青い夢の痕







『ごめんな?』


・・どうして?
謝るの?



『愛してる、・・』


そんな切ない声で。
・・誰が?


『・・・青子』


・・呼ぶ声。
青子を呼ぶ、その声。


行かないで。
何処にも行かないで。
傍にいて。
今までみたいに・・・

・・・ずっと、傍にいて、よ?





「いたた・・・」
目を覚ますと、目覚ましより5分早く起きていた。
ボタンを止めておく。
そしてまた枕にポスンと埋もれた。
「・・なんの夢見てたんだろう?
さっきまで、覚えてたのに・・忘れちゃった。」
ぼんやりとカーテンの隙間から零れる朝日を見つめた。
今日も気持ちよく晴れているようだ。
夏の早朝は太陽がもう熱い。
今日も一日暑くなりそうだった。
「・・・ふぁ〜〜あ。
今日は日直なんだ、いつもより早く行かなくちゃね。」
よいしょっとベッドから起き上がると、青子はその花に視線が
落ちた。
ベッドのサイドテーブルにその一輪挿しは立っている。
すらりとした細身のそれ。
透明な硝子で出来たそれには青い花がニ輪。
・・名前はブルースター。
可愛らしくて綺麗なブルーで。
青子の好きな花の一つだった。
「・・・・頭痛い・・・」
酷く悲しかった夢だったように思える。
すごく大事な人を・・・
本当に目を開けるその一瞬前まで、しっかり覚えていたのに。
見開いて、光を見た途端消えちゃった。
まるで、夜みたいだ。
朝が来た途端、姿を消す星達みたいに。
太陽の眩しさに、星の光はかき消えて。
まるで最初から無かったみたいに・・・

「?」

本当に忘れてしまった。
ベッドの中でもう一度伸びをして、青子は起き上がった。
今日は終業式だ。
明日から待ちに待った夏休み。
青子が一番好きな季節。
長くて短い一年の中で一番眩しい時間。
それを思うとワクワクする。
夢のことなど忘れて、青子は起き上がった。
「早く着替えて、朝ご飯にしようっと♪」
昨夜遅かったお父さんを起こさないように静かに部屋の扉を閉じる。
ベッドの温もりはあっという間に冷めて消えていく。
なるでなんにも無かったみたいに、始めからそうだったみたいに。



朝食を済ませて、お父さんの分はラップをかけ冷蔵庫にしまっておく。
冷蔵庫のボードに『チンして食べてねv』と書き置きをしておいた。
歯磨きを済ませて、制服に着替える。
鞄の中身も確認し、忘れ物はない。
静かに廊下を歩いて、玄関で靴を履いた。
「行ってきます。」
本当に小さな声で呟いて、青子はしんとした家の中を見つめた。
ずっと慣れてきた行為。
時々本当に誰もいない時は、もっと大きく言っていた。
返事がないのは慣れている。
青子はいつもの笑顔で玄関の鍵をしっかりと閉めた。
何度も心の中で、声が聞こえる。
『いってらっしゃい。』



