白い夜に青い月






朝からなんだかイラついてた。
だって、今日は3月14日。
ホワイトデーなのだ。
朝からみんな楽しそうに見える。
女の子達はウキウキしてて、男の子たちだってそわそわしてる。
でも。
青子の心の中は真っ暗。
皆が楽しそうなのを離れた場所から見上げてる感じ。
「・・・・」
なんでこんななっちゃうんだろう。
「青子?おはよう。」
「おはよう。
ユリと恵子だ。
二人は青子の顔を覗き込み、オデコに手を当てた。
「なあに?」
「うん?朝からすごい顔してるからさ。熱でもあるのかしら?って思って
・・・うん、平熱ね。」
恵子は自分の額と比べて、納得して頷いた。
「なんかあったの青子ちゃん?」
ユリが心配そうに青子を見つめる。
青子は慌てて笑って見せた。
「ううん、ごめんね。なんでもないんだよ?」
「本当?」
「うんっ!この通り元気いっぱいよ!」
えいっと両手を挙げてみせる。
「なら、いいんだけど・・・」
まだ心配そうにユリは青子を見下ろしてくる。
そ、そんなに顔に出てたかなぁ??
「あ、ユリ今日日直でしょ?日誌貰ってこなきゃダメだよ。」
「いっけない!ありがと。青子」
バタバタとユリは駆けて行く。
ホッとして両手を下ろすと、恵子がにやにやと笑みを浮かべて囁いてきた。
「なあに?快斗君と喧嘩でもしたのぉ?」
「な、なんでアイツなんかと!?違うよぉ〜〜。」
「うふふー。だって今日はホワイトデーでしょ?
快斗君のことだから変なものでも返してきたんじゃない?」
「そんなことないよ。だって、快斗にあげてないもん。」
「へっ?」
心底驚いたように恵子は目を丸くする。
そうして教室に先生の声が響いた。
「おまえら、さっさと席につかねぇかっ!!」
恵子は慌てて、自分の席に戻っていく。
「じゃ、またね」
「うん・・・」
あたしも軽く手を振った。
授業中も上の空。
だって今日はホワイトデーなのに。
青子はなんにも嬉しくないよ。
嫌でもバレンタインを思い出させる。
風邪引いて。
せっかくのKIDとのデートも出来なかった。
そりゃデートって言っても、彼は怪盗だしこっそり逢うだけしか出来ないけど・・・
それでも青子にとって初めてのバレンタインだったのよ。
好きな人に、チョコレートを渡せる、唯一の一日。
それなのに青子はその日、ずっと熱を出して寝込んでたのだ。
せっかく用意した手作りのチョコレート。
一応快斗の分も用意してたんだけど。
結局渡せなかったなぁ。
だって。
朝起きたらもうなかったんだもん。
きっとお父さんのことだ。
自分の分だけじゃなくて、快斗やKIDの分も食べちゃったに決まってる。
あげたかったな。KIDに。
喜んで欲しかったのに・・・。
思い出すと涙が滲んでくる。
慌てて教科書で顔を隠した。
こんな顔。
誰にも見られたくないよ。



