違う愛





29××年ーーーー人類滅亡

それは突然やってきて。
それは前から知らされてて。
神はこの世にいなくて。
自然は人を許さなくて。
そして・・・
人類は滅亡した。
残ったのは都市(E−DEN)とマザーチップ『NO-A』
そしてファザ−コンピューター『A-GASA』
そしてアンドロイド『SI-HO』
そして凍結された人類の細胞。
他に動物や植物の細胞たち。
皮肉にも。
人類がまだ完成させていなかった人工動族は。
この時、完成される。



そして・・・百年祭。

西暦を改めてーーーー零暦。
0に終わった人類の歴史は再び、
0から始まる。
零暦100年。
人口の数は一万を超え、人々はようやく安定した暮らしを始めていた。
朽ち果てた建造物、新しい建設物。
人類はアンドロイドに頼り、アンドロイドは最初からプログラムされていた、
『NOーAPROJECT【人類の復旧】』に懸命にあたり続けていた。
命は生まれる。
この小さな細胞から。
そして・・命は時々悪戯を起こす。
その小さな細胞は狂う。
誰かの意志で?
それは結合した。
人と動物のDNA。
人として生まれ、人でないモノ。
人類は彼らを愛した。
人としてではなく。
愛玩生物として。
それが人工愛物の始まり。
愛から生まれた物。
それは・・・PETでしかなかった。



「でさ、EVEのショップにすげー美人な猫がいるんだよ!!」
「ふ〜〜ん。で?」
快斗は興味なさそうに友人の緑沢の言葉を流した。
「で?じゃねぇだろ〜〜。今時一家に一台アンドロイド、一家に一匹PET。
これ常識の時代だぜぇ?」
「別にいいじゃねぇか・・・んなもん無くってもよぉ。
不自由しねぇだろ?なにもかも人型にしなくっても、いいと思うんだけどな。」
相も変わらぬ快斗の口調に緑沢は笑った。
「そうだな・・確かに人型じゃなくったっていいかもしれない。
でも・・まだ人類は少ないだろう?
お前みたいに母親と一緒に住んでる奴だってまだ珍しい時代だぜ。
オレはやっぱ淋しいよ・・誰もいない部屋に帰るのは、まだ慣れない・・・」
「・・・・」
分かってる。
だから、なんだろうな。
人が人を求めるのは仕方ないんだ。
だから、何もかも人間の姿にしちまう。
アンドロイド、パソコン、オーディオもなにもかも。
人の姿で、言葉を理解して、微笑みかける。
プログラムされた意志で。
PETさえ。
人の姿を持ってるんだ。
あれが、動物?
愛物?
俺には理解出来なかった。
前にも一度ペットショップに行ったことがある。
それ以来、俺はあんまりペットショップが好きではなかった。
「あ、そこの角左、な?最近オープンしたばっかのショップなんだ。
すげー上等なペットばかり扱ってるらしいぜ?」
「・・・高いんじゃねぇか?」
にやりと、緑沢は懐を叩いて笑って見せた。
「この日の為にパソコンもなにもかも我慢したんだぜ〜〜。
あのかわい子ちゃんに一目惚れ、だからな。」
「まだパソコンや何かの方が使い道あるんじゃねぇの?
ペットは役に立たねぇじゃないか・・・前に、お前が言ってたんだぞ?」
ハンドルを握りながら、緑沢は自嘲の笑みを浮かべた。
目の前にペットショップにしてはやたら派手な看板が目に入る。
駐車場に車を回し、空いてる場所に車を止めた。
「・・・やっぱさ。幾ら進化しても、人間一人じゃダメだな。
オレやっぱり淋しいよ。近所にも大学にも、友達はいるけどさ。
一人で生きるのはやっぱ辛い。パソコンもオーディオも便利だし、欲しいけど。
あいつ等はデータでしか生きられないだろう?
オレ・・自分の意思を持ってる奴がいいんだ。
設定したから好きになってくれるんじゃなくて、最初なんとも思ってなくても、
いつか、オレを好きになってくれたらいい。
・・馬鹿、みたいだな。」
誤魔化すように笑って、緑沢は車を降りる。
俺もそれに続いた。
馬鹿、だな。
だけど、それが人間だ。
どんなに進んだ技術と知能を使っても。
それでも人は温もりに帰ることしか、望めない。
どんなに優れたアンドロイドだって。
人間には成れないんだ。
どんなに時代が流れても。
人間が、同じと、思えないんだ。

