…序章・世紀末の白い夢






 白い夢。
 それは予兆。
 紅い魔女の言葉。
 それは予言。
 青い天使の嘆き。
 それは未来。
 終わりない絶望。 
 それは夢?
  

 世紀末の魔術師に相応しい今夜の獲物。
 嘆きのブルーエンジェル。
 その美しさは人々を魅了する。
 しかしその美しさの中に 、宝石は絶望を秘めていた。
 手にした人を絶望の淵に陥れる伝説をいつからか持ってしまった 魔性の宝石。 
 その美しさは天使の愁い顔にも似せて・・・・。


 手に入れられぬモノはなかった。
 全てを完璧に盗んで見せた。
 そうして。
 誰も彼を捕らえることは出来ずにいた。
 彼は魔術師。
 彼はこの世で一番優れた怪盗。
 それは・・・・
 彼が思うよりももっと完璧で。


 「すごいパーティーだね?」
 青子はさっき飲んだシャンパンに少し頬を紅く染めていた。
 「大丈夫か、青子??」
 彼女の幼なじみであり、ついこの間恋人になったばかりの快斗は
 からかいながらも、 心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。
 「だ〜いじょうぶよ〜〜。青子、全然酔っ払ってにゃいもん〜〜〜 。」
 「・・・・・」
 二千年十二月三十一日。
 今夜は世紀末を送り、新世紀を迎える最高の夜。
 その夜を祝う仮装パーティーに二人は訪れていた。
 理由は単純。
 そのパーティーを主催するホワイトキングホテルの社長が、
 催しに世界の有名宝石を展覧させるというのだ。
 その宝石の中には、KIDが前々から狙っていたスターサファイア の
 『嘆きのブルーエンジェル』も入っていた。
 青子の父親が警備にあたり、その娘にもパーティーの招待状が届けられた。
 それに便乗し、KIDもこうしてパーティーに紛れ込んだというわけだ。
 快斗は頬を紅く染めた青子を壁際に寄せて、とって来たミネラルウォーターを
 口に含ませた。
 こくりとそれを飲み干して、青子は潤んだ瞳で快斗を見上げた。
 「ねぇ、やっぱりキッドはやってくるのかなぁ?
 今夜こそ、きっとお父さんが捕まえるんだから!」
 「そうだな。きっと来るさ。」
 でもきっと誰にも、KIDを捕まえることは出来ないよ?
 言葉を飲み込んで、快斗は時間を確認する。
 
