動き出した歯車









黒い瞳。


そこに閉じ込めた孤独と一切の拒否。



手を伸ばしても 遠くて。



触れようとしても 細くて。



触れたら壊れてしまいそうな。



傷つけたら死んでしまいそうな。




弱くて。



美しかった身体。










目が覚めて、その太陽の眩しい光に唸る。
シーツを被りなおして、白い世界にまどろんだ。
眼を閉じて、思い出されるのは一つの光景。
鈍い銀のゲージは広いのに、その隅で身を縮こませた少女。
同じ年くらいだろうか。
否、彼女は愛物だ。
年の取り方も人間とは違うのかもしれない・・・
でも・・。
恐れた瞳。
何かに脅えた不安そうな瞳。
部屋の照明さえも、眩しそうに目を細めた彼女。

「・・カナリア・・」

その背中には確かに羽根があった。
真っ白い、まるで映画で観た天使のような・・。

歌えないと云っていた。
けれど彼女は笑った。
凍り付いていて表情が春の息吹に綻ぶように。
溶けて柔らかいものに変化するような、笑みを浮かべた少女。
誰の表情を見ても。
今までこんな気持ちになったことがなかった。
嬉しかった。
単純に。
また見たいと思った。
彼女を笑わせたいと。
自分の手で喜びを与えたい。
初めて。
たった一人にそう思った。

「・・・参ったな。」

くしゃくしゃに頭を掻く。
自覚があった。
余計に始末が悪い。
惹かれてる。
欲しいと思う。
あの少女が、自分の中で。
自分の手で、笑わせてやれたら。
そう、思うのだ。


「快斗ー、もう起きなさいよ?学校遅刻するわよー!」

下の階から母親の声が響く。
シーツを放って、俺は身を起こした。

「ふぁ〜あ・・・今、起きるよぉ!」

返事をして、ベッドを降りる。
カーテンを開けて窓を開く。
散歩から帰ってきた銀鳩たちが帰ってきた。

「よぉ、お帰り。どうだったか?」

腕に止まる鳩たちに話し掛けて、俺はぼんやりと思い出していた。
頭を振って、腕から鳩たちを下ろす。
窓辺にある小屋の扉を開けてやり、鳩たちを入れてやった。

「・・・・・」


あれから、三日。
思い悩んでるのは俺の性に合わない。
覚悟を決めて、窓を閉める。
そうして部屋を出た。
朝食を済ませ、さっさと学校へ向かう。



昔でいうなら“高校”なのかもしれないが、現在は学校は全て一つの施設にまとめられている。
なにせ、安定した生活ではあるが。
今だ人類の数はようやく一万を少し越えたのみだ。
大人の数は増えていたものの、子供の数はまだ少ない。
未成年と認知付けられている子供たちの数はまだ数千しか満たない。
一度滅んだものを人工的に復活させることには、やはり歪みが生じる。
完璧に保存されていた細胞から、人類を再生する技術は完璧でも、
それを有する人体には相応しくなかったのだろうか・・・
完全な形で再生された人類の自然は、ほんの少し狂っていた。
まず己の体内で子孫を残すことが出来ないのだ。
滅ぶべきことが運命だったことを証明するように、細胞から再生された人体の生殖機能は著しく低下している。
体内での妊娠は難しく体外、培養液が詰まった永宮と名付けられたカプセルの中で行われる。
夫婦の精子卵子を結合させた核を、その培養液の中で成長させる。
永宮の中は丁度母体の胎内と同じ環境に整えられている。
その中で成長し、人間の形になっていくモノ。
そしてその中から誕生する命。
それを子供とし、育てる夫婦。
人間達の繋がりは人工的に変えられ、愛情は薄くそれでも強く結び付けられていた。
そうして生まれてくる子供はそれでも僅かだ。
元々その装置自体数に限りがある。
しかもそれらを管理しているのは人間ではない。
元は人間だった、ファザ―コンピューターと最高進化術守者アンドロイドSIーHO。
彼等が守る更に中核のチップ、『NO−A』。
マザーチップと呼ばれる彼女が、E−DENと人類の全てを管理していた。
その中で命は育くまれ、人類は少しずつけれど確実に復旧していく。


けれど。

それに、なんの意味があるんだ?

