星の川 青い天使の微笑






一年に一度の逢瀬。

その闇の中を流れる星の川。
天の川に年に一度だけ、二人が逢う為に架かる橋。
月の零れた光を掻き集めて造られる、細い銀の掛け橋。

二人だけの為に。
二人だけの夜に。
年に一度だけの逢瀬の為に――――

                           




「何作ってるの?青子・・」
背中から恵子が覗き込んでくる。
肩に顔をのっけて、恵子は不思議そうに手元を見つめた。
「飾りだよv今日は七夕でしょう?」
「あ、そっか〜〜〜。いつも思うけど、青子はマメだねぇ〜」
感心したように恵子は青子が色紙で作った七夕飾りを手にとった。
器用に鋏を入れた色紙は広げると不思議に規則正しい形を取って、
彩られている。
「今年は珍しくお天気もいいからねぇ。
ベランダに飾るんだv楽しみ〜〜〜」
「快斗君も一緒なの?」
「へっ?」
「・・・あれ?違うの〜〜?」
意外そうに首を傾げると、ああそうかと納得したように恵子は
笑う。
「何照れてるのよ〜〜。もうみーーーんな、青子と快斗君がらぶらっぶなの、
知ってるんだからね。隠さなくたっていいのよ。」
よしよしと子供にするように青子の頭を撫でまくり、恵子は一人納得したように
うんうんと頷いて見せた。
「まあ、ね。青子はそういうとこがいつまでも可愛いんだけどさv」
「け、恵子ってば〜〜もう、もちろん快斗と一緒だよ。
お父さんだと一緒にやってくれそうもないんだもん。」
「うんうん、そうだねぇ。あ、もうすぐHR始まっちゃうよ。
青子も片付けなよ〜〜〜?」
恵子は手を振って自分の席に戻って行った。
時計を見て、時間を確認する。
恵子の言う通りもうすぐ先生が来てしまう時間だった。
バックを出して形が崩れないように丁寧に作った飾りをしまう。
今夜は七夕の夜。
珍しく晴天の空。
この時期梅雨に入ってる所為か、七夕の日が晴天なのはすごく珍しい。
青子は嬉しくて笑ってしまう。
今日は約束の夜。
彼と逢える。
青子の恋人。
青子の大事な人。
それはこの世でたった一人の、誰とも云えない不思議な人。
日本でその名前を知らない人は少ないであろう。
世紀末の魔術師、百の顔を持つ怪人。
ううん彼は怪盗。
白い魔術師。
怪盗KIDなのだ。

片付けると同時に先生が教室に入ってきた。
号令がかかり、一度起立する。
礼をして席につくと、不意に青子は強い視線に気が付いた。
そちらを見ると・・・特に誰も見てはいない。
「?」
青子は首を傾げる。
先生の話に耳を傾けながらも、青子はどこか不思議な感覚に
囚われていた。

・・・誰かが見てる?

・・・気のせい、かな?

