青い月鏡






ずっとずっと好きだった色。
青。
空の色が大好きだった。
どこまでも吸い込まれそうなあの色。
でも。
今青子が一番好きな色は・・・
白。
何色にも変化する。
だけど強い強い色。
空に浮かぶたくさんの白い雲に手を伸ばしても。
きっと届かないでしょう。
一つでいいの。
青子の白は。
たった一人でいいーーーーーーーーーーー



好きな人がいる。
恋人と呼べる人がいる。
知り合った時は大嫌いで。
顔も見たくなかった。
その名前を聞くのも嫌だったの。
それなのに。
出逢った瞬間、捕まっちゃった。
全部盗られてしまった。
だって彼は怪盗。
この世で彼に盗めぬ物はないという。
彼は怪盗。
怪盗KIDなのだ。
いつも考えてるよ。
KIDのこと。
今何してるの?
何を考えてる?
青子のこと、少しは考えててくれてるかなぁ?
「・・・・いな・・」
「なにボケッとしてんだよ、バカ青子!」
丸めてたノートで頭をぽかりと叩かれる。
せっかくKIDのこと、考えてたのに・・・。
「ほっておいてよぉ!ポカポカ青子の頭叩かないでくれる!?」
「いいじゃねぇか、今更少しバカになったってよ〜。」
目の前の椅子に座り、くるりと快斗は振り向いた。
そうしてハンカチを出して、握り締めた左手に被せてしまう。
「ワン、トゥー、スリー・・・・はいっ!」」
ハンカチを取ると、左手には小さな旗。
そこには・・・『青子のアホ』。
「・・・・・もう、怒ったぁ!!待てー!快斗ぉぉぉ!!!」
相変わらず逃げ足だけは天下一品。
もう教室を駆け出している。
それを追いかけて廊下に飛び出した。
快斗は昔と変わらない。
青子の一番の遊び相手だった。
大切な幼なじみ。
唯一青子の秘密を共有している。
大切な・・・・、幼なじみだよね?
「・・・・」
思わず足が止まる。
なんでか知らないけれど、足が勝手に止まっちゃった。
なんだろう?
今、変なこと考えた?
快斗のこと考えただけなのに。
どうして・・こんなに違和感があるんだろう?
「青子?どうかしたのか??」
「えっ?」
目の前に快斗の顔がある。
でもそれがぶれて思わず・・・
「キッド・・」
「・・・あ、おこ?」
「!」
思わず口を抑えた。
今、青子・・・なんて・・。
「ご、ごめんね、なんでもないのっ!」
今駆けて来た道を反対に走って逃げる。
青子のバカ。
バカ。バカ。バカ。
どうして・・・
どうして彼の名を呼んでしまったんだろう?


HRが終わると共に駆けて教室を飛び出していた。
委員会もないし、日直でもない。
今日は少しでも早く帰りたかった。
そうじゃないと・・・
「・・・っ」
目をこする。
なんでこんな気持ちになるの?
いつからこんなふうになっちゃったの?
青子はどこか変になっちゃったのかな?
鍵をポケットから取り出し、自分の部屋に一目散に駆け込む。
窓を開けて、時計を見る。
時刻は4時。
もうすぐのはずなのに・・・。
空を見上げる。
青い空。
白い雲。
何本もの電線。
雀の鳴き声が聞こえる。
呼吸を落ち着かせて、空を仰ぐ。
空に小さな白が浮かんだ。
それはこちらに向かって近付いてくる。
「チョコ!」
手を伸ばす。
するとその手の先に、白い鳩は止まって鳴いた。
「いらっしゃい。お疲れ様。」
部屋の中に鳩を招いて、水を出してやる。
チョコと名づけたのは青子だった。
彼は鳩に名前を付けたりしないから。
連絡用の鳩には青子がこうして名前を付けたのだった。
チョコの足に付いたカプセルを取り外す。
そうして蓋を回して中の紙を出して読んだ。

『お帰りなさい。私の青い天使。駆けて帰ってこなかったかな?
転んだりしないよう、気をつけてください。今夜は満月。
もしお逢い出来るなら、あの場所で。
君が望む時間に待っています。    怪盗KID』