アンティークな店構え。
煉瓦の壁。
硝子の扉。
何処か懐かしい雰囲気を醸し出して。
その店はあった。
扉を開くと土鈴が鳴る。
可愛らしい音。
すると奥から可愛らしい子供が出てきた。
「いらっしゃいませ。緑沢さま、またお越しになってくれたんですね。」
「ええ、あの・・メイクーンのキャロルは・・・」
笑顔を浮かべてその子供は微笑む。
「貴方のことを、ずいぶん待っていた様子でしたよ。
こちらに・・」
子供は静かに店の奥に行った。
緑沢もそれについて行く。
俺もそれについて行った。
それでも、思わず店内を見渡してしまう。
本当にりっぱな店だな。
置いてる品も一流品ばかりだ。ペットフードもやたらと高い。
これじゃペットの値段もすげえんじゃないか?
アイツ・・・大丈夫なんだろうか?
やけに薄暗い店内は外から見たよりもずっと奥が深そうだった。
さっきいいたとこからずいぶん歩くな・・・
そうしたとき、やっと緑沢の足が止まった。
「キャロル・・・」
みゃあ〜ん・・
甘い鳴き声が響く。
「良かった・・お前が売られちまってたらって・・・すごく不安だったんだ・・・」
緑沢はその愛物に近付いた。
猫は嬉しそうに微笑んで、身体を擦り寄せる。
「・・・・」
俺はそれを見ていた。
猫の声。
耳。
尻尾。
丸まった指先は人間のモノと同じだが、同じようには開かない。
指先が閉じ丸まって、四つん這いで歩く。
人の姿をしたモノが。
それは奇妙な違和感。
「ナ、ガレ・・・」
「お、オレの名前覚えてくれたのか?」
「ナガレ・・・」
嬉しそうに緑沢はその猫を抱きしめた。
同じくらいの背丈がある、人間の形をした猫。
「・・・・」
「しばらく二人きりにしてあげましょうか?」
子供はいやに大人びた笑みで俺を見上げる。
「こちらにどうぞ・・」
促されて、俺はその部屋を後にした。
案内されたのはその猫の部屋の隣りの部屋。
「すげぇ・・・これレプリカか?」
「いいえ、本物の鳥でございますよ。」
その部屋には愛物でない、本物の動物の鳥がいた。
いくつモノ籠の中に必ず二羽ずつ入れられていた。
綺麗だ・・・青、オレンジ、赤・・・カラフルな色彩が全部創られた物とは思えない。
俺は一つ一つの籠を覗いて回った。
「お客様は愛物は苦手ですか?」
椅子に座って少女は大人びた口調で問い掛けてくる。
俺は言葉を濁した。
なんだかこの子供、見かけは幼い少女だがなんだか雰囲気が・・・もしかしたら、
アンドロイドなのかもしれねぇな・・・。
「先ほどから決して穏やかな目で愛物たちを見てませんもの。
お客様には・・・必要ないのかも、しれませんね?」
「欲しいとは思えねぇ・・・大体あれ飼ってどうするんだ?
どう見たって人間じゃねぇか・・・耳や尻尾が付いただけでよ・・」
少女が羽織ったヴェールを翻して立ち上がる。
「この店ではPETは扱っておりません。」
「?」
なに言ってんだ?さっきのあの猫はどう見たって人工愛物だろう?
俺の無言の問いに答えるように、少女は口を開く。