暫く歩くと、よく知っている後ろ姿が見えた。
ボサボサ頭で、眠たそうに大欠伸している。
珍しいな、快斗がこんな時間に・・・
思わず笑みが零れて、驚かしてやろうと距離を保っていた時。
不意に角から女の子が出てきた。
「・・あ」
青子は知らず立ち止まっていた。
青子も良く知っている彼女は、クラスメイトの紅子だ。
「・・・・」
声をかけるタイミングを失ってしまい、青子は仕方なくずいぶんと離れたその位置を
保っていた。
なんでだろう?
普通に挨拶すれば良いだけなのに。
それで一緒に行こうって言えば、いいだけなのに。
それなのに、そんな簡単な一言が出てこなかった。
紅子は楽しそうに快斗に何か言ってる。
からかってるようだ。
快斗が時々ムキになって、不貞腐れた表情でそっぽを向く。
青子から見ても、やけに大人びた表情で紅子は微笑んでいた。
静かな微笑。
紅子ちゃんって・・本当に綺麗だなぁ・・。
青子は心からそう思う。
サラサラの漆黒の髪も。
キツイけど、ひたむきに真っ直ぐな強い光を秘めた瞳。
綺麗に象られた赤い唇。
指の先まで優雅な仕草は・・とても青子には何一つ真似出来るものではなかった。
同じ年とは思えない、その雰囲気にしばし青子は見惚れた。
紅子の手が快斗に差し出される。
一瞬朝日を浴びて、それは銀青の光をこちらに放った。
「!?」
その眩しさに一瞬目が眩む。
立ち止まっていた。
目の中がまだチカチカしている。
けど、それ以上に何かが引っ掛かる。
快斗はそれを素早い手つきで制服のポケットの中に無造作にしまい込んだ。
「・・・?」
一体なんだったんだろう?
ずいぶん大きな・・物だったように見えた。
・・・鏡?
でもあの光・・・なんだろう。
嫌な感じがした。
どこかで、見たような気がする。
でも、何処で?
「・・・・思い出せない。」
そもそも本当に見たことなんかあるのだろうか?
太陽の光は朝でも容赦ない。
ぎらぎらと地上を照らし、今見た光さえも拭い去ってしまう。
強烈な眩しさ。
白い強い光に、青子は一瞬目が眩んだ。
頭がぼんやりする・・。
なんだろ?
・・・・・。
「快斗ッ!!」
気が付いたら呼んでいた。
そんなつもりなかったのに、呼んでしまってた。
驚いたような表情で快斗が振り返る。
紅子ちゃんも同じく振り返った。
駆け寄って。
・・・どうして?
青子は微笑んだ。
・・・そんな顔するの?
「おはよう、紅子ちゃん。快斗。」
・・・どうして?

「よ、よお。早いんだな、ずいぶん・・」
「おはよう、中森さん。」
快斗は笑って見せた。
無理に作った表情。
それが嫌でも分かる。
どれだけ一緒の時を過ごしてきたんだろう。
「今日はね、日直なの。だから早く来たのよ。
それにしても快斗がこーんなに早起きなんて、雪でも降っちゃうんじゃないかしら?」
「なんだと〜?んなわけねぇだろ?真夏だってゆーのによ!」
そんなやり取りを紅子ちゃんは楽しそうに微笑んで見つめる。
「あらそうかしら?貴方の得意のマジックで、この真夏の朝にも雪は降らせられる
んじゃないの?」
「んなこと、出来るわけ・・あるんだな♪ほら」
快斗はポケットにしまっていた手を出して、軽く握ってみせる。
「?」
青子はきょとんとそれを見つめた。
快斗の手の中から硝子で出来た卵の形をしたケースが出てくる。
「なぁにそれ?」
「ま、見てなって」
高くそれを投げると、空中で軽い音が弾けた。
そして真っ白なそれが舞い降りてくる。
「・・う、そぉ・・・」
目を丸くして青子は空を見上げた。
真っ青な空。
白くて大きな夏の雲。
眩しい太陽の光の下から。
真っ白いそれが降って来る。
触れてみたくて手を差し出すと、掌にふわりと舞い降りたのは・・
「・・羽根?」
「雪、みたいだったろ?」
悪戯が成功した子供みたいな笑顔で、快斗は笑った。
掌にあったその白い羽根は、すぐに風に攫われていってましった。
「・・鳩の羽根じゃない!でもビックリした!
本当に雪みたいに見えたね?」
「・・・そうね。」
呆れたみたいな紅子の口調。
でもその口許は笑みを称えていた。
そして青子の頭にゆっくりと手を伸ばす。
「紅子ちゃん?」
「・・・」
髪の上で紅子の指が丁寧にそれを取る。
手にしたのはさっきの白い羽根。
「ありがと、紅子ちゃんv」
「・・・天使、みたいね。」
「?」
呟きは風と共に羽根と散った。
それを深い瞳で見送って、紅子は先に歩き出す。
「紅子ちゃん?」
「野暮な真似はしないわ。
先に行くわね。」
「あ・・・」
颯爽と踵を返した彼女は、すごい速さで歩いていってしまう。
そうだ・・彼女もまた学校での噂を信じてる一人なんだ。
青子は少し申し訳ない気持ちになる。
どんなに仲が良くても、青子と快斗はただの幼なじみでしかない。
どんなに皆が誤解してても、青子には本当のことも言えない。
青子は・・ずるいなぁ・・・。
「ほら、青子日直だろ?
さっさと行こうぜ?」
「うん・・・」
一緒に歩き出す。
同じ歩幅。
同じ歩調で。
知っていた。いつからか。
それは快斗が青子に合わせている自然なリズム。
いつからだろう。
こんなふうに当たり前になっちゃったのは。
いつから、幼なじみでしかいられなくなったんだろう?
もっと前までは、とても大事な関係でいられたのに。
今だって、大事な大事な関係だけど。
なんだか違う。
こんなずるい思いは抱いてなかった。
「今夜はKIDの予告状が出てるな。」
「うん・・・」
「成功すると、いいな。」
「・・・快斗?」
「うん?」
不思議そうに青子を見下ろしてくる快斗の瞳。
大好きなのに、大好きだったのに。
「あのねぇ、KIDを誰だと思ってるの?
青子のKIDが失敗なんかするわけないでしょう?」
「はいはい、そうでしたよ。
俺とは違うもんな、天下のKID様は。」
呆れたように肩を竦めて、それでも楽しそうに笑ってくれる快斗。
こんなに近くにいるのに、誰よりも傍にいるのに。
「当たり前でしょう?
青子が祈ってるもん。KIDは失敗なんかしないよ?
青子の一番大事な人だもんv」
少し遠い物を映す快斗の瞳。
青子は微笑んだ。
出来るだけ、強く。
このままでいられるように。