「ホント、今日はついてなぁーーーーっい!!」
教室で大声で叫んでしまう。
どうせ誰もいないしさ。
「はあーーー」
そうして今度は大きく溜め息。
もう5過ぎてる。
委員会の雑用を任されて、その後担任の先生に日誌のまとめを頼まれちゃって。
そうして・・・最後に自分の忘れ物に気付いた。
薄暗い教室。
外はもう日が暮れてる。
でも、もう春なんだなぁ。
暗くなるのずいぶん遅くなったもの。
窓辺に寄った。
校庭が見える。
まだ部活で練習中な子達も多いな。
逢いたいな。
「KID・・・」
逢いたい。
あなたは優しいから、青子が逢いたいって言えばいつでもすぐに来てくれる。
だけど、昨日ニュースで騒がれたばかりだし、逢いたいなんて言えないよ。
くすっと笑みが零れた。
お父さん悔しそうだったな。
結局また捕まえられなかったんだもん。
捕まえられたら困るよ・・・。
そりゃお父さんにはすごく、すごく悪いけど。
本当は彼を好きになった時点で。
青子は大変なことをしているのかもしれない。
KIDは怪盗。
今日本で一番騒がれてる。
怪盗KID。
お父さんにとって、一番捕まえたい犯人。
でも・・・青子の大事な人。
誰よりも好きなの。
KIDが好き。
お父さんにバレたらどうなっちゃうんだろう?
それを考えると怖い。
お父さんはきっと怒るより、悲しんじゃうから。
お父さんを裏切る気持ちなんて全然ないの。
でも、KIDを好きな気持ちは抑えられない。
好きなの。
誰に罵られても。
お父さんを悲しませても。
KIDを忘れられないの。
お父さんはこんな青子を知ったら、どうする?
なんていう?
このままで、いられるの?
誰にもバレないまま、このまま・・・・
「青子?」
「きゃっ!」
教室の扉がいきなり開いて入ってきたのは快斗だった。
「なにしてんだよ?こんな時間に?」
「か、快斗こそ、何してるのよ?」
「俺?俺はサッカーしてたの。
サッカー部の奴等が相手してくれるっていうからよぉ。」
そういって持ってたボールを放り投げ、人差し指の上で回してみせる。
「・・・・」
「青子は?なにしてんだ?」
「青子は・・頼まれた仕事片付けて、それで・・
忘れ物しちゃったから、取りに来ただけよ。」
「ふーん・・・」
快斗が自分の席の上の鞄をとって、ボールを置いた。
「一緒帰るか?遅いし、送ってやるよ?」
「・・・・うん、ありがとう。でも・・いいよ。」
「?」
なんだか力が抜ける。
なんてこと考えてたんだろう?
そうして快斗を見た途端、なんだか力が抜けちゃった。
安心して、涙が出そうになる。
なんで?
慌てて顔を見られないように、窓の方に向いた。
「青子?どうしたんだ。らしくねぇぞ?」
「・・・・平気。」
「じゃ、なんでこっち見ねぇんだよ?」
「・・・なんでもないの。」
足音が近付いてくる。
目をギュッと閉じた。
こんな顔、誰にも見られたくないのに!
「そのままで良いから、話せよ?」
「・・・・」
「なに、迷ってんだ?」
「・・して?・・」
快斗の言葉がゆっくり聞こえてくる。
「どうしてって?んなの見てりゃ、
誰だって分かるに決まってんじゃねぇ・・か・・・・おこ?」
快斗の言葉が切れる。
身体中に緊張が走るのが分かる。
あたしは思わず快斗の腕の中に飛び込んでいた。
だって、こんな顔見られたくないもん。
「あ、あおこ?ど、どうしちまったんだよぉ??」
慌てた快斗はアタフタと手を上下させてる。
似てるのに・・・
全然違うんだね、快斗・・・。
あたしは少し笑っていたかもしれない。
安心した。
快斗は変わらない。
変わっちゃったのは、青子だけなんだ。
青子だけが間違ってる。
青子はKIDが好きなんだもん。
青子だけが、間違ってるんだよ?
「・・・・」
「・・・・」
息を飲む音が嫌に自分の中で響く。
今腕の中に青子がいる。
俺の腕の中に。
青子がいる。
なんだかそれがものすごく恐ろしく思えた。
こんなふうになるわけないモノが、少しズレているような・・・
「・・快斗ぉ・・・」
甘えた声。
震えてるその肩。
華奢で温かい身体が今、この腕の中にある感覚。
遠い残像。
近い幻像。
それはどちらも本当で。
抱き締める。
青子の身体を。
この俺の手が。
まるで嘘のように。
夢のように、抱き締める。
「・・こ・・あのな・・ほんとう・は・・」
今更。
抱き締める腕が震えた。
もう一度この手で抱けると思ってなかった。
俺が俺のままで。
青子を抱き締めるなんて。
これは自分に都合の良い夢なのかもしれない。
けれど。
確かな感触。
愛しい温もり。
その吐息さえも。
俺が間違えるはずがない、たった一人の・・・・
「ありがとっ。」
「・・・」
「ありがとう、快斗。もう、平気だよ。」
俺の腕の中で、青子が顔を上げる。
にっこりと向けられるそれは、やっぱり青子のまま。
「もう、思い出したから。」
「・・・・えっ?」
心臓が止まった気がした。
それは一瞬で、次の瞬間にはものすごい鼓動が響く。
なんて、言った?
今、青子は・・?
「ありがとう。平気なの。青子ね、ずっと迷ってたんだ。」
するりと腕の中から青子が出て行く。
それを抱きとめることも出来なかった。
今抱いていたこの腕が、一瞬で空虚となる。
本当にこれは夢?
全部嘘で固めた・・・


「なんでキッドが好きなんだろう?って。」
「・・・」
青子の声がやけに遠くに感じる。
窓の外を見下ろして、青子は窓に指を当てて何か文字を書いた。
「本当は好きになんかなっちゃいけない人なのに・・・
どうして、好きになっちゃったんだろう?って。ずっと考えてたの。」
「・・・・・」
「何を間違えちゃったんだろう?って・・皆が勘違いしてるように、
快斗のこと好きになれば、こんなふうにならなかったじゃない?
でも・・青子はキッドが好き。
お父さんが追いかける犯人だとしても。
いつか、お父さんに捕まってしまっても・・・それでも青子はキッドを待ってる。」
くるりと俺を振り返った。
極上の笑顔。
時々見せるアイツだけの為のーーーーー
「だって、青子キッドが好きなんだもん。」
悪夢は終わらない。
俺はまだ許されていない。
在りえない現実しか存在していない。
俺はまだ・・・
この悪夢から。
青子を救い出せずにいる。
誰も。
青子も。
・・救いなんて求めてないのか?