   『古い時間と新しい時間が口付けを交わすその夜に。
    青い天使を攫いに参上いたします。
    その涙が涸れるよう、きっと呪縛から解き放ちましょう
 
                               怪盗KID』

 時間はもう少しあった。
 青子を誘って少し外の風にあたりに出る。
 真っ白のワンピースドレスが風に揺らめく。
 青銀のショールを寄せて青子は肩を竦めた。
 キョロキョロと辺りを伺って、快斗は青子の肩を抱き寄せた。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 互いにまだ慣れぬその優しさと抱擁に、頬を染めて視線を絡める。
 青子は本当に嬉しそうに微笑んだ。
 そうして、甘えるように額を胸板に摺り寄せた。
 お互いの気持ちを伝え合えたのは、ホンの数日前の夜。
 クリスマスの夜だった。
 生まれて初めて二人きりの夜を過ごした。
 あまり長いこと幼なじみをしてきて、なんだか素直になれなくて。
 互いにどうしようもなくなってしまって、とうとうすべてぶちまけてしまった。 
 そうして。
 ようやく心を伝えられた。
 どんなに大切に想っているか。
 他の誰とも違う。どんなに相手が大切な存在か。
 言葉に出来ない時間は長すぎて。
 だけど、一度言葉にしてしまえば、想いは止まらなくて。
 言葉の次は、もっと深い証明が欲しくなって。
 気付いた時は口付けていた。
 どちらからともなく。
 本当に自然に。
 最初からこうあるべきだったように。
 「快斗・・・ステキだね?」
 「へっ?俺が??」
 「馬鹿。・・・このパーティー。それに、今夜は大晦日じゃない?
 今年と来年を一緒に過ごせるなんて、すごくステキじゃない?」
 「・・・・・・」
 予告の時刻は丁度十二時。
 一緒に過ごすことは難しかった。
 「・・・き。」
 「えっ?」
 青子が小さく呟くのを快斗は聞き逃さなかった。
 嬉しくてついもう一度聞き返す。青子は恥ずかしそうに俯いてしまった。
 「顔見えねぇよ?あげろよ??なぁ、青子」
 「・・・・・」
 恐る恐る、青子は顔を上げてくる。
 まだ酔いは醒めぬのか、青子の頬は赤かった。
 それが照れから生じてることなど全く気が付かず、快斗は笑ってしまう。
 まるで子供のようだ。
 だけど。
 そのいとおしさの深さといったら・・・自分でも計り知れなかった。
 ゆっくりと青子の額に口付ける。
 びくっと肩を震わせて、青子は瞳を閉じた。
 瞼にも。
 鼻筋に。
 その頭に。
 そうして、甘く柔らかな唇に。
 初めてキスした夜。
 それが信じられなくて、物足りなくて。
 何度も何度も口付けた。青子の息が苦しそうに吐かれても。
 止めることなど出来なくて。
 もっともっとその甘さが欲しかった。
 切ない吐息が愛しくて。
 自分でも抑えようがなかった。
 「・・・っん・・かい、とぉ・・・」
 上手く息を吸えなくなってしまう青子が、苦しそうに眉をひそめた。
 そんな表情も可愛くて。
 愛しくて。
 「わりぃ・・・つい、よ・・・」
 「・・・うん。」
 ようやく解放され、大きく息を吸う。
 そうして、また嬉しそうに微笑みかけるのだ。
 快斗はなんだか照れ臭くて、その視線から逃れた。
 なんでだ?前は口うるさいとか、それでも可愛いとしか思わなかったのに。
 どうして今はこんなにいとおしんだろう?
 どうして・・・こんなに青子が、綺麗に映るんだ?
 何も変わってないはずなのに、大きく何もかもが変わった。
 懐中時計に内蔵されたバイブが振動する。
 時間だ。
 快斗の瞳にKIDの光が宿る。
 ショータイムの幕開けが近付く。
 「青子、冷えるから中に戻ろう。」
 「うん・・・」
 肩を抱いたまま、快斗はパーティールームに戻った。
 そうして温かい飲み物をテーブルから運んで、青子に手渡す。
 自分もホットココアを口に含み、展覧されているブルーエンジェルの姿を眺める。
 そのショーケースの周りには何人ものの観客と警備の人間が取り巻いていた。 
 手はずは整っている。
 全ては完璧に。
 その魔術は誰にも邪魔できない。
 失敗などありえない。
 予感はあった。
 失敗はしない。
 予言があった。
 気にしてないわけではない。
 だが。
 自分はそれを確かめなくてはいけない。
 時刻は十一時四十八分。
 「青子、俺ちょっとトイレ行って来るからよ。ここで、待ってろよ?」
 「・・・・うん、分かった。カウントダウンまでには戻ってきてよ。」
 「ああ・・・分かった。」
 わりぃ。青子。
 きっとこの埋め合わせはするから。
 快斗はその部屋を出た。
 そのパーティールームは大広間とロビーをすべて開放している。
 二階のおどり場から、そのショーケースは真下にあった。
 そこから飛び降り、ショーケースの中のブルーエンジェルを攫う。
 警備の人には悪いがこの睡眠ガスで少しの間寝てもらおう。
 そうして、ショーケースを破る。
 だが、もちろんただの硝子で出来ているわけではなかった。
 並大抵の防弾硝子で出来ているわけではない。
 だから自分で開けるつもりはなかった。
 開けてくれるのを、待つのだ。
 社長自身が。
 カウントダウンのその瞬間。
 ホテル内全ての電気が消されることは知っていた。
 その瞬間に警備員と周りの客を眠らせる。そうして・・・。
 快斗のタキシードは白いそれに変わり、白い帽子とマントは彼の秘密を包み込む。
 その瞳は鋭く挑戦的な光を宿し、その獲物に狙いをつけていた。
 真っ暗の瞬間にケースにこの特殊なラップを巻きつける。
 それは鏡のように硝子だけを映し出し、あたかもショーケースの中を空っぽに
 見せつける。
 それをみて驚いた社長は必ずや、一度ケースを開けて確認するであろう。
 その時だ。
 青い天使がこの手の中に収まる瞬間は。
 その時。
 わあっっと歓声が沸き起こった。
 「?」
 快斗、否キッドは下の階を見下ろした。
 ブルーエンジェルのショーケースの周りにものすごい人だかりが出来ていた。
 ・・・・なんだ?
 そうして言葉を失う。
 すっかり酔っている社長がそのブルーエンジェルをケースから取り出し、
 周りの女性に見せて回っているのだ。
 あのバカ狸が・・・。
 それでも、好都合か?
 あのおっさんの手の中から奪うのは予想以上に容易いであろうであろう。
 ゆっくりと時間は進んでいく。
 時刻は十一時五十六分。
 社長の周りにはほとんどの女性と、その周囲を警備の警察官が取り囲んでいる。 
 中には青子の親父さんと・・・あ、青子?!
 社長は親父さんの制止も聞かず青子の肩を抱いて豪快に笑って いる。
 ・・あのエロジジィが・・・。
 わなわなと振るえる拳を抑える。
 ここで出てしまったら、KIDの予告は成り立たない。
 ジジィは笑いながら酒臭い息を青子に吹き付けている。
 青子の困った風なしかめ面。そうしてその目が驚いたように丸くな る。
 チェーンを通したブルーエンジェルを、ジジィは青子の首にかけや がったのだ。
 周りの女たちは困惑の表情を浮かべて声をひそめた。
 喜んで見ているものの、それを身につけた女は一人もいない。
 それもそのはず。
 『嘆きのブルーエンジェル』
 それは身につけた女性を絶望と孤独の淵に陥れると昔からうたわ れている
 悲しみの宝石なのだ。
 ただの迷信と噂に過ぎない。
 だが、これを所有するのは昔から男だった。
 女がこれを所有すると、その者は・・・・。
 一瞬予言がよぎる。
 確かな予感がする。
 それを振り払い、カウントダウンを待った。
 新世紀の幕開けまで・・・5、4、3、・・・1
 さあ、ショータイムの始まりだ!






