夢の時間





             大切な人がいますか?
 
        あなたはその人の為に何が出来ますか?

          大切な人は泣いていませんか?

       あなたに、その人を守ることが出来ますか?



         あなたは、その人を、愛していますか?


              何があっても。
     
            例え憎まれたとしても。

     

          あなたは、その人を、愛せますか?





街はクリスマス一色で。
赤と緑の大きなリボン。
金と銀のたくさんの鈴。
鮮やかな飾り付けで人の目を楽しませている。

中森家も例外ではなかった。
玄関先の大きな木には、色とりどりのリボンで飾られて。
扉には手作りの大きなリース。
クリスマスにはまだ日があると言うのに、十二月に入ってから青子はせっせと
用意し始めていた。
今日は日曜日。
クリスマスは来週に控えていた。
幼なじみも借り出されて、今日はクリスマスの為の準備の最終段階を迎えている。
部屋の飾り付けが終わったら、後は招待状のカードを書くだけだ。
テーブルの上に並んだカードを見て、快斗は呆れ果てたように大きく溜め息を漏らした。
「なによ〜〜快斗。大袈裟に溜め息ついて?」
「いやさ・・・毎年のことながら、よくやるなぁって思ってさ。
今年は一体何人呼ぶつもりなんだよ?」
「ん〜〜?クラスの皆。用事ない人は出席してくれるようにお願いしたよー?」
「・・・・」
可愛らしい手作りのクリスマスカード。
女の子にはピンク色。
男には薄い緑のそれ。
本当に、マメだよなぁ・・こういう行事ごとにさ。
「お前さ〜〜、今年幾つだ?
皆クリスマスなんざ恋人と一緒に過ごすに決まってるだろー?
いつまでも、お子様じゃないんだぜ?」
「・・そうかなぁ??でも恵子たちは皆来てくれるって言ってたよー?」
「・・・・ふーん。」
青子はずっとカードにペンを滑らせている。
不意にその手が止まった。
紅茶を飲んで書き終わったカードを黙って眺めている快斗を、青子はそうっと見上げていた。
不安そうな瞳。
そして遠慮がちに青子は言葉を選んでいる。
「・・・なんだよ?」
「あ、・・・あのさ、快斗?」
「うん?」
「その・・クリスマス・・もしかしてさ・・」
「?」
カードをテーブルに戻して、快斗は青子を見つめた。
青子は遠慮がちに笑ってみせる。
そしてなんでもないと、またカードに視線を戻した。
それでも、その手は動いていない。
何か、考え込んでいるようだ。ちらり、とこちらを伺ってまた視線を戻してしまう。
青子に気付かれないように、快斗は小さく溜め息を漏らした。
そして持ってきていた雑誌にさらっと目を通す。
ペラペラとページを捲りながらも、その目は記事なんか読めていなかった。
雑誌にはこの時期お約束のクリスマス特集。
プレゼントから豪華なディナーの予約まで。ありとあらゆる情報が充満している。
それらにさらりと目を通しながら、視線はそのままで快斗は素っ気無く言った。
「用事なんかねぇよ。とびっきりのマジックで盛り上げてやるさ。」
「・・・」
青子は驚いたように顔を上げた。
どんなに見ていても、快斗は顔を上げない。
でも笑ってしまった。だってその横顔。
快斗は照れ臭そうに、拗ねてしまっていたのだ。
大好きな幼なじみのそれ。
「ありがとう、快斗v」
青子はにっこりと微笑んだ。
「それじゃあ青子も快斗には特別なプレゼント用意しておくね?
なにが良いかなぁ??
なにか欲しい物ある?ねぇ、快斗?」
テーブルを乗り出して、青子は無邪気に快斗の顔を覗き込んだ。
すぐ傍まで青子の髪の毛が近付いている。
手を出したらすぐ届くそれに、快斗は横目で認めていた。
「・・・・」
「ねぇ、快斗?なにか欲しい物ある?」
「・・・」
残酷なまでに無邪気なそれに、快斗は眩暈を覚えていた。
いつまで経っても自分の大事な幼なじみは、お子様だった。
それが嬉しくもあり、情けなくもある。
こんなに傍にいるのに・・自分には意識させる程の魅力がないのだろうか?
あんまり近くにい過ぎて。
それらを感じるにはあまりにも程良い関係で。
なんとなく、そこに踏み切れない何かがあったことは事実。
そして、もう少ししかそれが持たないことも。
また事実だった。



