Love Spell










十二月も中旬に差し掛かったある日のこと。
教室はいつもの賑わいを保っていた。
その時、彼の声が響き渡るまでは・・・・
「な・・なんだってえええええっ!?」
しんと静まり返る教室。
それを告げた彼女は困った風に教室を見回した。
何事かとこちらを見ているクラスメイトになんでもないよぉ〜と笑ってみせる。
しかしその隣りの黒羽快斗。
彼の剣幕にクラスの連中は暗黙を守った。
どう見てもなんでもなくはない。
しかし下手に首を突っ込むと、自分もどうなるか分からない。
周囲のクラスメイトたちは見て見ぬ振りに徹した。
笑ってあたふたしていた青子は慌てて快斗の耳元に囁くように話し掛ける。
「しーっ!・・もう、そんな大きな声出すことないでしょー?」
「・・・だって、お前・・マジでそんなことするのかよ?」
幼なじみであり、今はすっかり公認のカップルである青子に快斗は感情を
押し殺した声で確認する。
青子はそんな様子も知らず、にこにこと笑って頷いて見せた。
「うんv
だってすっごく条件良いでしょう?
15日から22日まで、一週間だけのアルバイトだよ〜。」
「・・・・・」
恵子に紹介してもらったというその条件の良いアルバイトの詳しく書かれた
紙を机の上に出して青子は細かく説明する。
その顔は楽しそうに輝いていた。
「でね、時給1000円なんだよーv
すっごいでしょー?」
「ああ、すごいねー。」
ほとんど棒読みである。
けれど青子は露知らずにこにこと説明を続けた。
快斗といえば。
そんなこと聞かなくても今出されて一瞬で全て読んでしまった。
いちいち説明などいらないが、青子は一懸命に話しまくる。
それを制止するのも悪いし、そのにこにことした表情は可愛くて良い。
だが。
だが快斗は一つだけ気に入らなかった。
項目欄に制服支給とある。
その制服が・・・・
「・・それでね、可愛いでしょー。
制服が・・」
「・・・・」
頭を押さえ込んで快斗は溜息を漏らした。
青子の持ってきた話は夏に駅前に出来た評判のケーキ屋の臨時販売員のバイトだった。
店もお洒落でケーキや洋菓子の味も評判の店だ。
確かにこのクリスマス時期は大忙しの時期だろう。
アルバイトがたった一週間っていうのも悪くない。
時給も悪くないし、むしろ良いくらいだ。
販売員は女の子しか取らない。それも快斗には好意的だった。
しかし。
しかし、その支給される制服は。
この季節のお約束。
サンタクロースの衣装なのだ。
もちろん髭つけて、帽子被ってではない。
お見せできないのが残念だが、大変に可愛らしいものである。
真っ赤なワンピースに真っ白の真ん丸いファーがアクセント。
ベルトは銀の太めのもので、頭の上には可愛らしい真っ赤なサンタの帽子。
しかし先っちょには可愛らしく真っ白なリボンが結ばれていた。
「15日からクリスマスフェアで特別にオーダーして作った制服なんだって!
すっごく競争率高いのよ!でもね・・昨日恵子たちと面接に行ってバッチリ採用
されちゃったのーvすごいでしょ?青子ってばv」
「ああ、すごいすごい。」
そりゃそうだ。
もし自分が面接官だとしても、青子だったら見ただけで採用だよ。
可愛いし、可愛いし、可愛いし。
快斗は心の中で三度繰り返す。
そのくせどう見たって青子にはお似合いじゃねぇか、この制服ー!
つーか・・・なんでこんなスカートの丈が短いんだっ!!
にこにこと嬉しそうな青子の前で、快斗は無表情のまま内なる黒い炎を
焦がしていた。
「だからね、22日までは快斗と一緒に帰れないの。
ごめんね?」
「・・・あ、ああ。気にすんなよ・・・気にしてねぇよ・・」
近くの席のクラスメイト達は内心冷や汗ものでその光景を見守っていた。
どう見たって、気にしまくっている黒羽快斗の姿がそこにはある。
面倒なことにならなきゃいいけどなぁ〜〜。
周囲の心配を余所に青子はご機嫌そうに鼻歌を歌いながら快斗に見せていた
それを鞄の中にしまっていた。
青子が歌っているそれは、真っ赤なお鼻のトナカイさんの歌でした。