キッドは天井に張ったワイヤーを使い、真っ暗闇の中を舞い降りる。
 「警戒しろ!!キッドが潜んでるはずだ!!ブルーエンジェルは・・・」
 親父さんの声が響き渡る。
 暗闇の中青子の声が響いた。
 「ちょ、やだってば!!離してよぉ〜〜〜っ」
 あのエロ狸が!
 その位置を測るのは容易かった。
 青子の声。
 その微かなトワレの香り。
 それはクリスマスに自分がプレゼントしたもので。
 この世には二つとないたった一人のためのブルーローズ。
 その香りを腕の中に捕らえる。
 誘惑に近いその温もりに、俺は一瞬理性を失った。
そんなつもりは毛頭ない。
 それなのに、本当に一瞬だけ唇が重なる。
 「・・・いやああああ!」
 青子の悲鳴。
 そして照明のあかりがようやく灯る。
 「怪盗キッドだあっ!」
 「貴様ぁ!青子を離せっ!」 
 すでに二階のおどり場に戻ったキッドは下の階を見下ろした。
 そうして片腕でしっかりと青子を抱き締めたまま、優雅にお辞儀をする。
 「ブルーエンジェルは確かに頂戴いたしました。」
 呆然としている青子の首からそれを外す。
 その手を捕らわれて、キッドは目を見張った。
 「急げ、二階だ!」
 下の階では警察官達が総勢でこちらに向かおうとしていた。
 そうして、この二人を見ているものは誰もなく・・・。
 「お嬢さん、この手を離していただけますか?」
 「・・・・怪盗・・キッド?」
 青子の瞳は信じられないように、俺を映していた。
 驚かせてしまっただろうか?申し訳ないことをしたな・・・。
 「・・・て?」
 手の甲に冷たいものが当たった。
 「?」
 「・・・して?」
 青子の様子がおかしい。
 それに気付いた時、すでに階段の下に警官たちが待機していた。
 暫しの沈黙と静寂。
 「ど・・して、か・・いとぉ・・?」
 「!」
 時が止まったようなその瞬間。
 言葉を探した。
 何か言わなくてはいけない!
 「ご冗談を。私はただの怪盗。あなたのその名に心当たりはありませんよ?」
 その涙を指で拭った。
 綺麗な涙。
 哀しい瞳。
 それは紛れもなく、嘆きの天使。
 「・・・キスした。・・・ココア味・・」
 「・・・・・」
 言葉が出ない。
 心臓がどうにかなりそうなほど早い鼓動を刻む。
 怪盗KIDになって、初めて感じる恐怖。
 「・・・それに・・」
 青子の表情が見たことないように歪んで、それでも綺麗に微笑んだ。
 「快斗・・・タキシードの香り、消えてないよ?」
 「!」
 ブルーローズ。
 世界でも希少なその花から作られた香水は、他の誰もつけることはなかった。
 それは贈られた彼女のみ。
 そして、その彼女を香りごと攫う男のみ。
ゆっくりと青子は後ずさる。
 その腕の中から逃れ、窓にぴったりと寄り添う。
 「嘘、だよね?・・きっと夢だよね?目が覚めたら・・・きっと」
 不吉な予言。
 嫌な予感。
 そうしてそれは・・・。
 手の中のブルーエンジェルが笑うように輝きを放った。
 重みがかかった窓の外れたままだった錠がゆっくりと、まるで夢のように
 ゆっくり窓を開放する。
 それに寄り添ったままの彼女をその闇に誘う。
 青銀のショールが風になびき、まるで天使の羽根のように揺らめいた。
 「青子っ!」
 駆け寄ってその身体を抱き締めた時は、二人闇の中に引きずり込まれていた。
 落ちてゆく中、俺はどうにか青子を抱き包もうと必死に抱き寄せる。
 だが。
 青子は悲しそうに悔しそうに、俺を睨みつけてその手を払う。
 自分からその闇に身をゆだねていく。
 嫌だ。
 駄目だ、こんなのは!
 俺は力を出して夢中で、嫌がる青子の身体を抱き締める。
 生まれて初めての拒絶だった。
 必死の、悲しみの拒絶。
 そうして、衝撃と痛み。
 でもそのどちらも。
 この心に受けたものとは、比べ物にならなくて・・・。