俺はぼんやりと授業の内容を聞き流していた。
簡単に聞き流していても、それらは頭脳の記憶にきちんとインプットされる。
元々努力しなくても、必要な情報は全て耳に入ってくるし。
忘れることも無い。
こうやって他のことを考えていても、俺はしっかりと授業内容を把握していた。

努力しなくても。
全てが簡単に与えられる。

講師が繰り返す、人類の歴史。

誕生、滅亡、そして復活。

自然に生まれ、自然に滅んだ世界を。
人工的に復活させることに、なんの意味があるんだ。

俺には分からなかった。

歴史になんの価値があるのか、分からない。
過去の繁栄と今の進化になんの意味がもてるのか、理解出来ない。
そんな俺は少し特殊なのだと、講師は笑った。

机の画面にメール受信の知らせがつく。
クリックしてメールを開けるとそれは緑沢からだ。

『COME ANOTHER ROOM!』

すぐにシークレットコードを入力し、その部屋に入る。
そこは俺が作ったチャットルーム。
数人の友人しか入れない。
緑沢一人がそこで待機していた。

『なんの用だよ?』

「上の空だな?EVEのカナリアのことが気になってんじゃねぇの?」

『・・・・別に。
それよりキャロルちゃんとはどうだ?』

「最高(^^)V
もう気になって授業どころじゃねぇよv
早く帰って、世話してやりたいなぁ〜。結構彼女淋しがりやなんだぜ?
最後の段階になってあと二日お待ちくださいなんて云われると思わなかったぜ。
でも、今は最高の気分さ。」

『ノロケは結構。
だけど。良かったな。』

「・・・サンキュ、でも・・流石に昨夜は寝れなかったよ。」

『彼女が落ち着かなかったのか?』

「その反対。
キャロルは熟睡してた。俺のベッドでさ、身体丸めて本当可愛かったぜ。」

『・・・』

「でもな・・なんでか知らんけど、泣けた。
オレのベッドでさ、安心しきって丸くなったキャロルの姿見てたら。
・・・なんでか分かんねぇんだけど、泣けた。」

『・・緑沢』

「何回か店に通っててさ、店主に何度も話しには聞いてたけど、
あの日契約の前に、一緒に聞いただろ?
・・・やっぱり彼女と巡り逢わなかったことになんか出来ないけど。
本気で覚悟したよ。
本当にキャロルをオレのモノにしちまったんだって・・・」



キーボードを打てなかった。

頭の中で鮮明に三日前のことが思い出される。

店の奥で、キャロルと離れた緑沢と一緒に。
更に奥の事務室で交わされた会話。
全て一言洩らさずに記憶していた。

無駄な記憶力に溜息が洩れる。






「それではこちらの席におかけください。」

最奥の部屋に案内されて。
広いソファに俺たちは座った。
薄明るい照明が幾つか灯る狭い部屋。
向かいの一人掛けのソファにイヴは腰掛ける。

「それでは最終質問をさせて頂きます。
緑沢さま、よろしいですか?」

「・・は、はい。」

イヴはやけに大人びた仕草で手元のノートらしきものに何か書き出していく。
そうして緑沢を真っ直ぐに見詰めた。
深い紫の瞳。
そして厳しさを秘めた瞳。
これが本当に子供なのだろうか?
アンドロイドではないと云ったが、それにしては・・・考えすぎではないことが
雰囲気で分かっていた。けれどそれに対しどうこう云うつもりはない。
俺には、関係のない、ことだ。

「今までにも幾つか案内なさいました。
愛物“PET"は一度お買い求められたら、最後まで責任を持ってお世話して頂きます。」

「はい。」

「以前にも説明しましたが・・元々愛物は純粋な人間とは異なった細胞、
本能、心を持っています。限りなく人間に近く、限りなく動物に近いのです。
そのことを明確に理解し、踏まえた上で彼女等を愛してください。」

「・・はい。」

数冊のパンフレットを取り出して、テーブルに乗せる。
そこには病院の写真が掲載されていた。

「PETには専属の医療機関に掛かってください。
動物病院にはPETの治療を行なえる設備はまだ設置されていない場所が多いです。
人間の病院では不可能ではありませんが、前もってPETを扱えるとどうか
確認なさった上で御通院なさって下さい。
なお当店が扱うPETたちはあらかじめこの病院にデータを全て登録しています。」