「・・・・?」 きっかけは些細な躓き。

偶然は運命の悪戯。

運命は導くその星の行方を。

そうして絶望は全てを抱きとめる。

愛は揺らぎ

戸惑い迷い

そうして本当を見つけた時、

絶望するように出来ている。

希望を生み出すように出来ている。
                              



HRが終わっても、なんだか青子はぼーっとしてしまっていた。
最近なんだか変なのだ。
どうしてか、なんて分からない。
ただ時々なんかおかしいなって思う。
何か、置いてきたような気がするのだ。
忘れ物をしたんじゃないかって、何度も鞄の中を確認したり
宿題を忘れてないか、恵子にも電話したり。
少し暑さにやられたのかもしれない。
青子はそう思って鞄を手にする。
他の子と約束をしていた恵子たちは先に帰ってしまっていた。
青子が教室で待っているのは・・・
「わりぃ、待たせたな!」
「ううん。そんなんでもないよ?」
幼なじみの快斗。
けど、今学校の中では付き合っていることになっている。
街中でKIDと歩いている時の為に、フェイクとして学校のみんなには二人が
付き合っていることにしてもらっている。
青子の恋人はそれほど、快斗に素顔が似ているのだ。
「今日どっか寄るのか〜〜?」
「ううん、真っ直ぐ帰るよ?夜にキッドと逢う約束してるし。」
上履きから革靴に履き替えて、青子は快斗を待った。
スニーカーの靴紐を結びなおしながら、快斗は頷いた。
「・・そうか。今日は七夕だもんな。」
毎年、一緒にいた。
一緒に七夕の飾りを作って、飾って・・・一緒に空を見上げて。
幼なじみだから・・小さい頃からずっとそうしていたから、毎年
付き合ってやっていた。
少なくとも子供の時はそう思い込んでた。
面倒でも付き合ってたのは、青子が本当にそういう行事事が好きだから。
嬉しそうに笑うから、楽しそうだったから。
だから付き合ってた。
その顔が見たくて。
その顔を見れるのが、俺じゃなきゃ嫌だったから。
「ねぇ、でもさ。今日うち寄ってきなよ。
一緒に飾り付けしようvそして、笹ベランダに括りつけてくれない?
お礼に、お昼冷やし中華作るから。」
顔を見上げるといつもの笑顔。
幼なじみの笑顔がある。
「・・・今年初めてだな。冷やし中華。」
「へへ〜〜そうでしょう?青子もなんだ。
でも、もう暑いじゃない。きっと美味しいよ?」
楽しそうな会話。
はたから見れば、微笑ましいそれは。
本当に幼なじみの会話で。
でも真実は・・・・


嘘一つは

嘘十に

一つつけば隠す為に一つ重ね

その重なりは減ることはない

嘘には真実を

真実が嘘に

そうして本当は見えなくなる

本当は最初から見えにくいものだから

目を逸らしてはいけない

目を背けてはいけない

誤魔化してはいけなかったんだよ?

後悔には報いが

報いには涙が

涙には言い訳が

言い訳には“さよなら”を

そうして“さよなら”にはいつも


いつも『愛』が・・・
                              



「ここでいいかぁ?」
夏の始まりの暑い日ざしの中で。
快斗は青子の部屋のベランダに、飾り付けを終えた笹を括り付けた。
満足そうに青子は微笑んで、そうしてタオルを放る。
「ありがとv上出来だよ。」
「ったく、俺様がやったんだから当たり前だろう?」
「調子良いんだから〜。でも本当にお疲れ様v
下に下りよう。麦茶でいい?」
汗を拭きながら部屋に戻る快斗に青子は聞いた。
「ああ、なんでもいいや」
快斗はだるそうに返事をすると、窓を閉めて勝手にエアコンのスイッチを
入れてしまう。
「もう、暑がりなんだから〜。」
そう云って青子は部屋を出て行ってしまった。
快斗はそれを追おうとして、不意に足を止める。
壁にかかった大き目の鏡。
そこには紛れもない自分自身が映っていた。
今夜ここに映る俺は、俺じゃなくて・・・
蒸し暑い空気の中に強い冷風が入り込む。
重い空気の隙間に入り込んで、冷たく冷やしていく。
流れるような汗が・・冷たく冷えていく。
身体が冷えて、頭も冷えていく。
感情が冷たく、凍るように。
「・・青子」
鏡を見つめたまま、俺は呼んだ。
自分を見つめてもう一度。
「青子・・好きだよ?」
この世界の誰よりも。
誰よりも大切な女。
俺だけの宝物。
でも俺のものじゃない。
青子は誰でもなく、KIDのものだ。
「・・・俺は黒羽快斗。怪盗KIDは俺・・・」
なのに青子は俺のものじゃない。
俺のものにしたかった。
ずっと大事にしてきた。
大事に愛してた。
今までも、あの時も、そして今も。
全部なくなってしまったのは、無くしてしまったのは俺。
云えなかった真実が、本当の世界を全て壊してしまった。
本当の世界が壊れて残されたのは、夢。
白い悪夢。
白い魔術師が囚われた・・・
夢の世界が本当になる。
本当は壊せない。
青子の愛する世界を、壊す必要はないんだ。
もう傷つけないように。
もう手放さないように。
でも・・・俺は?
本当の俺はどっちなんだろう?
「・・・青子・・」
「なあに?」
「!?」
心臓が止まるかと思った。
階段を上る音にも気付かなかった。
青子は、部屋の入口に立っていた。
手には麦茶をのっけたおぼんを持って。
不思議そうに俺を見つめている。
「・・・・」
「・・・・」
気まずさが俺を包む。
聞かれてたか!?
どこまで?
何を?
「呼んだ?どうしたの??」
「・・いつから、そこに・・?」
「?」
きょとんと丸くなった瞳が可愛らしい。
「今だよ?」
「・・そっかぁ〜〜〜〜」
でかい溜め息が洩れた。
安心した。
青子は聞いていない。
その真実に心からホッとした。
なのに同時に、どこかで何かが言った。