 「大丈夫か?なぁ!・・返事してくれよ!」
 「・・・」
 どうにか上手く青子の下敷きになれた。
 二階だったのと、下が茂みになっていたのが幸いした。
 それももともと計算に含まれていたことなのだが、こんな結果になるなんて
 予想も出来なかった。
 こんなふうになるはずなかったのだ。
 こんなふうには・・・・
 青子はどこにも怪我はしてない。
 手の甲と膝を擦りむいてるだけのようだ。
 ほうっと安堵の息が漏れる。
 「二人が落ちたぞ!早く、外へ!」
 二階の窓から親父さんがこちらを覗き込んでいた。
 その目が信じられないものを見るように大きく歪む。
 座り込んだキッドの上で倒れこむ娘の姿。
 その瞳が怒りで染まった。
 「そこを動くなよっ!」
 殺されそうな勢いだな。
 その時、微かに青子が何か呟いた。
 「えっ?」
 「・・・・で。行かないで・・・か、いと・・・」
 その瞳がうっすらと見開いて俺を映す。
 「そこにいてね?ずっと青子の傍にいてぇ・・」
 「いるよ。ずっと傍にいる。ずっとお前の傍に・・かったんだ。」
 守りたかった。
 青子の笑顔。
 そのすべてを守りたかったんだ。
 ただ、愛していたかっただけなのに。
 それなのに。
 こんな形で裏切ることになんて・・・。
 「ごめんな?愛してる、青子・・・」
 「・・・うん・・・」
 そうして目が閉じられる。
 静かな眠りに引きこもられて、青子は目を閉じた。
 ゆっくりとその身体を横たわらせた。
 その涙に口付けた。

 新世紀の闇の中を、サイレンの音が響き渡る。
 怪盗キッドはそれを見送って月を仰いだ。
 「嘆きのブルーエンジェル・・・・・」
 その輝きも今はただの虚しさだけでしかなくて。
 結局外れだった。
 だけど。
 その代償はあまりに大きすぎて。
 

 白い夢。
 それは予兆。
 紅い魔女の言葉。
 それは予言。
 青い天使の嘆き。
 それは未来。
 終わりない絶望。 
 それは夢?
 