笑みが零れる。
そのカードを抱き締めて、青子は微笑んだ。
「本当に、変わらずに気障なんだから。」
それから返事を書いてカプセルにしまうと、キツク蓋を回してチョコの
足に取り付けた。
「お願いね、落とさないようにしてちょうだい。
それから、この頃意地悪なカラスが多いから、気をつけて帰ってね。」
チョコは返事をするように短く鳴いた。
「それから・・・キッドに伝えてね。・・・よって」
小さく囁いて、チョコを手放した。
少しオレンジがかかった空に白い鳩。
チョコは少しずつ、少しずつ見えなくなっていってしまった。
約束の時間まであと3時間。
青子は急いで出かける準備に取り掛かった。
この間はあのワンピースだったから、今日は・・・・んー何着たらいいんだろう?
KIDは何色が好きなのかなぁ??
うーん・・・・・・・。
たっぷり30分。
青子は悩み続けていた。
時刻は6時。
こういうときの時間はなんて早さで過ぎてしまうのだろう。
「ああもう!!これに決めっ!!」
クローゼットから取り出したのは、空色のワンピース。
それに白のジャケットだった。
「もうこれ以上悩んでると、本気で間に合わないよぉ〜〜。」
慌ただしく着替えて、キッチンへダッシュする。
さっき簡単に作った夕食の傍に、メモを残した。
『お父さんへ
 快斗のうちで遊んでます。
 9時までには帰ってくるから。
            青子より』
お父さんは夜勤になるかもしれないって言ってたけど、
いつ予定が変わるか分かんないもんね。
それに、快斗なら上手く口合わせしてくれるだろうし。
そうして戸締りを済ませ、青子は家を飛び出したのだった。
その前に快斗の家に寄らなくちゃ。
口合わせしてもらわないと・・・。
そうして時間はあっという間に。
7時に近付いていた。
約束の場所は誰にも言ってない。
KIDと青子だけの秘密の場所。
そこはいつも誰もいなくて。
いつも二人だけでいれる。
ナイショの場所だった。
階段を駆け上がって、扉の鍵を開ける。
内側の鍵を開けたら、彼に貰った鍵ですぐに扉を閉めた。
こうしてしまえばもう内側からは開けられない。
元々使われてなかったこの扉をKIDが改造して、鍵も変えてしまったらしい。
だから。
この鍵は青子だけのものだった。
KIDは鍵なんか使わなくても、いつでも此処に現れる。
いつでもどこにでも。
逢いたい時はすぐに来てくれた。
「・・・・キッド?いるの?」
息を切らして、青子は問い掛ける。
遠くの照明が白くこちらを照らしていた。
風が温かい。
もう季節は春だった。
「!」
突然後ろから抱き締められた。
乱暴に。
だけど優しいその腕の持ち主。
「キッド・・・もう、子供みたいなことしてぇ。
これくらいじゃびっくりしないんだからね。」
「・・・参ったな、せっかく驚かせようと思ったのに・・・・」
腕の中でくるりと向きを変え、青子は微笑んだ。
ギュウッと抱きついて、その笑みを隠す。
「・・・・どうしたんですか?甘えて。」
「なんでもないよ。」
「・・・」
本当は。
逢いたかった。
逢いたかったの。
ずっと。
もうずっと。
あなたに逢いたかった。

温かい腕の中。
その心音がすぐそばで聞こえる。
嬉しくて、恥ずかしくて。
青子は顔を押しあてた。
「せっかく逢えたんだ。顔を見せて・・・」
「・・・・」
白い手袋を嵌めた指に顎を捕まえられる。
容易く顔を上げて、にっこりと微笑んだ。
「私の天使は元気そうだね、青子。」
「・・・・・」
ぼうっと青子の頬が真っ赤になる。