どうして『届かなかった?』

「はい、麦茶。今から冷やし中華作るけど、この部屋で待ってる?
どうせ上に運んでくるから」
「ああ、ここで待ってる。」
受け取ったコップには冷たい汗がかいていて、なんだか自分の心を
鷲掴まれたような感覚に少し笑えた。
汗が冷やした身体の中にそれが流れ込む。
ヤケに冷たくて、俺はなんだか悲しかった。                 



「・・・・・・・・・びっくりした・・・」
キッチンへ戻るなり、洩れた言葉はそれだった。
その後から大きな溜め息が洩れる。
あんな顔・・・
あんな表情・・・・
知らない。
見たことなかった。
あんな快斗・・・青子は知らない。
まるでKIDのような・・・静かな表情。
目をぎゅっと閉じた。
なんだか怖い。
まるで見分けがつかなかった。
ううん、実際は快斗は制服だから快斗だって分かるんだけど。
だけど・・・あの表情。
あの声。
青子の名前を呟いた、快斗の声。
あれはまるでKIDのようで・・・・
「・・・・本当に、似てるのかもしれない。」
今更だけど、そう思った。
みんながKIDを快斗だと見間違う気持ちが初めて納得できた。
自分でさえ、頭で分かってても危なかったんだもん。
「・・・快斗だよね?」
バカなこととは頭の中で分かってる。
でも言葉にせずにいられなかった。
あれは快斗。
でもKIDのような・・表情。
間違うはずがない。
ずっと一緒だった。
物心ついた時から。
快斗は青子の幼なじみ。
家族みたいに、家族以上にずっと一緒だった。
大好きだった。
そう、好きだった。
「・・・」
妙な違和感。
不思議な疑問。
今更、だけど・・・どうして?
あんなに好きだった。
あんなに一緒だった。
幼稚園の時も、小学生になっても。
中学生になっても、高校に入学しても。
青子が快斗から離れたことはない。
快斗が青子から離れたことはなかった。
どうして?
・・・どうして、青子は、快斗を好きにならなかったの?
どうして、快斗に、恋をしなかった?
あんなに一緒にいて、
あんなに快斗しかなくて。
それなのに・・・・青子は・・・・
水をたっぷり入れた鍋をコンロにかける。
強火でかけて、青子はその青い炎を見つめていた。
「・・・・キッド?」
その名を呼ぶと安心する。
胸がドキドキして、逢いたくなる。
今夜逢える。
だから大丈夫・・・大丈夫。大丈夫。大丈夫。
青子は間違わない。
誰よりも傍にいた快斗と、誰よりも大好きなKIDを見間違うはずがない。
青子だけは分かる。
KIDと快斗が並んでも。
同じ服でもきっと分かるよ?
・・・痛い・・・頭・・・。
思わず額に手をやった。
時々。こんなふうになる。
何かを思い出そうとすると、何かを考えると。
・・・ううん、分かってるの。
何か忘れてる。
最近気が付いた。
青子は何か忘れてる。
大事なこと。大事なもの。
どこかに置いて来ちゃったんだ・・・でも、何を?
・・・一目見て好きになったの。
それまで大っ嫌いだった怪盗KID。
いつも世間を賑わせて、お父さんを今まで以上に忙しくさせた張本人。
なのに・・一目見て好きになった。
誰よりも大切な人になってしまった。
でも、青子。
思い出して。
・・・青子は、いつ、KIDと、出逢った?
それは去年・・・去年の・・・秋だっけ?
クリスマスの前。
それは覚えてる。
クリスマスを二人で過ごしたんだ。
そうして年が明けて・・一週間に一度の逢瀬の繰り返し。

「・・・・・青子は、いつどこでキッドに出逢った?」

お鍋の水が沸騰していた。
ぐらぐらと幾つもの泡ブクがたっている。
それを少しだけ眺めて。
青子は冷やし中華の麺を入れた。
年末のパーティーで足を滑らして、その時頭を打って一週間入院した。あれから・・
少し記憶がごっちゃになってるんだって、病院の先生とお父さんから説明を受けた。
あの時も・・快斗は毎日お見舞いに来てくれたっけ。
毎日マジックで花を出してくれた。
あの小さな青い花・・・
名前、なんだっけ?
なんていう名前だっけ?
・・・小さくて可愛らしくて、青子は大好きだった。


綺麗な貴女にあげましょう

綺麗な心にあげましょう

その瞳に絶望を称えましょう

その想いを孤独の底に落としましょう

泣くことはないの

悲しむ必要はないの

最初から

最初から全てが夢なのなら

その痛みも感じないでしょう?