 
 二千一年一月一日。
 病院は静まり返っていた。
 受付に病室を聞いて、快斗はゆっくりと足を運んだ。
 目的の病室に辿りついた時。
 目に飛び込んできたのは、廊下のベンチで座り込んだ親父さんの姿だった。
 「・・・快斗か?」
 「・・・・」
 頭を下げる。
 言葉が出てこない。
 途中でいなくなり、青子を守りきれなかった自分。
 そしてことの真相はすべて俺の中にあって・・・。
 「だいぶ元気にしてるんだ。ただ・・・」
 「ただ?」
 そのまま俯いて顔を上げてくれない。
 嫌な感じが俺を襲う。
 やめてくれ!
 もうあんな思いはごめんだっていうのに!
 「ショックのせいだと言われてるんだが、ちょっとな、記憶がごっちゃになって
 しまってるんだよ・・・」
 「?」
 意味がまるで分からない。
 俺は不安に染まりながらも、重い扉を開いた。
 個室のベッドに一人座って、青子はこちらを見た。
 その瞳。
 思い出すのは、悲しみの涙。
 そして傷ついた拒絶の眼差し。
 だけど。
 「おっはよう、快斗!」
 青子は嬉しそうに笑った。
 「・・お、おお。元気そうじゃねぇか・・・」
 「うん。元気だよ。だからね、帰りたいって言ってるのに!」
 大きくほっぺを膨らませて、青子は拗ねて見せた。
 なんだか拍子抜けしてしまうほど、青子はいつものまんまで。
 大きく溜め息を零して快斗を見上げた。
 「?それ、青子に?」
 「あ、ああ。そうだよ。」
 そうして花束を渡す。
 その手が震えるのをなぜか止められなくて。
 だけど青子はそれに気付くことなく、嬉しそうにそれを受け取った。
 「ありがとう。珍しいね、快斗がこんなのしてくれるなんて。」
 「ばかやろう・・当たり前のことじゃねぇか・・・」
 胸が締め付けられるように息苦しくて。
 今すぐに青子を抱き締めたかった。
 どんなふうにののしられても構わない。
 許して欲しかった。
 たとえ、なにを引きかえにしても・・・。
 「それにしても、青子どうして入院してるのぉ?」
 「・・・・え?」
 青子は花束を抱き締めて再びベッドに座り込む。
 「早く帰りたいな。明日はクリスマスなのに・・」
 「・・・・・・」
 個室の中は本当に静かで。
 恐ろしい静けさだった。
 扉もしまってしまっている。
 そこには二人だけの・・・・。
 「明日はね、二人だけでお祝いしようって約束してるの。
 お父さんに知られたら、大変なことになっちゃう。」
 「・・・・」
 「この間、約束したでしょう?快斗のうちで過ごすってことにしておいてね?」
 「・・・・」
 「プレゼント、気に入ってくれるかなぁ?キッド。」
 まるでこの世で一番大事な人を呼ぶように。
 青子はその名前を口にした。
 「・・・・な、に?」
 青子にはその言葉が届いていなかった。
 嬉しそうに花の匂いを嗅いでいる。
 そうして無邪気な笑顔で、綺麗に微笑む。
 「快斗にもし彼女が出来たら、その時は青子もいろいろお手伝いしてあげるからね?
 だから、今年は青子に協力して。」
  
 青子は何を言っている?
 それは嘘。
 在りえない現実。
 これは夢。
 そうだとしても。
 青子は囚われていた。
 白い夢に。
 その持ち主に。
 
「嘘、だろう?これは・・夢だろう?」
  


 二千一年二月十四日。
 
 白い悪夢の呪縛にまだ二人は囚われていた。
                         

 
 END OR ・・・・? 







Written by きらり

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