楽しいことはあっという間で。
それが楽しければ楽しかったほど。
終わった後の静けさは、いつも慣れないものだった。
ホンの数時間前まで、ここは大勢の人間で溢れかえっていた。
仲良しの友達、気のいいクラスメイトたち。
それぞれが何かを持ち込んできてくれて、賑やかで楽しい一時を過ごせていた。
でも楽しい時間は短いこそ、その輝きが強い。
その一時を過ぎてしまうと、残るのは静か過ぎる日常。
青子はぼんやりとそれを眺めていた。
女の子達が片付けやすくまとめてくれた紙皿や紙コップ。
それらはすぐにゴミ袋に入れて、片付けられるだろう。
それでも、青子はすぐにそれらを片付ける気にはなれなかった。
食べ残されたケーキとオードブル。
空いたままのノンアルコールシャンパン。
ホンの少しだけ、ワインを持ち込んだ男の子もいたけれど。
その瓶には半分ほど残っていた。
お父さんが帰ってきたら怒られちゃうな・・早く片付けちゃわないと。
それでもすぐに動けない。
青子の父は明日の夜まで帰らない。
年末忙しいのは警察もだった。
「・・・はぁ〜〜」
ソファにボスンと埋もれて、青子は時計を確認する。
もうすぐ日が変わる。
それほど、遅い時間になっていた。
一人はやっぱり淋しいな・・・さっきまで賑やかだったから、なおさらだった。
うんっと伸びをして、立ち上がる。
しゃんと頬を軽く叩いて、青子はにっこりと微笑んだ。
「今年も楽しかったなぁー!」
そう楽しかった。
だから青子は笑った。
一人になるのは慣れていた。
ずいぶん前からこんなクリスマスを過ごす日が、少なくなかったのだ。
淋しくなんかないよ。強気に笑ってみせる。
笑うと淋しいのがどこかに飛んでしまう気がする。
ゴミ袋にポイポイと燃えるゴミを片付けて、青子はそろそろお風呂に入って寝てしまおう、
そう考えていた。
その時。
ピンポーン♪
「誰だろ・・・?」
チャイムが鳴り響いた。
誰かが忘れ物したのかもしれない。
パタパタと廊下を急ぎ足で玄関へ向かう。
でも・・・思わず立ち止まっていた。
友達なら明日でも電話で知らせてくれるだろう。
そんな大事な物を忘れたのかなぁ??
それとも・・・強盗さんとかだったらどーしよー。
とにかく覗き窓から覗いてみようかな・・・?
「あーおーこー!!起きてんだろ?
開けろよ!」
「・・・快斗?」
その声は青子が聞き間違えるはずがない。
快斗の物だ。
急いで玄関の鍵を開ける。
念のため、すぐ傍のゴルフクラブにも手が届くようにしておいて・・
「・・・??か、いと・・・?」
「メリークリスマス☆青子!」
青子は暫く茫然とそれを見ていた。
そして弾けるように笑い転げてしまう。
「か、快斗・・なにその格好!すっごくお似合いー!!」
「良い男だろ?こんなカッコいいサンタ他にいないぜ?」
そこには真っ赤なお約束サンタの衣装に身を包んだ快斗の姿があった。
白い付け髭まで、それは本当によく似合っていた。
「手伝いに来たぜ。片付けまだなんだろ?」
「ありがとう、快斗・・ふふ、でも・・・あはは」
笑いがまだ止まらない。
快斗を迎え入れて、青子はしっかりと鍵を閉めた。
「おっじゃまー♪」
「どうぞ、サンタさん。」
クスクス、まだ笑みが零れている。
リビングへ通り、快斗はそのまま片付けを始めた。
先程青子がまとめていたゴミ袋を担いで、ポイポイとゴミを放り込んでいく。
白いゴミ袋を担いだサンタクロースは、不思議と様になっていて青子は笑いながら
片付けをしていた。
「ありがとね、快斗。ゴミ袋はそっちに置いておいて。
明日ゴミに出しちゃうから。
手、洗って・・そこ座ってて。
今ココアでもいれるから。」
青子がトレイにココアを二つのせて、リビングに戻ってくると快斗サンタはその衣装を
外してしまっていた。
身につけているのはその真っ赤なサンタ服だけ。
付け髭と帽子はどこかにしまい込んだようだ。
「はい、お疲れ様。
本当にありがとうね、快斗。」
「ああ・・」
ココアを受け取り、快斗は決まり悪そうに足を組みなおしている。
その隣りに青子は腰をおろして、ココアを一口含んだ。
その甘さに笑みが零れる。
「・・快斗?どうかしたの?」
「・・・いや、別に。」
「そうだっ!!青子ねー。快斗に渡すものあるんだよ?