青い夢

天使の誘い

そして乙女の嘆き

女に絶望を

女に孤独を

女はそれを嘆いて

初めて『女』になれるでしょう

                             





約束の時間は夜7時。
合図はノックを三回。
そしてもう一つ。
カーテンを開けたら、優雅な仕草でお辞儀をして。
そうしてあなたは微笑んで。
そしたら、私も綺麗に。
綺麗に微笑むことが出来るから。

約束の時間の10分前。
俺は青子のベランダに舞い降りた。
「・・・・」
緊張する。
未だに、緊張する。
この姿でお前に逢うのは・・・。
それでも。
閉ざされたカーテン。
その向こうには明かりがついている。
鍵はしっかりと閉められた窓。
不意に括り付けた笹が目に入る。
そうか・・・俺がここから入るから、今年はベランダに飾ったのか。
今更、そんなことに気が付いた。
毎年青子は玄関に飾っていた。
綺麗に飾り付けした笹を。
ただ通り過ぎる人たちにも、今夜が七夕だと分かるように。
忘れがちな些細な喜びを、誰よりも愛しく想う青子は本当に可愛くて。
俺はその飾りを一つ一つ見た。
昼間一緒に飾り付けした時とはまた違う趣がある。
夜の中で風になびく色紙の星たち。
飾りたち・・・そして、短冊。
何枚か吊るされてるそれらを、俺は眺めた。
緑の短冊には
『お父さんがいつまでも健康でいますように
 事件で怪我とかしませんように』
青い短冊には
『恵子たちといつまでも仲良くいられますように』
白い短冊には
『KIDがお仕事中に怪我なんかしませんように
 いつまでも・・仲良くいられますようにv
 早くKIDの探し物が見つかりますように』
正直ビビッた。
俺は・・・青子に探し物があるなんて、一言も言ったことねぇぞ?
・・・・なんで分かったんだろう?
気持ちを落ち着かせる。
こんな顔してたら青子にバレちまう。
いつだってポーカーフェイス。
冷静であれ。
そうじゃないとまた・・またミスをしちまう。
ミスはしない。
もう二度としない。
大事なモノを、俺は二度は失わない。
もう一呼吸して、俺はノックをした。
最初は三回。
そうしてもう一つ、小さくノック。
すぐにカーテンが開いた。
嬉しそうな瞳が俺を見上げる。
帽子を取って、頭を下げる。
そうすると窓が開いて、青子が言うんだ。
「いらっしゃいvキッド」
「こんばんは、私の天使・・青子」
「・・・」
途端に青子の両の頬は真っ赤になる。
それが可愛くて思わず笑ってしまった。
青子は悔しそうに俺を見上げて、さ入ってと招き入れてくれる。
靴を脱いで俺は部屋に上がった。
涼しい・・・。
「へへ、暑かった?麦茶でいいかなぁ?」
「ありがとうございます。」
俺は礼を言って微笑んだ。
嬉しそうに青子も笑う。
そうして青子はちょっと待っててねと残すと、部屋を出て下に
降りていってしまった。
「・・・・」
昼間来たより綺麗に片付いた青子の部屋。
あの後急いで掃除したんだろうなぁ。
不意に鏡が目に入った。
「・・・・」
考えるよりも勝手に足が赴いていた。
「・・・・」
昼間映った黒羽快斗の顔。
夜映るのは俺のもう一つの顔。
黒羽快斗の方が、もう一つなのかもしれねぇな。
「・・・青子・・・」
名前を呟く。
自分の姿を見つめてもう一度。
「青子・・・愛してる」
何を引き換えにしても構わなかったんだ。
どうしてあの時気付かなかった?
青子の可愛い願いを聞けなかった?
どうして・・あの時、俺はチャンスを優先した?
・・・後悔はしないはずだった。
怪盗KIDになったことも。
綺麗な青子を嘘で欺いても。
それでも。
好きだった。
それしかなかった。
俺の宝石は・・・たった一つだけ。
もうずっと昔から。
それなのに、壊してしまった大事な宝物。
俺はベッドの近くに腰を下ろした。
見つかるわけにはいかない。
昼間の青子の瞳。
不思議そうに俺を見つめた瞳。
まるで誰かを重ねるように。
そこにいる俺が、俺だと分からないように。
俺を見つめていた青子の瞳。
嫌な感じがした。
予感に近いそれ。
俺はあいにく勘が悪くなかった。
青子は何かを探していた。
俺の姿を映して、俺の中を見ようとしていた。
俺の中の俺に、気付かれたら・・・・この偽りが生んだ優しささえ
失ってしまうんだろうか?
もう・・・青子をこの手に抱けない?
傍にもいれない。
きっと、青子は、俺を、許さない。