どうして快斗を、好きになれなかったんだろう?


学校へ着いて、日誌を受け取りに職員室にすぐ向かった。
快斗はもちろん付き合ってくれて、そして教室まで一緒に向かう。
時々幾人かの友達とすれ違って、からかわれた。
恥ずかしくて青子は笑うことしか出来ない。
快斗は楽しそうに冷やかしに手を振って、時々青子の肩を引き寄せて
そんな人たちに見せ付けて回る。
そんなこと。
恋人じゃなくたってする。
幼なじみだもの。
誰よりも近い人間だもの。
手だって繋いでた。
一緒にお昼寝だってしてた。
一緒に遊びに行って。
二人で帰ってきて。
そしてご飯食べて・・
宿題して。
また一緒に遊んで。
後ろから快斗の背中に飛びついたこともある。
快斗だって青子を抱きしめたりしてた。
幼なじみだもの。
誰よりも近い存在なんだもの。
それくらい、当たり前でしょう?
肩くらい引き寄せられたってなんでもないことでしょう?
なんでだろ?
それなのに、どうしてなんだろう?
こうして快斗を傍に感じると、誰よりもあの人を想うの。
逢いたい。
ずっと傍にいたい。
逢いたいって言えば、きっと簡単に逢いに来てくれる。
でも、実際は学校では無理だし。
今日みたいにKIDにはやらなくちゃいけないことの方が多くて。
だから、我儘言えない。
でも言いたい。
あなたが好き。
誰よりも好き。
今こんなに近くにいる快斗を見て、あなたを想う。
快斗に微笑みかけて、青子はKIDを想う。
ずるいなぁ・・青子はずるいよね?
ねぇ、快斗。
こんな青子を知られたくないよ?
でも傍にいたいの。
今までみたいに。
ずるいですか?
こんなのはダメですか?
いつか、快斗にも好きな子が出来たら・・
その時はどうなっちゃうんだろう?
もう、幼なじみでもいられないよね?
女の子は誰にだってヤキモチ焼くもの。
青子だって、KIDの傍にずっといられる幼なじみみたいな人が
いたら・・・やっぱり気にしちゃうかもしれない。
独り占めしたくなっちゃうかも・・・
快斗にだって同じだよね?
好きな人が出来たら、青子と快斗は終わりなのかな?
幼なじみじゃいられないのかな?
友達でも、ダメなのかなぁ?
だとしたら、幼なじみってなんなんだろう?
何の意味があったんだろう?
どうして今まで一緒にいたんだろう?