ちょっと待っててねー!!」
カップをテーブルに置くと、青子は急いでリビングを出て行く。
二階への階段を駆け上がる音がして、しばらくするとそれが戻ってきた。
「はぁ・・ほら、これ。クリスマスプレゼントだよv
この間約束したでしょ?
快斗、今日すっごーいマジック見せてくれたし。お礼だよv快斗。」
にっこり笑って差し出されるそれに、快斗は目を丸くする。
忘れていたわけではないが、本当に用意してくれてるとは思わなかった。
「さ、サンキュ。いいのか、本当に?」
「もっちろん!快斗の為に頑張ったんだから。
開けてみてよ、快斗v」
「おう。」
綺麗にラッピングされたそれを眺める。
薄いブルーの包装紙。
真っ白のリボンをまず解いた。
するすると落ちて、脚の上にリボンは落ちる。
青子はそれを拾ってくるくると巻いていた。
ゆっくりとテープを外していく。包装紙が破れないように快斗は慎重に扱った。
紙の音だけが部屋の中に響く。
そうして現れたのは鮮やかな青色のマフラー。
「・・・」
手にとってそれをまじまじと眺める快斗に、青子は得意そうに笑ってみせた。
「すごいでしょー。青子が編んだんだよ?恵子に教えてもらったんだ。
時間がなかったからマフラーしか出来なかったんだけど・・・
わりと上手に編めてるでしょう?」
「・・・すげーな。青子に編み物なんか出来るのかよ?」
信じられないように快斗はそれを見てみる。
本当によく編めてる。
そして得意そうな青子の笑顔。
「・・・・ありがとな、青子?」
「うんv喜んでもらえて良かった!」
「・・・青子、俺もその・・」
「?」
ごそごそとポケットから快斗はそれを取り出す。
小さな箱が綺麗にラッピングされていた。
なんでもないみたいに、当たり前のように目の前に差し出されて青子は首を傾げて
それを見つめる。
「・・青子にくれるの?」
「他に誰にやるんだよっ!?」
ぶっきらぼうな言い方にムッとして、でも次の瞬間に青子の頬は赤く染まった。
「・・・でも・・」
「迷惑か?」
「そうじゃないけどっ!そのビックリして・・・ありがとうね、快斗。」
青子はとても大事そうにそれを手に取った。
じっと見つめると快斗は恥ずかしいのか視線を泳がせてばかりだ。
「開けてもいーい?」
「おう。」
さっそく青子はその細いピンクのリボンを解いた。
包装紙を丁寧すぎるくらいの手つきで剥がしていく。
中から現れた小さな箱の蓋をそうっと開けた。
入っているのは丁寧に包まれたオルゴール。
それを外して、青子はうっとりとそれを見つめた。
「綺麗・・・嬉しい、快斗v
ありがとう!」
「・・・ああ。」
クリスタル硝子で作られた淡いブルーのそれは、ひんやりとでもどこか温かい作りだった。
所々小さな模様が入っている。
それは羽根をモチーフにしたデザインだった。
「その・・明日はさ・・」
ゆっくりと快斗が言葉を紡ぎ出す。
青子はその蓋を開けてみた。
中は紺のベルモットが敷き詰められていて、小物入れになっていた。
ゆっくりと氷を弾いたみたいな綺麗なメロディが流れてくる。
二人だけの静かな部屋に、それは心地よく流れそして響いて消えていく。
「いや、もう今日だけど・・クリスマスはさ・・その、二人で過ごさねぇか?」
「・・・快斗ぉ?」
丸くなった瞳に涙が滲む。
中に入っていた小さな銀の指輪は、青子の薬指にピッタリだった。
「来年もさ、出来れば二人きりの方が俺は・・いいんだけど。
青子は・・どうですか?」
浮かんだ笑みはとても照れ臭そうで。
青子はそんな笑顔が何よりも大好きだった。
覗き込まれた瞳に、とびっきりの笑顔を返して。
言葉の代わりに抱きついた。
「もっちろんだよっ!」
しっかりとその身体を抱き止めて、快斗は安堵の息を漏らす。
「あ〜〜・・緊張した。」
「何それ」
二人で顔を合わせると、どちらともなくクスクスと笑みが零れる。
嬉しくて、でも気恥ずかしくて。
でもそんなの今更で。
二人は額を合わせた。
今までだってずっと近くにいた。
でも、今はもっと傍にいれる気がした。
離れたくなくて。
嬉しくて仕方なくて。
二人はゆっくりと唇を合わせる。
あんまり柔らかくて。
あんまり嬉しくて。
あんまり夢みたいで。
二人は、笑ってしまった。