なんだか恥ずかしくなっちゃって、先に教室を出てしまった。
快斗は笑った。
「ばぁーか、ホントにおめぇはバカ青子だよ。」
本当に青子はバカかもしれない。
好きって気持ちは始末におえない。
お父さんが好き。
KIDが好き。
どちらも大事な人なんだもん。
どちらかを選ぶのが間違ってる。
快斗の言うとおり、青子はバカだった。
そんなこと考えてたなんて。
すっきりするとなんだか嬉しくなった。
早く帰って、ご飯の用意しなくっちゃ。
そうして。
明日。
KIDに手紙書こう。
チョコに運んでもらって。
そうして言おう。
逢いたいって。
今すぐに。
次の角を曲がればもうすぐに家だ。
最後のスパートをかけて勢いよく角を曲がる。
「・・・う、そ?」
青子の足は止まってしまった。
だって。
「お帰りなさい。私の青い天使。」
そこにいるはずのない人。
本当はいてはいけないかもしれない人。
「キッドっ!!こ、こんな所で・・誰かに見られちゃうよっ!」
ダッシュでKIDに駆けより辺りを見回す。
もう薄暗くなったこの時刻、近所の人の姿はなかった。
急いでKIDの腕を引っ張って、鍵で玄関を開けて、中にKIDを押し入れる。
「はぁー、はぁー・・・」
「青子?そんなに慌てなくても・・」
「バカッ!!」
青子は言ってしまってた。
KIDは驚いたように目を丸くしてる。
「バカッ!なんで家の前で待ってたりするのぉ!?
もしも・・近所の人に見られたり・・・
もしも、お父さんなんかとはちあわせしたりしたら・・・
ど・どうするつもりだったのよぉ・・・?」
怒りたくないのに、そうじゃないのに・・言葉が勝手に出てくる。
そうして一緒に涙まで出てきた。
「・・キッドに何かあったら・・青子のせいで、キッドに何かあったら・・・
青子・・死んじゃうかも・・しれないよぉ・・・」
ポロポロ勝手に涙が零れてきた。
慌ててそれを拭う。
その手を白い手袋を嵌めた手がそっと掴まえた。
「・・・・っく・・」
「・・・青子」
その手に口付けられる。
恥ずかしくて、ほっぺたが熱くなるのが分かった。
KIDは青子の顔を覗き込んでくる。
そのなんでも見透かしてるような瞳が、
なんだか哀しい色に見えたのは、気のせい・・?
「貴女を泣かせたくて来たんじゃないのに・・ごめん。青子・・」
指先にもKIDの唇が当たる。
その感覚に思わず瞳を閉じていた。
「違うの・・ごめんね!嬉しかったの、本当は・・でも。
青子に逢うだけの為にKIDに危険を冒して欲しくないの。
あんな人通りが多いところで・・・」
「私は誰にも捕まえられないよ?誰も私を捕えることなんか出来やしない。」
自信に溢れたKIDの台詞にホッとする。
だけど。
なんだか胸の奥がチクッと痛んだ。
知ってるよ。
お父さんがあんなに必死になってあなたを探してる。
でも。
誰もあなたが誰なのかさえも、分からないまま。
青子だって・・・。
「私を捕えるのはこの手だけ。」
ゆっくりと何度も手の甲に口付けをする。
あたしはなんだか信じられないものを聞いてるような気持ちで、
なんだか目の前にいるKIDが夢見たいに思えた。
「私を捕えるのはこの瞳だけ。」
抱き締められる。
その腕に。
当たり前のように収まってしまう。
布の感触が瞼をなぞる。
見ていたいのに瞳が閉じられてしまう。
「私を捕えておけるのは・・この唇だけ・・」
「・・・・」
唇が重なる。
温かいそれ。
優しい感触にうっとりと瞳を閉じた。
力が抜ける。
また涙が出そうになる。
でも。
嬉しいから我慢した。
泣かなくても良いこと。
こんな情けない顔。
誰にも見せたくない。
KID以外の誰にも・・・。