「お待たせ〜〜v」
おぼんに麦茶と水菓子をのっけて、青子はテーブルまで運んだ。
そうして丁寧にテーブルにのっけると、俺に微笑みかけてくる。
「キッドどんなお菓子好きか分からなかったんだけど、和菓子平気?」
「私に好き嫌いはありませんよ。」
にっこりと笑ってみせる。
そう完璧に俺はKIDでいられる。
自信は無くさない。
自分を見失わない。
感情を走らせれば、容易くこの手にしたものは零れ落ちてしまうから。
なんてことのない会話。
他愛もない言葉を重ねて。
青子は嬉しそうに笑う。
一週間、逢えなかった。
だから淋しかった?
毎日逢っているのに、俺は俺でいられない。
「・・・一つ、聞いてもいいですか?」
「?」
可愛らしく青子は首を傾げた。
そうして嬉しそうに頷いてみせる。
俺は言葉を慎重に選んだ。
「・・その、失礼だとは思ったのですが・・・貴女の願いを見てしまいました。」
「・・・ああ、短冊?」
頷いて俺は言葉を続ける。
「その・・・私が、何かを探してると・・どうして思ったのですか?」
「・・・・」
少し俯いて青子は考え込んだ。
そうして顔を上げて俺を見つめる。
「・・あの・・だってね。そう思ったの。
その・・キッドって盗んだ宝石ってすぐに返すでしょう?
まるでこれは違ったって感じで・・だから・・そう思ったの。
キッドは怪盗を楽しんでるんじゃなくて、何かを探してるんじゃないかって・・・」
「・・・・・」
驚いたな。
普段何も考えてないような青子が、ここまで考えてるとは思わなかった。
そうじゃない。知ってる。
青子は誰よりも細かく人のことを考えてる。
考えてないのは自分のことだけ。
それで人のことばかり見てる。
そうして笑ってすぐに手を貸してしまう。
なんの見返りも求めないで、それが当たり前だと分かってる。
そんなお前が危なっかしくて、俺はついつい構っちまうんだ。
それを口実に、お前の傍にうろついてた。
「・・・・」
「ごめんなさい、余計なこと・・・」
「違うんですよ。嬉しかったんです。
驚いたけど、青子がそこまで私のことを思ってくれていることが、
嬉しかったんです。」
「・・・キッド」
眩しそうに俺を見つめて、そうして恥ずかしそうに俯いてしまう。
愛しくて、可愛くて・・・俺は手を伸ばした。
引き寄せて、その身体を抱きしめる。
細い身体が近くて、俺は目を閉じた。
「・・・・・青子・・好きだ・・」
「青子も好き。キッドが好きよ?」
「・・・青子・・・」
どうかこのままで。
本当にこのままで?
迷いは躊躇いを生む。
それを知ってるのに、俺は・・・



