ飛んでしまう。
俺だけが外に取り残されて。
その光景を間近で見ているのに。
疎外感を感じていた。
それでも・・どこからか嬉しさが溢れてくる。
最初俺を見た時の瞳。
夢の中で、何度も見たあの色。
自分の中で色褪せてゆくのを感じた。
鳩たちは懸命に何か話し掛けているのかしきりに鳴いている。
少女の方は意味が分かっているのか、熱心にそれに聞き入っていた。

「・・・あったけぇな・・」

この部屋は奥の部屋であるにも関わらず天井が硝子張りになっていて、
昼間は日光がさんさんと降り注いでいる。
その中でも白い布を掛けられていたこのゲージはひんやりとしていた。
それが日の光を吸収して、温かみを帯びてくる。
寄りかかっている背中にもそれが伝わってきて、俺は目を閉じた。


そうやって。
彼女の元に通って、三日以上経つ。

少女は始めの頃よりずっと表情が柔らんできて。
俺の顔を見ると、少し緊張を解いてくれた。
それに心の奥がぎゅっとなる。
檻越しの二人の距離はまだ遠いが・・
俺はなんだか温かい気持ちになっていた。
俺がこうしているように。
少女にとって、この時間が悪いもんじゃなけりゃいいな・・・




「・・なぁ、」
「なんだよ?」

学校帰り、近所のアクセサリーの店で熱心にキャロルへのプレゼントを
選んでる緑沢にそっと話し掛けた。
返事だけして、目はそのブレスレットに釘つけのままだ。

「キャロルちゃんってどんなアクセサリー喜ぶ?」
「・・・」
「な、なんだよ?」

急ににたにたと笑い緑沢は俺を見た。
気恥ずかしくて、聞かなきゃ良かったとすぐ後悔する羽目になった。

「へぇ〜〜〜。快斗、がねぇ・・」

名前を強調されて、思わずあらぬ方を向いた。
緑沢は一人納得したように何度も深く頷いている。

「ま、俺のキャロルは光り物が好きだけどな〜〜。
俺の稼ぎじゃ本物なんか滅多に買ってやれないけど・・こういう派手に
光ってんの好むぜ?
鳥なんか特にそうじゃねぇの?
光り物好きだって云うじゃねぇか。」
「ばぁーか、そりゃカラスだろ。」

俺はさっさとその場を離れる。
なかなか決まらない緑沢は店員にあれこれアドバイスをしてもらっていた。

「何か、お探しですか?」
「・・・・」

ウロウロしていた俺に一人の店員が近付いてくる。
人の良さそうな笑顔。
つい耳元を見てしまっていた。
その視線に気付かずに店員は笑っている。
左耳に下がった小さなIDプレート。
商用のアンドロイドだっていうことは目に見えて分かっていた。

「いや・・特に・・」

そこまで云い掛けて、俺は言葉を切る。
店員はにこにこと言葉を待っていた。
可愛らしい笑顔。
人間と全く変わらないその形容。

「・・リボンってどこだ?」
「こちらです。」

静かに歩き出した店員に俺は付いて行った。
ガラでもねぇよな・・自覚をしつつ。







「いらっしゃいませ。」

いつもと変わらぬイヴの笑顔。
薄明るい店の照明もそのまま。
店内は相変わらずガランとしていた。

「ああ。よぉ」
「? どうかなさいましたか?」
「・・・なんでもねぇよ。」

不思議そうに首を傾げ。
大人びた曖昧な微笑を浮かべると、イヴは店の奥を優雅な仕草で示した。

「どうぞ、ご自由に。」
「サンキュ。」

こうして毎日店に来るようになって、イヴは俺を部屋まで案内しなくなった。
勝手知ったるその店内を進み、俺はその部屋の前に来た。
なんだか溜息が零れた。
思い余ったことをしたかもしんない。
その思いが先程から抜けなかった。
一応ノックをして、その扉を開ける。