「無くしたくないから、デートの時しか付けたくない!」

青子はそう言って、大事に指輪をオルゴールにしまった。
快斗はそんなの幾らでも買ってやるのにって言ったけど、初めてくれた指輪なのだ。
子供の頃、お祭りの時に買ってくれたおもちゃの指輪もあるけれど。
それは幼なじみとして、青子にくれたもので。
本当はあの時だってとても大事な意味を込めて、快斗はプレゼントしたのだけれど、
あの当時はそれを伝える術を彼は知らなかった。
長い間ずっと大切だった。
幼なじみの存在が。
互いに、大事にしてることを知っていた。
だから・・嬉しかったのだ。
快斗が初めて、幼なじみとしてじゃないプレゼントをくれた。
ふざけて抱きついた時のそれじゃなくて、すごくすごく優しく抱き締めてくれた。
今までだって快斗は優しかったけど、全然今までと違う。優しく、でも強く。
大事なモノを扱うみたいに青子の身体を抱き締めてくれた。
何度も好きだと囁いて。
何度もぎこちないキスを繰り返して。
そして、嬉しくて朝まで一緒に過ごしていた。
青子はいつの間にか眠ってしまったけれど、朝目が覚めた時自分がサンタクロースの
腕の中にいることをとても不思議に、でも嬉しく感じたのを酷く覚えている。
デートの時しか指輪は付けなかった。







カタンと音を立ててオルゴールの蓋を開ける。
流れてくるメロディはあの日と変わらない。
それなのに今はどこか白々しく耳に響く。
「ずっとしまいっ放しだったんだ・・・」
あの夜。
青子はこれを身につけなかった。
本当は指に嵌めて行きたかった。
でも、あのパーティーは自分の父が警護をする場で。
もしも見られて何か聞かれたら・・・・青子はまだ、話せていなかった。
近いうちに打ち明けるつもりだったのだ。
きっと父は面白くない顔をしながらも、心の中では許してくれるはずだ。
小さい頃から仲良しだった幼なじみを、どこか頼もしく信頼してくれているのを青子は
知っていた。
でもすぐに話せなかったのは、自分でもとても恥ずかしくて。
友達にもまだ話せてなかったのだ。
お父さんにはお正月休みの時に。
友達には新学期が始まったらすぐに。
すぐに、快斗とのことを話すつもりだった。
皆、「良かったね」そう言ってくれると信じてた。
そう言ってくれただろう・・きっと。