次の日の放課後。
12月15日である。
今日から青子のアルバイトは始まった。
「それじゃ青子恵子たちとこのままバイトに行くから。
また明日ねv快斗。」
「・・・・ああ。」
昇降口で恵子たちに向かっていく青子を、快斗はぼんやりと見送った。
振っていた手を下ろして、途端不貞腐れた顔になる。
このまま帰るのも面白くないので、快斗は暫し考え込んだ。
不意に浮んだナイスアイデアに一人頷き、急いで靴を履き替える。
そうして快斗はとある店に直行した。

駅前のカフェ、『CLOVER』。
快斗はカプチーノを注文して二階の窓際に一番近い席を陣取った。
そこで雑誌を開きながら、向かいの店を見下ろす。
そう、この店の向かいは評判のケーキ屋さん『Jewel Box』。
今日から青子がアルバイトをする店である。
「・・・・・」
ぼんやりと店を眺めていると店の中から青子と見知らぬ女の子が出てきた。
「・・・っ」
思わず口元を押さえ込んだ。
赤い制服に身を包んだその姿といったら・・・可愛すぎるっ!
快斗は笑ってしまう口元を片手で覆い隠した。
一人で笑っていたらそれこそ怪しい人間の仲間入りである。
こほんと咳払いをして、快斗は誤魔化した。
そして改めて下を見下ろす。
「?」
何をしているのだろう。
店の前に小さなテーブルを出して、傍に何か立てていた。
プレートには『クリスマスケーキ受付致します』の文字。
広くはない店の中で受付はせず外で注文を受ける形にするらしい。
なるほど・・・そう思ったが、あまりかんばしくはない。
何しろあんな格好では青子が寒いではないか!
かといって俺には何も出来ないし・・・気が利かねぇな・・
コートくらい着せてやれよおおおっ!!
机と椅子が二つ並んで、青子は向かって左に。
もう一人のアルバイトらしき女の子は右に座った。
途端に買い物帰りの主婦らしい人が数人受付をし出す。
青子は可愛らしい笑顔を浮かべて、接客をしていた。

長い髪が夕方の冷たい風に揺られている。
その頭の上には可愛らしいサンタクロースと同じ赤い帽子。
白いリボンが可愛かった。
思わず笑みが零れる。
あの説明の紙を見た時から、端にあった制服のイラストを見て青子に似合いそうだと
思っていた。
けれどあそこまでお似合いだとは・・・
思わず洩れる笑みを隠す為に、快斗はカプチーノを口に運ぶ。
ついでに腕時計を確認した。
時間は4時を過ぎたばかり。
青子のバイトは4時から6時半まで。
あと二時間半か・・・流石にそれまでこの店にいるわけにはいかない。
あと30分は粘らせてもらうが・・その後は、一回家に戻ろう。
それから・・・と、考えをまとめている時。
「・・・・・」
快斗にとって一番よろしくない状況が向かいの店前では起こっていた。
自分たちとは違う高校の生徒だろう。
男子生徒が数人、『CLOVER』の店前でケーキ屋を眺めている。
否。正確には店前を。
二人並んだ可愛らしい制服に身を包んだ女の子を眺めているのだ。
そうして何か言い合っては笑っている。
それが、はた目から見ても面白くないことを云っているのは取って見れた。
どう考えても青子を見ているとしか考えられない快斗がいる。
よく見なくても右隣りの女の子も大変可愛らしい子なのだが。
やはり快斗には青子以上に可愛く見える人間など存在しないらしい。
あの男たちも同じく、青子を見ているとしか考えられなかった。
「・・・・」
どうしてやろう・・・そんなことを考えていると、その男たちは立ち去って行ってしまう。
内心ほっとしたものの、どう考えてもバイトを選考した人物は顔で選んだとしか思えない。
店の中のバイトの子たちも普通よりむしろ可愛い女の子ばかりなのだ。
快斗はぼんやりとその光景を眺めていた。
今年のクリスマス・・・どう過ごすか念入りにプランを立てながら・・・