「ねぇ、キッド・・・」
「?」
柔らかい感触に頬が包まれた。
青子は膝で立ち上がり俺の腕の中のままで、俺を見下ろした。
「?」
「・・キッドが好きよ?どんなふうでも・・キッドが好き。」
「青子?」
スッとその唇が降りてくる。
額に優しくキスされて、俺は戸惑いながらも青子を見上げた。
優しい微笑。
なんだか淋しそうな・・・。
どうしてそんな顔するんだ?
「・・・いつか全部思い出しても、それでもキッドが好きよ?」
「・・・あ、お・こ・・?」
心臓が凍りつく。
冷水をかけられたような感覚が、俺を支配した。
言葉が出ない。
上手く考えられない。
青子の言葉を聞くのが精一杯だった。
「・・・最近ね、何か変なの。
ずっと何かを忘れてるみたいで・・大事なことを忘れてきちゃったみたい・・・・
前に入院してたでしょう?退院する時に先生に言われたの。
もしかしたら何かのきっかけで記憶を思い出したり無くしたりするかも
しれませんって。」
「・・・・・」
「・・もしも、何か忘れちゃうの嫌だから・・あんまり考えないように
してるんだけど・・・でも、もしも青子がキッドのこと忘れちゃっても・・・」
「っ!」
引き寄せて抱きしめていた。
それ以上言われたくなかった。
聞きたくなかった。
聞いたらダメかもしれない・・・・
俺の胸に顔を埋めたまま、くぐもった声が小さく聞こえる。
「それでも、逢いに来てね?
青子の前に姿を見せて・・・そうしたら、もし思い出せなくても・・
忘れちゃってても、きっと青子また好きになるから。
キッドのこと、きっと好きになる。だから・・・約束して?」
「・・・・」
「お願いキッド・・・きっと青子に逢いに来るって・・約束して?」
「・・・・」
それでも・・求めるのは俺なのか?
幼なじみではなく、この俺なのか?
俺は・・・求められてないのか?
そんなにこの俺が、青子に必要なのか?
本当は無用な存在なのに・・・・・
唇を開けるのが重い。
辛い・・・俺は何か言い出してしまいそうで。
必死に思いを押し留めた。
「・・・私が・青子に逢わずにいられるわけないでしょう?
約束します・・・例え青子が私を忘れても、私はきっと貴女の心を・・・
奪いに参上いたします・・・」
「キッド・・・」
安心したように青子は微笑んで見せた。
俺が大好きなその笑顔。
そんなふうにお前が笑っていられるなら、嘘も本当にしてみせる。
呪いの及ばない夢の世界で、一生お前を愛するよ?
青子がそんなふうに笑ってくれるなら、俺はいつまでもこのままでいれるよ?
お前が望む限り。
ずっと・・・




嘘の世界で

あなたの天使は

誰よりも美しく

幸せな夢を見るでしょう

時間は優しく流れ

その嘘を流れ落とすけれど

その時は・・・覚悟して?

全ての想いを解放して


私は貴女を堕としましょう

貴女の手がもう求めないように

貴女の瞳がもう見つめないように

そんな愚かな嘘で固めた愛が

二度と形を成し得ないように


絶望して
嘆いていて
そんな貴女は誰よりも美しい・・・・

                             














「オヤスミなさい、私の天使・・・」
腕の中でいつの間にか寝息を立て始めた青子を、俺はベッドに横たえた。
エアコンを弱めて、そうしてタオルケットをかけておく。
その額に唇を落として。
俺はその寝顔を見つめた。
電気を消してベッドの近くのスタンドをつけておく。
目が覚めて、少しでも淋しい思いをしないように・・・
枕元にその花を落とす。

「オヤスミ、青子」

窓から出て、鍵に細工したピアノ線を引っ張った。
上手く動いて内側から鍵が閉まる。
その線を巻いて、そうして空を仰いだ。
空は薄い雲がかかり、星は見えない。
それでもその雲が少し明るかった。
月が出てるんだな・・・・

「・・・」

靴を履いたとき、不意にさっき気付かなかった短冊に目が行った。
青い短冊。そこには・・・
『快斗といつまでも仲良く一緒にいられますように
 彼女が出来ても・・・一緒に遊べますように
 快斗に良いことたっくさん、ありますように!!』

「・・・・」
泣いていた。
俺が。
頬に冷たいものが流れて、それに気付いた。
初めて泣いた。
青子の記憶が消えてから。
青子が白い夢に囚われてから。
俺は、初めて泣いていた。

「・・・青子・・好き、なんだ・・・
一緒にいたいんだよ!!」

一緒にいたい。
KIDとしてでなく。
黒羽快斗として。
お前を抱きしめたい。愛したい。愛されたい。許されたい。



天使の寝顔に青い花

枕元で優しく愛を囁く

お願いだから気が付いて

お願いだから思い出して

どうか

どうか

この俺を、忘れないで――――?
                             






END OR・・・・?



2001/07/09







Written by きらり

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