「私が扱うのはお客様が求める伴侶でございます。
ただの愛物をお求めの方にはこの店の者たちをお売りすることは出来ません。」
「・・・・・」
「お客様が本当に伴侶を求めて、そしてうちの子供たちがそれを望んだ時、
初めて交渉は成立致します。緑沢様もそうですわ。
あの方は心からキャロルを欲してくれました。
キャロルもだんだんそんな緑沢様を待つようになりました。
そうして・・・今日やっとお迎えに来ていただいたのです。」
「それじゃあ・・・もしも、他の客があの猫を求めたとして、
先に金を払ったとしても・・・売るつもりはなかったのか?」
作られた硝子みたいな笑顔が、ホンの少しだけ温かみを帯びて微笑んだ。
「左様でございます。キャロルは・・既に心を決めておりました。
緑沢様に飼われようと。」
「・・・・・」
俺は何も言えなかった。
なんだかすごい店だな、それがぽつんと頭に浮かんだこと。
でも笑ってしまっていた。
こんな店知らなかった。
初めて知る、こんなペットショップ。
それが少し愉快だった。
「あんたさぁ・・そんな子供の成りしてるけど、本当はすんごい年取ってるんじゃねぇの?それとも、ID-NAMEでも持ってるのか?」
「いいえ、アンドロイドではありませんもの。人間ですわ。
失礼しました、申し上げるのが遅くなりましたね。
私は、イヴ。
このペットショップのオーナーを任されております。」
「あ、俺は黒羽だ、黒羽快斗。
・・・ふーん、つーことはあんたに店主を任せてる誰かが、いるってわけだ。」
「・・・・」
硝子の笑顔が冷たく輝く。
これ以上の詮索はよしておこう。
特に興味もなかったしな・・・ただ。
さっきから部屋の端にある、布で覆われた物が気になった。
結構大きい。
ゲージか?
俺の視線に目ざとく気付いたイヴは、にっこりと微笑んだ。
「気になりますか?カナリアでございますよ。」
「いや・・やけにでかいゲージだと思ってな。カナリアにしてはでかくねぇか?
てっきりダチョウでもいるのかと思ったよ。」
「・・・・ふふ、さすがに当店でもダチョウは扱っておりませんわ。」
イヴはそのゲージに歩み寄った。
そうして小さな手で俺を招く。
「?」
「とても美しいモノなのですが、少々難がございまして。
当店でも扱いに困っておりますの。」
そうして音も無くその布を剥いでしまった。
「っ!!」
言葉を失った。
カナリア・・なんかじゃない。
そこにいるのは、人間。
人間の少女。
その身体には不釣合いな程大きなゲージの端っこで、膝を抱えて座り込んでいた。
「・・お、い・・洒落になんねぇぞ・・人間じゃねぇかっ!?」
「・・・黒羽様、よく御覧になってください。」
「よく見たって・・」
人間だ。
イヴは無表情のまま、話し掛ける。
「こちらに背を向けなさい。」
「・・・・」
少女は何も言わない。
無言のままなんともいえない色を瞳に宿し、俺を映した。
それは一瞬。
そうして少女ゆっくりと立ち上がり、背を向ける。