12月16日
午後6時半頃。


「はっくゅっ!!」
「大丈夫?快斗・・・」
青子は心配そうに快斗に駆け寄ってきた。
よく映える白いマフラーがふわふわと揺れ動く。
快斗はそれを視界に入れながら、青子の温かい掌を取った。
「さ、帰るか・・」
「・・・うん。」
一緒に歩き出して青子は快斗を見上げた。
ほんの少しだけ去年よりまた伸びている快斗。
真っ暗な空に快斗の吐く息が白く溶け込んでゆく。
繋いだ手を快斗のコートのポケットの中にしまわれて。
青子の左手は温かかった。
「ねぇ・・迎えに来てくれなくても平気よ?
恵子たちと一緒に帰るし・・・快斗風邪引いちゃう。」
「いいんだよ、俺がやりたいんから。」
繋いだ手をぎゅっと握り締めて快斗は笑って見せた。
その笑顔が大好きで青子はなんだか嬉しくなる。
ガサツなくせにこういうところは気が利き過ぎる。
昔からずっと変わらないそれ。
青子はえへへと照れ隠しに笑って見せた。
その笑みに心がじんわり温かくなる。
こんな夜風は冷たくて強いというのに。
青子と二人でいるということだけが、じんわりと俺を包み込むのだ。
奇妙な安心感があった。
そして離し難い愛しさが込み上げる。
「青子・・・バイトおもしれぇか?」
「うんvすっごく楽しいよ。
店長さんも良い人だしね、他のバイトの子達もすごく楽しい人ばかりなの。
青子初めてバイトってしたからね、すごく嬉しいv
こんな楽しいことだって知ってたら、もっと前からやってたのになぁ・・」
「・・・え。もしかして・・このまま続けるつもりかよ?」
繋いだ手に力が篭もるのを不思議に思いながら、青子は快斗を見つめた。
快斗は少しだけ焦ったような表情を浮かべている。
その目が真っ直ぐに青子を捉えていた。
「そうしたいなぁって思う気持ちもあるけど・・・そういうわけにもいかないよ。
お父さんも心配するだろし、勉強もあるしね。」
事実無理だということは快斗自身にもよく分かっていた。
不在がちな父親に代わって、青子はよく家のことをまかなっている。
それはずいぶん昔からそうだが、これからもおそらく変わることない。
青子はそれを知っていた。
快斗もそうだと思っていたのだが、どこかでそれを改めて安堵する自分がいる。
「・・バイトかぁ〜〜・・・」
「快斗もしたいの?」
「ばぁ〜か。俺様はめっちゃ忙しい高校生だからね。
んな暇ねぇの。」
「快斗が忙しいっていうなら、世の中の高校生はみーんな超ウルトラ多忙
スケジュールだよ。快斗なんか授業中はお昼寝してるし、早弁しちゃったりするし、
そのうえ屋上でサボってたりするしー。
ちゃんと真面目に勉強しないと進級出来ないからね!」
「はいはい。口うるさい青子様だな〜」
からかって快斗は青子をぐっと引き寄せる。
よろめいた青子はぽすんと快斗の胸板に収まり。
そうして近くなった額に口付けられる。
「もうっ!急にそういうことするー!」
赤くほっぺたを染めて、青子は怒って見せた。
人気がないのを確認して、快斗は左手で青子をぎゅうっと抱き締めた。
青子は回りを気にして首をきょろきょろさせている。
その耳元にゆっくりと唇を寄せた。
「快斗・・誰か来たら・・」
「いつだったらこういうことしていい?」
その囁きが。
言葉が、擽ったくて。
青子はぎゅっと目を閉じてしまった。
ちゅっと音が響いて、快斗はすぐにもとの位置に戻ってしまう。
普通に手を引かれて、青子は我に返った。
「ば、ば快斗っ!!」
後ろから誰かの足音に青子は声を潜めて、文句を云った。
そんな青子に軽くウインク。
「隙あり過ぎなんだよ、青子さまv」
膨れっ面で歩いている青子を顧みて。
快斗は笑みを浮かべた。
拗ねてても何してても青子は可愛い。
そりゃ笑った顔が一番なんだけどね。
でも・・それくらい許して。
隙があり過ぎて。
罪なくらい無邪気なお姫様に夢中なんだからさ。
これくらいの仕返し。
俺にもさせてくれよ?

                                  

「送ってくれてありがとね、快斗。」
さっきまでの膨れっ面もどこへやら。
青子はにっこりと笑って玄関の中に入っていく。
その姿を見送って。
快斗は帰路へついた。
歩きながら空を見上げると、冬の星座が溢れている。
立ち止まって暫くそれを見上げた。
しんと冷え切った空気の中。
黒のカーテンに鏤められた星屑の光。
チカチカと瞬いて。
変わらない姿を永久的に見せしめてくる。
じっと見ていると吸い込まれそうだ。
否、落とされていくようなのか。
まるで奈落の底で上を見上げているよう。
絶対に届かない領域。
どんなに手を伸ばして、永劫に掴めるものではない。
時々息苦しくなるのは気のせいだろうか。
あまりにも圧倒されて。
自分がちっぽけな存在に落とされていく。
ちっぽけな自分。
大した存在でなくても。
ポケットの中の右掌を握り締めた。
あの手を離さないことは出来る。
失わずにいることが出来る。
その幸福を噛み締めた。
そうして歩き出した。
掴めるものはたった一つで良いのだ。