どうして・・?




終業式はとても退屈で。
でもこんな静かでひんやりとした雰囲気の中では、色んなこと考えていられた。
ずっとKIDのことばかり考えてる。
今日は逢えないよね・・。
どうしてなんだろう?こんなにも逢いたい。
何が不安なんだろう?不安と言ったら、すべてが不安なんだけど・・。
それでも構わないって思った恋なのに。
青子は何を不安に思うんだろう?
誰かも分からない人を好きだってこと?
それは・・でもしょうがないの。
だって青子が好きになった人は、世間を騒がす有名な怪盗さん。
お父さんだって日夜逮捕しようと頑張ってるけど、まだその正体さえ掴めてない。
青子が、そんな人を好きでいること・・お父さんが知ったらどうなっちゃうのかな?
時々家にも遊びに来てること知ったら、どう思うだろう?
きっと倒れて寝込んじゃうね。
それから・・?・・・想像出来ない。
列の斜め後ろを少しだけ振り返った。
丁度快斗が大欠伸してるトコ。
思わず笑みが零れて、青子は慌てて前を向いた。
夏休み・・明日から一緒に宿題出来るかな?
毎年そうしていた。
青子が午前中に快斗の家に押しかけて、夜更かしで寝不足な快斗を叩き起こして、
そして一緒に宿題して。
パートで出かけてるおばさんの代わりに、朝食と昼食を作ってあげるの。
子供の頃からそれの繰り返しだった。
長い休みの間はずっと互いの家を行き来していた。
おばさんもうちのお父さんも、仕事は休めないし。
そうすると家の中で一人なのは、つまんないから・・・だから、毎年一緒だった。
今年もそうするつもりだ。
・・・心の中で酷いこと思う自分がいる。
快斗に彼女が出来なくて良かった。
だって、もしも彼女が出来ちゃったらその子とそうして過ごすんでしょう?
幾ら幼なじみだからって、三人で一緒なんてふざけないで!って言われちゃうよね。
・・だから、良かった。
青子は一人じゃない。
ずっと快斗がいてくれる・・・彼女が出来るまでは。
ズキン・・・
なんでだろう?
どうしてそんなこと考えると泣きたくなっちゃうんだろう?
朝もそうだった。
今もそう。
ずっと一緒になんかいられない。
青子は気付いちゃった。
だって、青子が先にそしたんだもの。
特別な人が出来ちゃった。
大好きな人が出来ちゃった。
恋人を、作っちゃった。
幼なじみを、超える存在に、出逢っちゃった。

友達でもダメなのかなぁ。
もう一緒にいられないのかなぁ?
どうしてこんなにずっと一緒にいられたのに、恋人が出来ちゃうと
難しくなっちゃうんだろう?
快斗はいつまで青子の幼なじみでいてくれる?
いつまで、特別はない?
いつまで・・・幼なじみを特別でいさせていてくれる?
ずるい、青子。
先に幼なじみを、超えちゃった。
でも・・好きなの。
KIDが。
でも・・大事なの。
快斗が。

どちらも比べることなんか出来ない。

かけがえのない、存在なのに・・・

どうして青子は、快斗を好きにならなかったの?
どうして青子は、KIDを好きになったの?


どうして?

だって、快斗は・・・


ズキンッ!!

「痛ッ・・・・」

突然の頭痛。
青子は眉を顰めた。
・・・我慢出来ない程じゃない。
大丈夫・・大丈夫・・・
なんだろう?この痛み・・時々あるんだよね・・・

何かを思い出させるみたいに。
何かを忘れさせようとするように。

・・今、何考えてたっけ?
大丈夫・・・すぐ収まるもの、いつもみたいに・・・


どうして、KIDを・・

だってKIDは・・・


誰よりも、大事な人・・・

世界がぐらんと回った。
目の前が暗くなって、身体に力が入らなくて・・・
誰かが青子の名前を呼んだ。
そしてすぐに攫われてしまった。
良く知ってる腕の中。
青子を抱き包む、その腕。
そして何度も青子の名前を呼ぶ。

・・・快斗?