手に取る銀のそれは、今も青子の薬指にピッタリだ。
数ヶ月ぶりに光を弾くそれはあの日のまま、とても綺麗で。
あんまり変わってなくて涙が出た。
ずっと忘れてしまっていた。
ずっとしまっていたままだった。
快斗は教えてくれなかった。
KIDは何も言わなかった。
青子は、何も思い出せなかった。
そして指輪は、ずっと。
引出しの奥にしまわれたまま。
あの日のまま、一度も開いていなかったのだ。

それをしまって。
蓋を閉じる。
机の上に置いたそれを眺めて、青子は突っ伏した。

「・・・と・・、か、いと・・・ッド・・」

嗚咽が止まらなかった。
忘れていたことを思い出した。
忘れていた時を覚えていた。
快斗の涙も。
KIDの微笑も。
同じくらい、同じくらい・・・

どうして忘れていたのだろう。
どうして思い出してしまったのだろう。

忘れてしまいたかった。
思い出してしまうならいっそ。
全て無かったことにしてしまいたかった。
それなのに、忘れることも出来ない。
消し去ることも出来ない。
無かったことになんか、出来ない。



嘘をついた。

欺いていた。

嫌いだった。

好きだった。

それなのに。



「・・・き、・そ・・嘘、つき・・・」




        
               愛に嘘は必要ですか?

            あなたは本当を伝えられますか?

           誤魔化すことも時には必要ですか?

       
 
        あなたはこの世で一番愛する人に嘘をつきますか?
     
       
           愛の為に、嘘が必要だったとしても。

           例え悲しませると分かっていても。
    

          あなたは、愛する人の為に、嘘がつけますか?
 





真夏の終わり。
蝉の鳴き声も減ってくる。
それでもまだ鳴き続けているのは・・・なんていう蝉だっけ?
名前・・ど忘れしたな・・。
自嘲を浮かべて窓の外を眺める。
明日で夏休みも終わりか・・・
開けっ放しの窓を見上げて、俺はごろんと寝返りを打った。

窓の外を見上げる。
真っ青な空に浮ぶ薄い雲。
その色を見ていると世界が壊れていきそうに思う。
大好きな色だった。
青子はあの空の下で笑うと、一番可愛く見えた。
あんまり無邪気で。
あんまり幼くて。
あんまりキレイな存在だから。
時々、手を伸ばすのがためらわれた。
もう届かない。
どんなに伸ばしても。
どんなに焦がれても。
もう、青子は俺を許さない。
KIDを呼ばない。
俺は・・なんなんだろう?
どうしてこんなことになったんだろう?
毎日、毎日考えた。
忘れられる日なんて、なかった。
あの時の青子の言葉。
溢れていた涙。
そして拒絶と絶望。
どこかで青い光が瞬いて弾けたように見えた。
あの日取り戻したレプリカは、今もこの手の中で光を弾いてみせる。
けれど、これはホンモノじゃない。
俺は、呪いを解けなかった。
なんの手立ても見つからなかった。
今も。
青子の傍にいるのだろうか?
青い微笑を称えて、天使の名を借りて。
お前は青子を抱き締めているのか?
俺じゃない、誰かの手の中に。
お前がいることを、認めることが出来ない自分がいた。

「あ、おこ・・・」

意識が遠のく。
そんな感覚の中で、もう何度その名を口にした。
この世で一番繰り返した名前だった。
生まれた時からずっと。
その名前だけが一番だった。
離れられるわけがないんだ。
壊せるハズがないんだ。


俺が青子を・・・

俺から青子を・・・

奪ったのは、俺自身?

快斗から青子を攫ったKID。

KIDから青子を奪った快斗。

あの夜に全てを無くした筈なのに。

縋り付いて足掻いた代償に、俺は・・俺達は二人とも青子を失うのか?

違う。

一番最初に、嘘をついたのは俺だった。

誰よりも愛してる女に、嘘をついた時から俺は青子を失ってたんだ。



「ああ、そうだ・・」

あの夜に。

とっくに、俺の世界は崩壊していたんだ・・・





★★★★★★                          
11月6日







Written by きらり

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