12月17日
午後5時過ぎ。


駅前で最近人気のカフェ『CLOVER』。
客席は一階のカウンターと二階に。
その二階の窓際に今日も今日とて、快斗は陣取っていた。
店の手前の通りと向かいの店が一番見下ろしやすいその席に。
今日の注文はカフェオレで。
「・・・・・」
見下ろして眺めている店はいつもと変わらない。
二人のバイトが外でクリスマスケーキの受付を。
もう二人は中で店のカウンターで立っている。
時々掃除をしたり、焼けたばかりのクッキーを包装したり。
接客などで時間に追われていく。
青子はくるくると良く動いていた。
手前のケーキ屋は店が硝子張りの為、店内の様子も良く見える。
可愛らしい制服に身を包んで、青子はせっせと掃除をしていた。
その時だった。
誰もいない店内に学生服に身を包んだ生徒たちが三人で入ってきたのは。
「・・・チッ」
思わず舌打ちが出た。
快斗は目を凝らして店内を見つめる。
それはどちらかといえば、睨みつけているのだが。
店内に入った制服姿の男たち三人は初日から、青子たちの様子をよく眺めている
男たちであった。
隣町の制服なのは分かっている。
その男たちがもしかして青子狙いではないのかと思っていたが・・・案の定。
その三人の一人が青子に何か話し掛けている。
その内容など聞こえるはずはないのだが、青子は最初にっこりといらっしゃいませと
云ったらしい。
それから男が何か云っている。
「・・・?」
青子は驚いたような顔をした。
そして恥ずかしそうに困った笑みを浮かべた。
カウンターに入っているもう一人が恵子がそちらを眺めている。
思うところがあったのか動きかけた所に他の二人が何か注文して、それを止めた
ように見えた。
「・・・・」
乱暴にカップを置いて少し派手な音が店内に響いた。
しかしそれに構わず快斗は握り締めた拳をズボンのポケットに突っ込んだ。
ここで行くか否か考えて。
あえて快斗は動かずにいた。
今ここで乗り込んでったらめちゃくちゃタイミングが良すぎてしまう。
まさかこんな所で覗き見しているとは・・・知られたくない。
何を云ってるが知らねぇが・・あいつ等。
顔は一生忘れねぇからなっ!!
無駄に良過ぎる記憶力を発揮して快斗はその三人の男の顔を睨みつけていた。
今日送る時、絶対に聞き出してやる!
「・・・・」
しかし、どうやって聞き出そう?
あいつ等なんて云ったんだ?!なんてストレートに聞いたら、いくら青子でもなんで
知ってるのか疑問に思うだろう。
あれこれ考えて快斗はいかに聞き出すが、思い悩んだのだった。



同日
午後6時50分


「それじゃあまた明日ね、快斗。」
「あっ・・ま、待てよ、青子・・その・・」
口篭る快斗に青子は小首を可愛らしく傾げた。
きょとんと丸くなった瞳が自分を真っ直ぐに見上げてきた。
参ったな・・快斗は未だ、青子に今日のことを聞きだせずにいたのだ。
あれこれ考えて一番自然な問いかけを心がけようとするのだが、考えれば考える程
不自然になってしまう。
玄関の前で。
青子のほっぺたは冷たく冷えていて。
吐く息が白く自分の前を遮るのを見て。
快斗は思い切って口を開いた。
「き、今日はなんか変わったことあったか?」
「ううん。なんにもないよ?」
「そ、そうか・・・」
あっさりと即答されて、快斗は心の中でちっがーうと叫んでおく。
すると思い当たったように青子がぱっと顔を輝かせた。
「そういえばね?」
「うん!なんだ!?」
ものすごい勢いで返答されて青子の方が少々面食らう。
けどにこにこと笑みを称えると、青子は云った。
「青子がバイトして一番売上が多かった日だよv
すっごく忙しかったんだから〜!」
「はは・・そうだったみてぇだな・・。」
事実快斗も見ていたのでよぉ〜く知っている。
あの三人の学生が帰った後から、急に店が混んでいたのだ。
見ていたから知ってるとは流石に答えられず。
快斗は手を振って家の中に入っていく青子に手を振り返すことしか出来なかった。