『青子・・青子・・・』

何度も呼ぶ声。
何度も聞いた。
どこで?
夢の中で。


『大丈夫か?なあ・・・・青子・・』

平気よ?
どこも痛くない。

「・・って・・」


「青子っ!?」
眩しい光。
それを遮る人影。
背後に白いカーテンが見えた。
太陽の光を遮って、そこだけ白い空間を作り上げる。
「朝飯でも抜いたのか?
色気づいてダイエットなんかしてんじゃねぇだろうな?」
「・・・そんなこと、してないもん。」
心配してくれてたくせに、憎まれ口を叩く快斗に笑みが零れる。
酷く、喉が渇いていた。
そして身体に上手く力が入らない。
なんだか酷く疲れてるみたい。
「まだ頭痛するのか?」
「ううん・・・青子、どれくらい寝てた?」
「・・ホンの30分しか経ってねぇよ。
まだ式の最中さ。」
時計を確認して、快斗は大きな溜め息と共に椅子に腰をおろす。
「・・・ずっとついててくれたの?」
「あ、ああ。保健の先生が今日休みなんだとさ。
終業式だっていうのによ・・」
「快斗、ありがとうね?」
お礼を言うと、快斗は少し照れてるようだった。
手をさっと伸ばして、青子の頭をくしゃくしゃにする。
乱暴で、でもどこか優しいその手つきに青子は目をぎゅっと閉じた。
「なんでもねぇよ。
俺も、終業式抜けれてラッキーだったし。」 
楽しそうな口調。
やっと安心してくれたんだ。
いつもの口調に戻ってる。
嬉しくて笑うと、快斗がまた心配そうに青子を見下ろす。
「・・平気、か?」
「・・・」
その真意を窺う。
分かってた。
青子は平気。
分かってる。
青子は平気よ?
「うん。もう大丈夫だよ。まだダルイけど・・」
「休んでろ。終業式が終わったら教室に帰ればいい。」
「うん・・ねぇ、快斗・・」
「ああ?」
窓の外で蝉がやかましく鳴いていた。
でもあのやかましさが好き。
夏って感じが出るもの。
一生懸命鳴いているのが、いじらしく思える。
「夏休み、青子と遊ぼうね?」
「・・毎年遊んでるじゃねぇーか。」
「うん。それでも・・」
青子に恋人がいても。
それが、快斗じゃなくても。
それでも。
一緒にいたいよ?
「今年はなぁ・・プールでも行くか?猛暑になりそうだしよ。」
「うんvそれから水族館も行きたいv」
「・・・無茶言わないで下さい。」
「クスクス・・」
優しい時間。
静かな空間。
季節は夏。
まだ始まったばかりで。
その楽しさを思うと、今から嬉しくて仕方なかった。
最後の夏休みになるかもしれない。
来年は、快斗にも彼女がいるかもしれない。
滑稽な思い。
自分は、今まで何を知っていたんだろう?

幼なじみ。
恋人。
友達。
クラスメイト。

誰もみんな大事なのに。
その肩書きはなんなんだろう?
誰かが誰の代わりになんかなりっこないのに。
どうして皆、一緒じゃダメなんだろう。

たった一人は誰になる?

たった一人を選ばなきゃいけないの?

たった一人は、誰になる?

青子は、誰の、たった一人なんだろう?