布を通してじんわりと体温が伝わった。
確かな感触。
だけどそれさえも夢のように思う。
それは青子だけなのかな?
「キッド・・・好きよ?」
「・・・ええ。」
「だけど、怖いの。」
「どうして?」
硝子越しの瞳が青子を覗き込む。
その目に全部見透かされてしまいそうで、青子は目を閉じた。
「夢の中であなたはいないの。どこにもいないの。
探しても。
呼んでも。
どこにも。
あなたがいないの。」
「・・・・・」
「よく考えてみたら青子、キッドの名前も本当の姿も何も知らないんだもの。
探しようがなくて、途方にくれるのよ。夢・・・なんだけどね。」
「青子・・・」
曇ったKIDの表情を見て、慌てて青子は首を横に振った。
「違う、違うよっ!」
そうして今度はまっすぐにKIDの顔を瞳に映す。
しっかりと手を握り締めて、そうして笑いかけた。
「KIDの名前を知りたいわけじゃない。正体を知りたいわけでもないの。
KIDは・・・青子にとってKIDだもの。それ以外何者でもないわ。
もちろん、あなたが誰であろうとも青子は構わない。
青子は今目の前にいるKIDが好きだもん。」
一気にそこまで言い切って、思い出したように赤くなる。
照れて視線を外してしまうが、それでも青子は言った。
小さな声で。
KIDにだけ聞こえるように。
「キッドが好きよ?本当に。」
「・・・・・・・青子。」
苦しくて抱き締めてそれを誤魔化す。
愛しい身体が震えだす。
そこまで追い詰めて、抱き締めることしか出来ない。
愛してる。
何度だって繰り返す。
抱き締めて。
いつまでも離したくない。
だけど。
俺は何を求めてるんだろう?
青子が好きなのは変わらないのに。
青子にどちらを好きでいてほしいんだ?
俺はどうなりたいんだ?
青子に、思い出して欲しいのに。
そうしたら。
今度こそ本当に、触れることすら出来なくなるかもしれない。
見つめるだけで傷つけてしまうなら。
もう、逢えないのに・・・・。
今腕の中にある温もりを想う。
ずっと好きだった。
ずっと大事にしてた。
なのに、何かが壊れてしまった。
それは、きっともう二度と元には戻らない。
俺が壊してしまった。
青子を傷つけて。
それでも許して欲しいなんて。
抱き締めていたいなんて。
いつか、すべてが、終わるかもしれない。
だけど。終わらないかもしれない。
俺だけが。
黙っていれば。
すべては。
今のままに。
そうして俺は?
俺は青子の傍にいれるのか?
KIDとして?
快斗として?
本当は。
そのどちらも、青子は、望んでいないのかもしれない。
「・・・キッド・・く、るしい・・」
「あっ・・」
腕の力を抜く。
青子が顔を上げて、ふうっと大きく息を漏らした。
「・・・青子、好きだ。」
「うん・・・」
「青子が想ってるよりも、ずっと。」
「・・・そんな言い方、ずるい・・。」
頬を染めて、目を伏せる。
少しだけ見上げて、微笑んだ。
「ねぇ、キッド。」
「なんですか?」
今はまだこのままに。
そうしていれるなら。
永遠に・・・・
「キッドは何色が好き?」
大きな瞳を瞬かせて、そうして覗き込んでくる。
好奇心に染まった無邪気な瞳。
「青子はね、ずっと空色が好きだったの。自分の名前が青だからね。でも・・」
ちょっとだけ視線を外して、遠くを見つめた。
長い髪が風に煽られて、ふわりとなびく。
「最近は、白が好きなの。だって、キッドの色でしょう?」
「・・・・」
ふざけて笑う青子の声が耳に残る。
『快斗には青よりこっちの方が似合うよ。まるで、怪盗キッドみたいね。』
今でも繰り返して思い出される。
「・・れは・・」
「?」
きょとんとした青子の目が俺を映している。
もう一人の俺。
そこには怪盗KIDが映し出されている。
俺は。
青子にとってそれでしかない。
「ずっと好きだった。青い色が・・・綺麗だから。
元気で泣き虫で、おせっかいで・・・だけど、本当に綺麗な色だから。」
「・・・・」
俺の言葉はどれだけ君に伝わってるんだろう?
俺の言葉は君に届いてる?
「一番の宝物だよ。私にとって・・・青子自身が、一番・・・」
「キッド・・・」
夢見るように俺を見上げる瞳。
嬉しそうに細めて、本当に綺麗に微笑むんだ。
だけど。
それは誰のモノ?

俺ではない、もう一人の俺。

だけど俺は俺でしかなくて。

青子に。

どれだけ。

伝わっている?

俺の言葉が。

届いているのか?

本当に・・・。

いつか、終わる。

終わらないかもしれない。

今はまだ。

夢のままにーーーーー




END OR・・・・?







Written by きらり

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