どう見ても、大した会話でなかったふうではなかった。
恥ずかしそうに俯いた青子。
困った時に浮かべる笑み。
横目でちらりとカウンターにいる恵子にサインを送っていた。
それにあの男。
どう考えても緊張した面持ちであった。
ったく、ああいうのがいないわけないと思ったんだ。
なんせ俺の青子は可愛いし、可愛いし、可愛いし!
一生懸命なとこも。すぐにむくれるトコも。
快斗の目には全ていとおしく映る。
しかし・・だからこそ問題があった。
俺の欲目だけでなく、どう考えたって青子は可愛いのだ。
それは誰の目にも。
はっきりと正直に可愛く映る。
そんなこと子供の頃から気付いていた。
けれど。
青子はいつだって俺の手だけを選んでくれたから。
この手を離さないでいてくれたから。
だけど。
青子は誰にも優しいから。
だから、俺は時々どうしようもなくなってしまう。
優しいアイツが好きなんだ。
笑ってるあのままのお前でいて欲しいんだ。
なのに。
それを俺だけにしてて欲しいなんて。
いつからか、お前だけに俺は我儘になっている。
いつまでも、お前だけに俺は子供のままでいるんだ。
幼なじみから、恋人に変わっても。
その不安が消えないなんて。
増すばかりなんだって云ったら、きっとアイツは呆れて笑うんだろうな。
いつまでも子供みたいだね、快斗は。
そう云って困った風に笑うんだろうな。




12月18日
午後12時30分


珍しく風は弱く。
小春めいた日の休み時間に。
快斗は屋上でぼんやりと寝転がっていた。
待ち合わせは特にしていない。
けれど、青子はやってくる。
階段を駆け上がって息を切らして。
ごめんね、待った?そう云って扉を開けるんだ。
「快斗?」
扉が解放される。
屋上にぴょんと足を下ろして。
青子はゆっくりと扉を閉めた。
「ごめんね、遅くなって・・待った?」
「全然ー。今さっき来たとこだし。」
天気が良い日は屋上でお昼を食べることにしている。
日差しがよく当たって邪魔者もやってこないこの場所で。
青子が作ってくれた弁当を食べられる。
こんな贅沢な気分を校内で味わえるなんて。
俺は最高に幸せ者かもしんない。
「お腹空いたでしょう?
今日はねー快斗の好きな卵焼きとミートボール入ってるんだよv」
「ラッキー。ああ、マジで嬉しい!」
「本当に快斗は単純なんだからー。
おにぎりの中身はねー、シャケとおかかだからね。」
にこにこと青子はスカートの上にアルミホイルで包んだおにぎりを転がした。
その一個を貰って俺は剥がして、おにぎりにかぶり付く。
さっき買っておいたお茶を青子の分も開けて、置いた。
「ありがとうね、快斗v」
「んご・・もがひいて・・」
「もう、食べながらしゃべらないでよー。
何云ってるか全然分かんないよぉ。」

弁当を済ませて。
俺はごろんと横になった。
食べてすぐに寝ると牛さんになっちゃうんだからねー!
いつも青子に云われているが、これが気持ちよいのだ。
幾ら云われてもやめることが出来ない。
空になった弁当箱を包んで片付けている青子の膝に頭を摺り寄せて、
俺はそのまま膝を枕にした。
「快斗は甘えん坊だねー。」
くすくすと笑みを零して。
まるで子供に云うように青子は言葉を掛けてくる。
それが酷く優しい声音で。
甘やかされてることを知っていた。