「・・あ、おこ?どうした?
なんで、泣くんだ??」
快斗の声がやけに遠く聞こえる。
青子は横になったまま、顔だけ両腕で隠した。
その重みに目蓋が閉じる。
目蓋が閉じると涙が滲む。
一度溢れたそれは止まらなくて・・・。
「どうしたんだよ?どっか痛いのか?
頭、痛いか?」
「・・・が、う・・違うよ、快斗ぉ・・・・」
「どうしたんだよ?青子、顔見せろよ?」
手首を強い力で握られた。
逃げたくて、青子は寝返りを打つ。
背を向けて、青子は声を押し殺した。
「どうしたんだ・・・?青子、頼むから俺を・・」
「・・ッド・・キッド、キッド・・キッド・・・」
「・・・・」
何度も繰り返した。
お呪いみたいに。
何度もその名前を呼んだ。
背中で聞こえる快斗の溜め息。
でも、それは青子の言葉だよ?青子の・・・
「・・俺、居ない方がいいか?」
カーテンが開かれる。
その白い空間が破られた。
「行かないで!」
ゆっくりと、嘘みたいにゆっくりと快斗が振り返る。
その瞳は不思議な色で。
理解を超えていた。
涙を拭う。
身を起こして、青子はシーツをしっかりと握り締めた。
この手が力が入りすぎて白くなってるのが分かる。
また涙が溢れてくるのが分かる。
でも・・青子はそうすることしか出来なかった。
もう一度、言葉を繰り返す。
「・・行かないで、快斗。」
「・・青子?」
「そこにいて・・・ずっと、青子の傍にいてぇ・・」
「いるじゃねぇか?」
「・・・そう、言ったじゃない。」
「・・・?」
涙が零れた。
シーツを握り締めた拳の上に。
それが弾いて、流れて伝わる。
「そう言ったでしょう!?青子・・・・・」
「あお、こ・・?」
信じられない物を見るような目で。
快斗は青子を映している。
窓の外からは蝉の声。
やかましいくらい、響く夏の声。
白い空間は少しだけ破られて。
静かな保健室に、青子のしゃっくりを上げる音が響いた。
恐ろしい程時間が遅かった。
ホンの数秒が、何十分に感じられる。
青子は真っ直ぐに快斗を見つめた。
快斗は目を逸らさずに青子を見つめる。
無言のまま。
言葉を探して、言葉に詰まる。
終末を告げる時間。
終わりを紡ぐ言葉。
ゆっくりと青子の唇が形を作る。

「どうして、言ってくれなかったの?」

時間は巻き戻る。
記憶を綱に、その時に帰ろうとする。
戻った時間はどうなるの?
今まで過ごした時間は何処にいくの?
誰も知らない。
青子も、快斗も。
そんなのは知らなかった。

「キスした・・・ココア味・・」

「青子・・」

「タキシードの香り、消えてなかった・・」

「青子・・」

「嘘、だよね?・・・きっと夢だよね?でも、どうして・・・?
目が覚めたのに、夢じゃないのっ!?」

「青子っ!!」



不吉でもなんでもなかった。
始まりはなんでもない夢だった。
目が覚めたら簡単に忘れてしまうくらい。
すぐに忘れてしまった方が楽なくらい・・・



予感はしていた。
快斗と並ぶ人の姿を見た時から。
笑っていれば大丈夫だった。
笑ってなくちゃダメだった。



終わりが見えていた。
恋人と幼なじみを並べた時から。
かけがえのない存在が、肩書きに揺るがされる。
一生だった思いが、簡単に終わっていく。


始めから嘘だった。
だから、平気。
青子は大丈夫。
あの時はどうだった?
今は、平気。
青子は痛くなかったよ。
この胸の痛みに比べたら、あんなのなんでもなかった。
だって、快斗が抱いててくれたじゃない。
だって、KIDは庇ってくれたでしょう?
痛くなかった。
身体はどこも。
痛くなかった。
心以上に。
どこが傷つくというの?




青子が思い出さなかったら・・・・どうするつもりだったの?


幼なじみは終えるつもりだった?

快斗はもう青子は要らなかったの?

それじゃあいつまで騙してくれるつもりだった?

KIDはいつまで、青子を愛してくれてた?

青子は・・・・

誰の、たった一人でいられるの?






END OR・・・?




2001/09/07






Written by きらり

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