緑色のパンフレットだった。
黙ってそれを見ていた俺だが、不意にその文字が気になった。
どこかで・・

「『NO-Aの称号』を持つ唯一の病院です。
人間でもPETでも、あらゆるアンドロイドまで診ることが出来ます。
E-DENの中で最も大きな病院ですし、安心の面は保証いたしますわ。
ただ。」

「・・?」

イヴは目を伏せる。
そうして小さな指を絡めて、もう一度顔を上げた。

「何度もおっしゃいましたが・・PETは我々とは多少寿命の長さが異なります。
これまでの歴史もまだ浅く・・正確なデータは取れていないのが実状ですが・・
私たち人間の寿命が長くて80年だとすると・・愛物は長くて30年。
それでも最高で31年。
平均は25年未満。
早ければ・・・数年の場合もあります。
怪我、病気でなく、寿命がそれだけの場合があるのです。」

「・・・・・」

「・・そんな・・短すぎねぇか?」

思わず口を開いていた。
緑沢はぐっと唇を噛み締め、俯いている。
幾度か聞いてはいたのだろう。
それほどのショックを受けているようではなかった。

「黒羽様はPETを身近に見たことがないでしょうか?」

「・・ないね。俺んちにはいないし・・近所にもあんまりいねぇよ?
動物を飼うヤツは珍しくねぇけど・・」

その動物だって純粋なものではない。
ほとんどが人工的に再生されたレプリカだ。
俺の鳩たちは親父が残してくれた本物の鳩を交配させ、増やしていったものだが・・・
レプリカのペットたちは純粋な動物よりずっと寿命が長い。
そのせいか、俺は愛物も同じようなもんだとどこかで思っていた。
「人が自然を狂わせた時。
その歪みが生んだ愛の奇蹟。
それが愛物です。
人と動物のDNAが結合し、調和して新しい命を紡ぐ。
それは・・奇蹟の存在ですが、その存在は我々が思うよりずっと・・
複雑で儚いモノなのです。」

「・・・よく分からねぇよ。つまり?」

「・・今だ、私たちの手でどうすることも出来ない存在なのです。
人工的に復旧されていく流れの中で、自然が悪戯に・・いいえ、
もしかしたらそれこそが運命的に生み出されたのが・・愛物です。
つまり、PETは本来のその姿なのです。」

「・・・・・」

イヴがどれだけの意味を含んだ言葉を紡いでいるのか、俺には正直理解出来ないでいた。
頭ではなんとなく分かる。
結局PETは寿命が俺たちより短いってことだろ?

「緑沢様、覚悟を決めてキャロルを引き取ってくださいますか?」

「・・ああ、最初から何も変わってない。
俺は・・俺が、キャロルを看取る。」

「その一言が聞きたかったんです。
ここに書類があります。これに全て記入を・・・
最後にもう一つだけ。」

「?」

静かな笑みをうかねて、イヴは黒いパンフレットを取り出した。
先ほどの緑のパンフと同じだ。
なんらかの模様が入っている。
どこかで見たような・・なぜか妙に気になるマーク。
クロスを軸に5枚の翼。
その色は黒。
白。
黄。
青。
赤。
なんだか奇妙に映るマークが気になる・・・