「・・・・・・・」
「カナリアですわ。それも珍しい白翼の種です。」
イヴの説明がやたら遠くで聞こえた。
俺は目を離せずにいた。
少女の背中には、真っ白な翼が生えている。
その手も、足も、背中も。
全部。
人間と一寸も変わらぬ少女は、間違いなく愛物だ。
「・・・・なんで、こいつだけこんな檻に閉じ込めてるんだ?
しかも布までかけて・・・お前、愛物を自分の子供だって、言ってたじゃねぇか・・・」
視線を外して、イヴを見下ろした。
少女は悲しそうにカナリアの彼女を見つめる。
「この者は・・少々難があると、申しましたでしょう?」
「・・だからって・・・どうするんだよ?」
「・・・此処で暫く調教いたします。そうして・・・この者が望むのを待ちます。」
「?」
イヴはその檻をまた白い布で覆ってしまった。
俺はそれを黙って見ていることしか出来ないでいた。
でも、なんだろう?
あの不快な感情。
あんな・・あんな綺麗な人を、こんなところに閉じ込めてしまうなんて。
「あのカナリアは歌えません。そして、誰かを望むことが出来ないのです。」
「?」
「歌えないカナリアはPETでは扱えません。だから私の所へ送られてきたのです。
私は歌えなくても構わないと思いました。
この者が望む誰かに飼われていくなら、それを見届けようと思っていました。
けれど・・」
イヴは哀しそうに瞳を伏せた。
初めて見せる、子供らしい表情。
「あの子は誰も、何も望みません。
生きることすら、望んでいないのです・・・。」
「・・・・」
椅子に腰掛けるイヴを見送って、俺はもう一度その布で覆われたゲージを見つめた。
望んでない?
どうして?
なぜ、歌わない?
そんな綺麗な身体なのに、何を悲観する?
どうして・・・笑わないんだろう?
あんなに綺麗な目をしてるのに・・・
「黒羽様?」
イヴの声を無視して、俺はその檻に歩み寄った。
そしてその白い布を剥ぎ払ってしまう。
「・・・」
やはりそこには、小さな身体を丸めた少女の姿があった。
眩しそうにこちらを見上げている。
不安そうな瞳。
やっぱりそうだ。
何も望んでいなかったら、そんな不安な目をすることはない。
そんな感情持たないはずだ。
俺はゲージに触れて、隙間から手を差し入れた。
「おいで。」
「・・・・」
少女は大きな瞳を瞬かせる。
驚いた目で俺を見上げる。
近い年だろうか?
もっと幼いかな?
俺は微笑みかけて、じっと瞳を見つめた。
「こっちに、もう少しだけ近くに寄って?」
「・・・・」
言葉は理解出来てるんだろう。
少女は首を傾げて、俺をじっと見つめている。
俺は上着のポケットに左手を入れた。
「よく見えるように・・もう少しだけこっちに来て下さい。」
「・・・・」
座り込んだ腰が浮かぶ。
手を床につけて、少女はこっちに寄った。
本当に一歩だけ。
思わず笑みが零れた。
ポケットから白いハンカチを取り出した。
右手にかけて、ワン、トゥー、スリーと声をかける。
軽い音に驚いて彼女は瞳を閉じた。
「?」
出したのは赤い薔薇。
目を開けた彼女は不思議そうに瞳を瞬かせている。
そして俺の右手の花をじっと凝視した。
「もう一度、この花に魔法をかけると・・・」
「?」
ハンカチで薔薇を隠す。
そうして頭の中で数を数える。
呪文を唱えて、ハンカチを取ってみせる。
「ほら、俺の子分の登場さ♪」
「!!」
相当びっくりしたらしい。
彼女は後ずさってしまった。
俺の右手には白い鳩が一羽。
目を丸くしている彼女の前で、もう一度鳩にハンカチをかけた。
そうしてすぐに取って見せると、一羽が二羽。
二羽が三羽。
次々と現れた鳩は六羽で止まった。
俺の両肩に四羽。
もう二羽はゲージの隙間から、彼女の手に飛んでしまった。
初めて見たように、彼女は自分の手に止まった鳩を見つめる。
鳩は何か囁くみたいに鳴いて見せた。
言葉が分かるのかな?
初めて。
少女は笑った。
くすくすと小さな声を立てて、少女は笑った。
「・・・・・」
この時の感情をなんて言ったらいいんだろう?
綺麗な顔立ちが笑顔に綻ぶ。
「初めてこの子の鳴き声を聞きましたわ・・」
背中でイヴの声がした。
振り返ることなんか出来なかった。
その笑顔から目が離せなくて。
「笑い声だろ?」
初めて聞いた。
初めてだった。
誰かの笑う声が、こんなに嬉しかったのは。
その笑顔にこんなに感動したのは。
そしていとおしいほど、可愛いと思ったのも。





そもそも、それが全ての始まりで。
彼女とのなれそめだ。
それから月日は半年経つ。
俺の部屋は南向きで、昼間はとても日当たりがいい。
いつも昼寝を決め込んでるソファの上ではすでに、六羽の鳩が止まって休んでいた。
その真ん中で、無防備に羽根を広げてまどろんでいるカナリアは。
今は俺が付けた名前で、『青子』というーーーーー





END OR・・・





2001/06/15







Written by きらり

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