玄関でいつまでもそうしてるわけにも行かないので、
とりあえず青子の部屋にKIDを上げた。
良かった・・片付けておいて。
今日来るって知ってたら、ちゃんといろいろ用意してたのにな。
「ご、ごめんね、散らかってて・・。そ、その辺適当に座って。お茶入れてくる・・」
「青子。」
腕を掴まえられる。
そうしてKIDの腕の中に閉じ込められる。
「今日はこれを渡したくて来ただけなんですよ。」
そうして何も持っていない右手の平を見せられる。
青子の目の前で右手を閉じたり開いたりした。
そうして。
「わぁ!」
何もなかったはずの右手の平の上に現れたのは硝子で出来たウサギの置物。
「可愛いっ!」
「これを、青子に・・・」
「・・なんで?」
軽く額にキスされた。
「今日は愛のお返しをする日でしょう?
忘れていたのかな?私の天使は・・」
気障な台詞に耳まで赤くなっちゃう。
「だって、青子キッドにチョコレート渡せなかったのに・・・」
「ちゃぁんと頂きましたよ?
熱を出して寝込んでるあなたの枕元にあったチョコレートを。」
「・・・・・」
あれ?
だって・・お父さんが食べちゃったんじゃ??
「でもね、青子。例え義理だとしても。
私以外の男にあなたのチョコレートを口にして欲しくないな。」
青子の手にそれを握らせる。
少しだけKIDが照れ臭そうに笑った。
それって、もしかして・・ヤキモチ?
KIDが??
「それじゃ今宵はこれで。またあなたに逢えるのを楽しみにしています。」
そういって窓から出て行こうとする。
「待って、そんな窓からなんて・・玄関から・・」
そっと人差し指で言葉を止められた。
もう片方の手が窓の外を指差した。
お父さんっ!
もうすぐ玄関の手前まで来てしまう。
「玄関から出たらそれこそ、はちあわせです。オヤスミなさい、青子。
夢の中でも、きっとあなたを攫いに行きますから・・・」
「青子も!青子もきっと逢いに行くよ。夢の中だって、本当にだって。
キッドが青子を必要だと思ってくれたら、いつでも傍に行くから!」
「・・・・」
言葉を失ったのはKIDの方だった。
あたしは笑った。
思いを込めて。
そうしてそっと唇を当てる。
「キッドが好き。」
「・・・・・も」
そう残してKIDは近くの屋根に飛びのった。
声は出せないけど、手を振る。
一度だけKIDは振り返って右手を上げた。
その白い姿が見えなくなってしまうまで。
青子はずっと見てた。
白い影が夜に飲み込まれいくのを。
ずっと。


机の上に大事にそれを飾る。
キレイ。
まるで宝石みたい。
きらきら、光を反射して輝いてみせる。
青子は微笑んでそれを眺めていた。
それがもし本当に宝石だったとしても。
青子にはどうでもいいことだった。
KIDがチョコレートを食べていてくれたこと。
KIDが快斗なんかにヤキモチやいてくれたこと。
それだけが。
なによりもなによりも嬉しかった。


もう辺りはすっかり闇に溺れる。
夜に抱かれる風は冷たく、白いマントを煽りはためかせていた。
KIDは沈黙の中で右手を開いた。
現れるのはさきほど彼女に渡したものと全く同じのモノ。
けれど。
こちらが本物だった。
時価数千万のレインボークリスタルの結晶体。
自然の力で愛らしい姿をかたどり、なんの加工も加えられていないそれは、
幸福を呼ぶクリスタルラビットと呼ばれている。
持つ者に幸福と真実を与える。
「・・・・」
けれど、やっぱり彼女にはあのレプリカの方が似合っていた。
彼女の手を汚したくはなかった。
あの白い手を。
どこまでも純真な心を。
俺の手で盗んだモノで汚すわけにはいかない。

汚れてるのは最初から俺だけだった。
その汚れが彼女を巻き込んだのだ。
何も知らない彼女を。
この悪夢に引きずり込んだ。
何も知らないままで、幸福でいられるというなら。
俺はこの手でそれを守ろう。
いつか夢が壊れても。
汚れたまま。
何も気付かないまま。
俺がお前を抱き締めた時から。
悪夢は始まっていたのかもしれない。
本当はあちらが夢だったのかもしれない。

今はもう。
確かめる術はないけれど。
俺はお前を愛するよ。
たとえこのまま、終わらなくても。
お前がその夢で傷つかないように。
俺が抱き締めて。
すべてから守って見せるから。
何よりも。
この手がお前を傷つけるのだとしても。


本当に。
すべてが終わったら。
その時は。
きっと。
お前に言うから。
ずっと言えなかった。
ずっと言いたかった。
だけど。
もう届かない。
たった一言をーーーーーー




END OR・・・・?







Written by きらり

(C)2004: Kirari all rights reserved.
+転載禁止+