「PETは一般的に人間と認められていません。
我々が申請すれば受けられるかもしれない、クローン再生は受けることが出来ませんので
あらかじめご了承を・・・。」

「・・・・・・」


それは、つまり死んだらどうやったって生き返すことが出来ないということ。

人間だって滅多なことでは受けることが出来ないクローン再生をPETに扱おうとする者が
いるんだろうか。

「・・・分かりました。」

記入し終えた緑沢はもう一度書類に記入ミスがないか確認する。
その様子を見つめながら、イヴは手にしていたパンフレットを全てまとめた。

「こちらは帰ってからもう一度お読み返して下さい。
そして、キャロルのお迎えは二日後に・・・。」

「えっ?今日はダメなんですか?」

「はい。最後の健康診断を行いますから・・・あ、健康診断は一ヶ月に一度。
かかりつけの病院にて行ってくださいね?」

にっこりと微笑んだイヴに緑沢は拍子抜けしたように目を丸くしている。
てっきり今日連れて帰れるのかと思っていたのだろう。
俺もそのつもりだった。

「最後に。
なにかご質問はありますか?」

「・・・え?いや・・特に・・」

「・・・」

「黒羽様?」

「・・なんだよ?」

少女のような小さな顔。
そのくせ妙に整った大人びた愁いを閉じ込めた瞳。
それで俺を見上げて、イヴは口を開いた。

「先ほどから何か、気になっているのですか?
ご質問であれば、遠慮なく・・・」

「・・・・・」

奇妙な子供だ。
この店の主人であることも。
こんな広い店を一人で賄っていることも。
おそらく誰か、かかわりを持つ存在があることは確かなのだけれど。

「・・・・」

妙に油断がない。
子供らしくない。
変な感じがした。

「なんで、PETなんかいるんだ?」

「先ほども申し上げました。
歪みが生み出した、奇蹟ですわ。」

「・・・違う、だから・・なんであんな人間と変わらないモノが、PETなんだ?」

「・・・・珍しいご質問をなさるのですね?
人類が初めて再生されて・・100年余り。
人類の細胞から再生されたのが、人間。
その再生の歪みから生まれたモノは・・・人間ではありません。」

「でも、人間だろ?
その細胞から生まれたんなら、人間じゃねぇのか?」

「おい、快斗?」

緑沢が俺を突付くのが分かる。
でもずっと疑問だったのだ。
歴史の講師は同じことしか教えない。
教科書にもどんな本にも、同じことしか書かれてなかった。
まるで全てをなぞるように、同じことしかそこにはなかった。

「・・・私たちを人間だと証明するものは、このDNAしかありません。
PET達のDNAはそれと異なります。
だから・・人間でないことになっていますわ。」

「それでも、人間の命から生まれたもんだろ?
それじゃPETは愛物は、人間じゃねぇか。」

「・・・・・」

濃い紫の瞳が俺を真っ直ぐに見つめる。
まるで吸い込まれそうな深い色。
子供じゃない。
妙な確信があった。
この感じ、妙な緊張感。
これは?

「全ての“メモリー”はE-DENを司るファザ―コンピューター『A-GASA』と
最上技術師『SI-HO』だけが管理しています。
全ての答えは彼等だけのモノ。
彼等が人間でないと認めた以上、愛物は決して人間ではないのです。」

「・・・アンタは変わった答えを云うな。」

「・・・・・」

「初めてだぜ。“メモリー”を口にしたヤツは・・・」

「私も。あなたのような質問をなさる方は初めてですわ。」

唇が薄い笑みを浮かべた。










「なあ、快斗?おい、快斗ってばよっ!」

『わりぃ、なんだ?』

「お前・・やっぱ気になってんだろ?EVEのカナリアのこと。」

『そうじゃねぇよ・・・』

「オレさ、昨日キャロルを迎えに行った時見せて貰ったんだ。
その・・カナリアのこと。」

『・・・・・』

「たくさんの点滴のチューブに繋がれてた。
まるで縛り付けられてるみたいでさ・・見てられなかった。」

『病気なのか?』

「聞いたら違うってよ。
あの子・・・餌食わないんだって。
点滴で無理に人工栄養を与えてるんだってさ。」

『・・・・・・』

「なぁ、快斗・・オレ、お前が云ってたこと少し考えてた。
キャロルって・・人間以上だよ。
優しくってあたっかくて。
家族、みたいに思う。
アイツがオレのモノだなんて、今でも夢みたいだ。」

『・・・・』

「おい、聞いてるか?」

『ああ。聞いてる』

「まぁ、いいよ。
キャロルが死ぬまでオレのモノなんてさ・・・なんか怖ぇな(−−;
いや、なんてゆーかさ。
最高に嬉しいんだけど、一人の命がオレのモノだなんて。
まだ、夢みてぇなんだ。」

『・・・・・』







悪い、と一言残して。
俺はチャットルームを出た。
授業があと五分で終わる。
それをどこか片隅で気にして。

俺は、今日。

これから。

あの店に行くことを決めていた。





もう一度、見たかった。


そして見たくなかった。


何か、嫌な感じがした。

確かな感覚があった。



次に、あの子を見たら。



俺は絶対に、もう一度逢いたくなる。





もう一度・・・・







END OR・・・?






2002/02/18







Written by きらり

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