「・・・」

檻に布は掛けられていなかった。
中で身を丸くして目を瞑っている少女は、じっと動かない。

「・・ね、てるのか?」

思わず洩れた言葉が小声になって。
俺は足音に気をつけて歩み寄った。
ずっと日に当たっていたのだろう。
格子は温かみを帯びている。

「・・・・」

覗き込んで見ると、少女は固く身体を丸めていた。
羽根がその背中を包み込むように、身体にぴったり添っている。
寝る時くらい、もっと緊張を解けばいいのに・・・

じっと見ているとその身体がビクリと動いた。

「・・!」

思わず格子から手を離してしまう。

「・・・・」

大きく見開いた瞳が、俺を捕らえて。
そうしてじっと見つめている。

「・・よぉ。」
「・・・・」

身体を慌てて起こして、少女は膝を抱えて座った。
ワンピースの裾から覗いた細い脚が、視界に嫌でも入ってくる。
意識しないように俺は目を背けた。

「・・・わりぃ・・起こしちゃったよなぁ?」
「・・・・」

ふるふると少女は首を横に振った。

「・・・え・・」

もう首は止まり、俺を真っ直ぐに見つめている。

「今のって・・・」

混乱する頭を整理する。
今、少女は確かに首を横に振った。
もしかして・・もしかしなくても、今のは・・意思?
俺に示してくれたのか?
・・いや偶然かもしれないし・・・

俺は曖昧に笑ってしまう。

息を吐いて。
もう一度深く吸った。

「あのさ・・今日遅くなったのって・・・」

ゴソゴソとポケットを探る。
少女はじっとそちらを見た。
いつものように銀鳩たちが出てくると思ってるんだろうな・・・。
少し期待を外してしまうかもしれない。
申し訳なく思ったが、どうしても見せずにはいられなかった。
こんなの、喜んでくれないかもしれない。

「ほら・・・」
「・・・・」

袋を差し出して、俺は彼女の様子を窺った。
なんだか不思議そうな顔をして、少女はそれを見て。
分からないように俺の顔を見上げてくる。

「俺・・お前が何喜ぶか分かんなくてさ・・その・・」

テープを外して俺はその中身を取り出す。

「・・・・」

少女は首を傾げた。
そりゃ、そうだよな・・

「お前に似合うと思ってさ・・・リボン、なんだけど・・
気に入らねぇか?」

手に乗せたそれは約70cm程の長さのリボン。
光沢をのせた深い青のリボンだ。
シルクとやらなんだと云われても、俺にはさっぱり分からない。
ただ・・この少女に似合う色だと思っただけだ。

「・・・良かったら、その結んで貰えよ?
あとでイヴを呼ぶから・・もちろん、お前さえ気に入ってくれればだけ・・ど・・・」

そこで言葉が途切れた。
目の前に少女がいる。
俺に歩み寄って来た少女は、すぐ目の前で立ち止まった。

「え?・・・あ・・?」
「・・・・」

格子のすぐ向こうに、少女の姿がある。
細い肩も首も、腕も。
手を伸ばせばすぐに届きそうな距離に。

ペタンと座り込んだ少女は格子の間から、その白く細い足首を
差し出した。

「・・・?」

意味が分からず、その同じ高さに目線を合わせる。
肘をついて座った俺に、少女はその脚を差し出した。
腕と同じ・・細い左の足首。
その意図に気付いて、思わず聞いてしまう。

「いいのか?」
「・・・・」

何も答えずに少女は脚を差し出す。
早く、と急かされているようで俺は面食らってしまった。

緊張して、指が上手く動かない。
それでも俺はその脚に丁寧にリボンを巻いた。
指先に触れる夢みたいな体温に頭がくらくらした。
長すぎたか・・幾度も巻きつけて、足首より少し高いその位置にしっかりと
リボン結びしてやる。

思っていた以上だった。

「やっぱり似合うな・・・」
「・・・・」

不意に少女に変化が表れた。
脚を引っ込めてしまい、そのリボンにそうっと触れる。
まるで壊れ物に触れるように・・大事そうにそこに触れた。

その仕草の儚さよりも、何よりも。

目を奪われたのは。

その口元に浮かぶ曖昧な微笑。

そしてその瞳に浮かぶ、温かい光。




言葉が出てこなかった。


ずっと感じていた、不安。

けれど惹き寄せられる、矛盾。



その意味を思い知る。


そうだ、分かっていた。




こんな、こんな表情を知ってしまったら。



俺は絶対に好きになるだろう。








好きにならずに、いられないだろう。








END OR・・・?




2002/02/28







Written by きらり

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