温かくて眠たくなる。
けれど昼休みはもうすぐ終わる。
眼を閉じてても、それが分かった。
青子は手持ち無沙汰なのか、膝の上に乗っかった俺の頭を弄っていた。
髪の毛をくるくる巻いたり、優しく撫でてくれたり。
それが心地良くて、安心する。
けれど。
その安心の中に焦燥が湧き起こる。
昨日の男たちのこと。
緊張した面持ちで、青子に話し掛けたあの男の顔。
青子の照れ臭そうな困った笑顔。
それらが、目を閉じても容易く浮かぶ。
奥歯を噛み締めるが、誤魔化しが効かない。
優しい手を握り締めて止めた。
「・・快斗?もう教室戻ろうか。あと十分もないよ?」
「・・・・」
昼休み終了五分前のチャイムが鳴った。
屋上のすぐ傍にあるスピーカーから、その音が響いて耳にやかましい。
動けなかった。
動きたくなかった。
青子は不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。
その視線が感じられて、俺はゆっくりと目を開いた。
思ったとおり俺を覗き込んでる綺麗な瞳。
どこまでも澄んでいるその無邪気な瞳に映っている、無表情な俺。
青子は不思議そうに俺の言葉を待っていた。
黙っててもそれが分かる。
俺が分かっている事を青子も知っている。
互いに分かり合えるのだ。
特別な言葉は必要じゃないんだ。
でも。
こんなつまんないことさえ、俺は気に入らないんだ。
「あの男、なに?」
「ふえ??・・・あの男って誰???」
回りくどい言葉が面倒で。
俺はストレートに青子にぶつけてしまう。
青子は案の定全く分からない様子であたふた考え込んでいた。
「昨日、バイト中に青子に話し掛けてきた男。
アイツ、なんて云ったのお前に。」
「・・昨日って・・ああ、あの人か〜・・・・ってなんで快斗・・」
それ以上云わせなかった。
覗き込んでくる髪と掴んだままの腕を引っ張る。
アンバランスな姿勢で青子が倒れこんで来るのを寝転んだまま、抑えた。
「なんて云われたんだよ?」
「・・・何って・・ただ、一緒にバイトしてる女の子の名前聞かれただけだよぉ?
恵子のこと、気に入ったんだって。」
「・・・・」
沈黙が続く。
昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。
青子は俺に体重をかけないように、手をついて身体を支えている。
俺は握り締めた髪を離せなかった。
片手は腕を離してやり、屈みこむ形になる青子の脇腹を支えていた。
「・・・それだけか?」
「それだけよ?一緒の高校なんですか?って・・・あと、付き合ってる人いるのかな?
って・・その、本人に聞くの恥ずかしいからって・・・」
「・・・・・」
頭の上でぴよぴよと飛んでいる小鳥の姿が見えたような気がした。
溜息を漏らして、俺は青子の髪を解放する。
そうして勢いよく飛び起きて。
青子に向かい合わせて座った。
「一体な・・に?」
しっかりと青子を抱き締める。
青子は訳が分からないといったように、ハテナ符を飛ばしまくっていた。
俺は溜息しか出てこなかった。
一体なんであんな思いを昨日から・・・・
「・・・俺ってばっかみたいだー。」
「今頃気付いたのー?」
俺の腕の中で小さな笑い声が心地良く響く。
ああ、馬鹿だな。
青子に近付く男はみんな敵に見える。
全部が全部、青子を俺から奪おうとしているように思う。
だってお前は可愛いから。
不安になるんだ。
怖くなるんだ。
過剰になってしまう。
「・・・もしかして、心配してたの?」
「した。思いっきりしてた・・・」
「ふふ・・快斗って本当にお馬鹿だよね。
青子はすっごくすごく、快斗のこと好きなのに。」
「・・・・・」
分かってる。
俺がこんなにこんなにこんなに惚れてんだから。
その半分くらい青子が俺のこと好きでいてくれてるのは知ってる。
だけど。
それじゃ足りないんだ。
不安なんだよ。
ダメなんだよ。
それは我儘なんだろうなぁ・・・
どんなヤツもライバルに見える。
どんな言葉でも不安になる。
そしてこんな簡単に、俺は安心出来る。
「快斗・・大好きv
いつも迎えに来てくれてありがとうね。快斗も・・・忙しいのに・・」
「・・・そんなのより、お前の方が大事だ。」
この時期どうしても宝石展は各地で開催されるからな。
合間に大きな展示会には忍び込んで確認していたりする。
けど今はそれより何より。
青子の迎えに行くのが優先なんだよ。
宝石はいつでも何処でもある。
でも。
青子はお前一人だろう。
俺の大事な大事なお姫様は、お前だけなんだよ。
それは何よりも大事な宝物。
「青子も快斗が一番大事だよv
快斗が忙しいのも分かってるけど・・クリスマスだけは空けておいてね?
恋人になれて、初めて二人だけで過ごす・・・夜でしょう?」
「・・・・」

恥ずかしそうに耳元に囁かれて。

それが、どんな強力な魔法か君は知らない。

なにより強い呪文に縛り付けられる。

その心地良さに安堵する。

そして些細なことに、自分を失う。

でもどんな時も。

いつでも。

俺を救うのはただ一つの呪文。

青子だけが俺を救って。

縛り付けられる。

その強い。

恋の呪文で。







★★★★★★★★★★★★★
2001/12/17

Written by きらり

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